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第二十六話

暑くなったり、涼しくなったりと……この時期は体調を崩しやすいので皆様お気をつけください。

ちなみに作者は口内炎が悪化してつらいです……

23

ラッツに絶望が訪れた瞬間である、入り口のドアがドンドンとたたかれた──その音は大きくノックと言うにはランダムである、何かがぶつかっているようにも思える……


富裕な商人に見える出で立ちの男はズボンをたくし上げた、


「何だ、人が楽しもうとしてんのによ!!」


 性欲をギラつかせた男が怒りに身を任せてドアを開けると、なんとそこには小太りの少年ザックがいるではないか……


「てぇめ、何そこにつったてんだ、ザック!」


男が怒髪天の表情をみせてザックの胸ぐらをつかんだ。


「邪魔するんじゃねぇ!」


 男がそう言ってその手を振り上げたときである、その脇腹に凄まじい衝撃が走った。男はそのまま吹っ飛ぶと地面に突っ伏した。


男は後ろざんまいという脇の急所に一撃を食らって昏倒したのである。



「……師匠……」



ザックがそう言ったのは男に頭突きを食らわせたロバである。


 ロバは顎をしゃくると縛られたラッツに視線を移した。ロバの意図を悟ったザックは直ぐさま行動に移る――小屋にあった大型のカッターを使うと鎖を裁断した。



「……助かった……」



 鎖から逃れたラッツはロバとザックに感謝した。その手はケツを押さえている。軽く出血しているようだ、



「まさか、こんな所に……おまえがいるとは……」



ラッツは思わぬ存在の登場に驚きを隠さなかったがその目には感謝の念があふれている……



「……ザック、それからロバ……ありがとう。」



ラッツはそう言うと思いついたように発言した、


「俺、ラッツって言うんだ、瓦版の記者の見習いなんだよ。そうだ、ベアーとルナがおまえのことを探してるんだ」


 不安げなザックであったがベアーとルナという単語を聞くと驚いた表情を見せた、そこには信頼の置ける友人に見舞えたような高揚感がある。



「あっ、あの二人を知ってるの?」



ザックの問いに対してラッツが答えた、



「あたぼうよ、あいつらは俺のダチだ。ベアーとは命がけのやりとりだってしたことがあるんだぜ」



ザックの表情が明るくなる……だが、ロバはそれを横目に逃走する様子を見せた。



「そうだな、逃げないと……」



ラッツは気を通り直すとザックを見た、



「さあ、にげよう!」



だが、ザックは動かなかった、



「ベアー達が待ってる、こんな所とはおさらばだ!」



 ロバもザックに逃げるように促した。だがザックは動かない……しょんぼりとした表情でうつむいた。そこには何やら思い詰めた様子が伺える。



「僕……いかないよ……」



ラッツが口を開いた、



「行かないって……拉致されて無理矢理ここに連れてこられたんだろ?」



ラッツが至極当然のことを述べると、ザックは小声で続けた、



「……お母さんが……いるから……」



 ラッツはザックの手を引こうとしたがザックは首を横に振った、あばたのある小太りの少年のまぶたには涙がにじんでいる……



「……みんなには元気でねって……」



 ラッツはおもわぬザックの判断に拍子抜けになった、だがその目に倒れていた男が映る、男は胸元をまさぐるとなにやら金属製の筒を取り出した――どう見ても短銃である。



「クソ……」



吐き捨てるとロバとラッツはザックを置いてその場を逃げ出した。



24

一方、その頃、ジョージは困っていた──工房での実験が想像以上にはかどっていなかったのである。


『……これほど難しいのか……』


小型船舶の蒸気機関をそのまま大きくしたものの、その推進力は思った以上に小さかった。


『中型船舶ともなれば乗組員だけでなく積み荷の量も増える、さらには荷おろし用のウインチを搭載するとなるとパワーが全く足りない……』


さらには別の問題もあった、



『蒸気機関自体の重量が重すぎる……』



 小型船舶と違い重量のある中型船舶を動かすためには搭載する蒸気機関そのものが大型化するのだが、その重量は決して軽くなかった……


『蒸気機関自体の重量を減らさなければ推進力失われる……』


ジョージは頭を抱えた、


『デモまで1週間か……まにあうのか……』


技術者としての感覚が経営者のそれと相克する


『安全面の担保はできていない……かりに蒸気機関の外枠を覆う金属板の材質を換えて軽量化に成功しても……時間的に無理だ……』


一方、別の思いもある、


『かりそめの状態でもたせることができればマーケットには大きな影響を与えられる。株価は再びうなぎ登りだ』


ジョージは思案した、だが、その表情に現れたのは技術者としてのそれである、



『やはり安全面を担保すべきだな……』



そう思ったジョージであったが突然にドアがノックされた、


                                 *


入ってきたのはムラキであった。その表情はいつもと変わらぬひょうひょうとしたものである。


「ちょうどいいタイミングで君は来るね……」


ジョージがそう言うとムラキは笑った、


「船に乗せる蒸気機関の進捗状況が気になりましてね、はせ参じました」


ムラキはそう言うとバッハと枢密院の最高議長との会話をつらつらと延べた。


「バッハは自分の関係のある会社の船に蒸気機関をつけてデモをしてほしいと考えているようです。関係のある会社と言ってもバッハ一族のものですが、枢密院もそれを了承しました」


ジョージはそれに対して答えた、


「中型船の蒸気機関はデモまでには搭載できない。安全面が担保できてないんだ。出力を上げるために蒸気機関を大型化すれば重量が重すぎて船が沈みかねないし、まだ改良の予知がある。」


 ジョージはデモの期限までに蒸気機関の搭載ができないことを示唆した、ムラキはそれに対して静かに深く頷いた、


「ええ、その通りでしょう」


ジョージはムラキが期限を延長するように交渉すると想起した、だが、ムラキの考えは逆であった。



「計画は予定通りに進めます」



ジョージはその眼を見開いた、


「無理だ、安全面の担保は試運転なしではできないし、重量の問題は解決できていない。」


ジョージが声を震わすとムラキはフフッと笑った、


「あなたならできる」


その物言いは妙に達観している。


「社長、デモは遠洋に出るわけではありません。ほんの数分間、沖に出るだけです。」


ジョージは首をかしげた、



「完璧なものである必要は無いんですよ」



ムラキは涼しい顔を見せた、


「数分間のデモにさえ応対できれば、あとはどうと言うことはない。大衆は中型船が蒸気機関の力により動く姿を見れば納得するでしょう。」


それに対して、ジョージが反論した、


「積み荷を積んだ状態で船が逆潮を航行できるとは思えない、搭載した機関がオーバーヒートすれば木造船なら火事になるんだぞ!」


ムラキはククッと笑った、


「心配ありません、そのあたりはこちらで調整します」


ジョージーはくってかかった、


「調整なんかできるはずがない、積み荷の重量と蒸気機関それ自体の重量をあわせればそれだけでも船が沈みかねないんだ!」


ムラキはそれに対して何も答えなかった、だがその眼は策士のそれになっている。



「社長、お任せを!」



ムラキはそう言うとあとはなにも言わずにジョージの元から去った。


ジョージは唖然としたが、何やら嫌な予感がした。



ザックとロバの力によりラッツは逃げることができました(よかった!)


一方、蒸気機関のデモンストレーションを控えたジョージは難題にぶち当たり困りました。ですがムラキは技術的なことなどお構いなしにデモを行えと言います。


はたして、デモは大丈夫なのでしょうか?

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