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第二十四話

19

勝負は富裕な商人の思ったとおりの展開をみせた、白い象牙の玉は予想通りの数字に入り賭けたチップに合わせた報酬が手元に配られた。


 富裕な商人はさっと席を立つとチップを換金するべく換金所に足を向けた。勝利を手にした男はその対価を関係者に分配すると富裕な商人としての振る舞いをみせた。


『まずまずの成果ってところか……』


 富裕な商人はカジノの関係者と組むことでイカサマをやってのけると何食わぬ顔見せて出口へと向かった──完璧な成功であった。


                                *


 その後、富裕な出で立ちの男は気分をよくしてポルカの娼館を訪れると酒と快楽を堪能した。そして翌朝までたっぷり遊ぶとやっとの事で帰路についた。


『飲み過ぎたか……』


朝方の酒が未だに抜けず男はふらふらとした足取りで寄り合い馬車に乗っていた。


『まあいい、今日は何もないはずだ、戻って寝るだけだ』


男はそう思うと寄り合い馬車を乗り継いで目的地に到着した、


『さて、寝るか……』


男は部屋に入るや否やその身をベッドに放り投げた。


                                *


一方、その男が部屋に入るまでその様子を観察していた人物がいた。


ラッツである、


 いかさま賭博の証拠を見つけるべく富裕な商人とカジノの関係者を観察していたラッツであったが、その証拠が見つからないため別の方針を打ち立てていた。


なんと、ラッツは富裕な商人の後を付けていたのである、


『あの野郎、酒を食らって女と遊んで、いい身分だな、畜生!』


 豪快な遊び方をそれとなく観察していたラッツであったが、一晩、娼館の前に張り込むと男が寄り合い馬車に乗るのを見逃さなかった。


 酔った男の様子からラッツは悟られないと判断すると自らも馬車に乗ったのである。そして男の後を付けるとその拠点ヤサまで確認していたのである。


『瓦版の記者を舐めるなよ』


 だが、そのラッツにとって意外だったのは男の入っていった建物であった。赤煉瓦で組まれた倉庫にも見える。


『なんだ、ここ、工房か……従業員の寮になってるのか……』


ラッツは気になると男の背景を探るべく建物をそれとなく調べだした、


『厩があって……母屋が工房……なにか造っていたのか……』


入り口には金属製の軸のようなものが立てかけてある、


『なんだ、ここ……屋号がジョージズトランスポーテーション?』


ラッツがそう思ったときである、その後ろに嫌なオーラを感じた、



「ばれてないと思ったか?」



振り向いたラッツの顔には先ほどの男の顔があった、


「尻が青いんだよ、クソガキ!」


ドスの利いた声と同時に腹部に重たい一撃が加えられた。


「てめぇが後をつけてきてんのはわかってたんだよ!」


ラッツは反応することさえままならず、そのまま気を失った。



20

ジョージズトランスポーテーション――株価は上がり、マーケットの展開は左うちわであった。副社長となった品のいい男、ムラキはその動向を確かめるとほくそ笑んだ。


 テーブルの上には高級ワイン、舶来品である山海の珍味、そしてソファーには容姿の整った娘達がいた。娘達は副社長に酌をしながら妖艶に微笑みかけている、


『うまくいっているな……次の中型船舶のデモがうまくいけば安泰になる』


 ジョージズトランスポーテーションの株価は上がっていたが、蒸気機関の販売にはまだ至っていない。


『デモの成功がなければ次のステップには進めない』


ムラキは娘を侍らせてワインをつがせた、


『デモで蒸気機関をとりつけた中型船舶が航行する姿が知らしめられれば海運王の道も開けてくる』


ムラキがそんあ策謀を巡らせていると部屋のドアがノックされた。


                                *


ムラキは部屋に入ってきた人物を見て柔和な表情をみせた。


「これはこれは」


現れたのはバッハ侯爵である。その横には従者はいない。単身でムラキの所に訪れていた。


「先日はわざわざ事務所の方までご足労いただいて、バッハ様の来訪に皆驚いておりましたよ。」


ムラキがそう言うとバッハが口を開いた、


「今日は社長のジョージはおらんのか?」


言われたムラキは残念そうな表情を浮かべた、


「うちの社長は研究の虫なんです、試作品の開発のほうが人と会うよりも性に合うと研究所に引っ込んでおります。」


ムラキがそう言うとバッハが豪奢なソファーにどかりと座った。


「そこ元の蒸気機関を搭載した船舶の航行が成功すれば海上物流の革命が起きる。我々としても興味を持っていてな……」


 バッハはみずからワインをとってグラスに注いだ、その様はすでにムラキとの関係を構築する気満々である……


「ええ、その通りです。バッハ海運の船に蒸気機関を搭載していいただければこちらも大変大きな取引になると確信しています。」


バッハは鷹揚に頷いた、


「枢密院の上からも連絡が来ている、ジョージズトランスポーテーションとは懇意にした方がよいと……」


ムラキは柔和な表情を崩さない、


「バッハ様のもつ許認可は我々にとっても重要でございます。是非ともこちらからもお願い申し上げたい」


ムラキはそう言うと小さな革の鞄を取り出した。


「金貨では無粋と思いましたので」


 鞄を開けるとそこには赤く光る石が顔を覗かせた、鞄の内側にはパネリの鑑定書が見え隠れしている。


「うむ、確かに金貨は雅ではない……あからさまだ」


そう言ったバッハは鞄をしめるとそのまま脇に抱えた。


「ところで本当に蒸気機関は機能するのだろうな。デモで恥をかけばこちらのメンツに関わる」


言われたムラキはフフッと嗤った。


「それは問題ありません。工場での実験も成功しています。」


言われたバッハは一抹の不安をみせた、


「小型船舶はたいした航行距離があるわけではない、重量も違う。本当に中型船舶を動かせるのか?」


言われたムラキは深く頷いた、そこには余裕がある


「機能面での安全は担保されています。」


バッハは安心した様子を見せるとムラキの隣にいた娘を膝の上にのせた。


「隣の部屋をちょっと借りるぞ」


バッハはそう言うと娘の手を引いて豪奢な隣室へと入っていった。


                                 *


「フフッ」


ムラキは実に不遜な表情を浮かべた。


『枢密院にバッハを懐柔させて許認可の判を押させた──計画通りだ。あとは中型船舶のデモが成功すれば何とでもなる。その点はジョージにやらせればいい』


ムラキは隣の部屋から聞こえてくるあえぎ声を聞くと自分の計画が貫徹することに自信を見せた。


『来週のデモは重要になる、ダリスの船はそのほとんどが中型船舶だ。ここに蒸気機関を搭載させることができれば大きな前進、いや、海を制したといえる。』


一方、ムラキにも考慮すべきことがあった、


『ジョージが期限までに蒸気機関を完成することができるか……どうか』


ムラキは中型船舶用の蒸気機関がすでに完成間近であると言ったが、その実はそうでもなかった。


『すでに同業者が蒸気機関における分析を始めている……いずれは追いつかれるはずだ。それまでに他社の追随を許さぬ蒸気機関を作り上げてマーケットの独占を図る』


ムラキはバッハの許認可がいずれは他社にも認められることを想定していた、


『懐柔している間は奴らもこちらに対して配慮はするだろうが、時世が変われば手のひらをかえす。』


ムラキは貴族の持つ狡猾さをすでに認識していた、


『そのずるさを行使できないうちにことに及ばねば独占はできない』


ムラキは蒸気機関の完成に大きな野望を抱いていた、


『だが、かりにジョージの実験がうまくいかずに期限が延びたとしてもたいしたことは無い……』


ムラキはすでに先を見越していた、


『すでに手は打っている』


ムラキは手にしたワイングラスの揺らめきを見てにやりと笑った。


ラッツ……見つかってしまいました。イカサマをした富裕な商人はラッツの存在を把握していたようです。

一方、ムラキはバッハを懐柔することに成功しました、後は中型船舶のデモンストレーションで成功を収めることができれば安泰でしょう……


さて、ムラキの思いどおりに事は運ぶのでしょうか?

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