第二十三話
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ポルカのカジノ『華やかな灯台』はかつてベアーとルナが解決した人身売買事件の中核となった場所である。ロイドの孫であるパトリックが母親の負けた掛け金を払うために犯罪の一端を担う羽目になったところでもある。
だが、現在はあの事件以来まともなカジノとして運営されている……はずである……
*
富裕な出で立ちをした男は『華やかな灯台』に入ると状況を確認した。
『一般客が9割、だが1割は筋ものだな』
『筋もの』とはその世界で言うプロのことだが、単なるギャンブラーというわけではなく犯罪臭のある輩である。
男は一般人にはわからぬ筋ものの区分を嗅ぎ分ける力があった。
『ディーラー、ウェイトレス、運営の一部……地回りのヤクザとつるんだ連中だろ』
男はそう判断すると、組めそうな相手を探した。もちろん勝負で便宜を図らせるためである。
『アイツだな』
直ぐさまその匂いを嗅ぎ取った男はウェイトレスに酒を頼んだ。
「何になさいます?」
尋ねられた男は意味深な眼をみせるとディーラーを紹介するようにウェイトレスに言った。そして間髪入れずに胸元にチップをねじ込んだ。その所作は流れるようである。
金髪のウェイトレスも男の意図をすぐさま理解するとターゲットのディーラーにウインクした。
*
さて、カジノにはいかさまを企む男のほかに別の視点で身を置く者もいた──ラッツである。
ラッツは三日前からカジノ『華やかな灯台』に張り込んでいた、それというのもロゼッタの女将が言った『ディーラーのいかさま』という言葉が気になったからである。
『いかさまルーレット……ありそうだな』
カジノ『華やかな灯台』はかつて人身売買と違法賭博、そして治安維持間の汚職という負のトライアングルがきづかれた場所となったため、当時の経営者はすべて放逐されて処分されている。
そして現在は公営の賭場として運営され、運営サイドの職員は準公務員となっていて不正ができない仕組みが構築されていた。
だが、しかしである、その給料の安さは以前と比べて顕著であり、さらにはチップも禁止されたためには働いているディーラーやウェイトレスにとっては不満が募っていた。
『公営の賭場とはいえ、まともな客がすべてとは限らない』
記者の見習いとして様々な事案を見聞きしたラッツの勘は『華やかな灯台』が不健全な輩の集まる場所になりつつあるのではないかと訴えていた。
『何か不正があるはずだ』
そう思ったラッツは地味な張り込みをしていたのである。そして──なんとその眼に富裕な商人と金髪のウェイトレスのやりとりが映ったのだ。すっと胸元にチップを差し込んだ動きはラッツの視点から完璧に確認されていた。
『チップは禁止のはずだ……こりゃ、いけるかも』
ラッツはそう思うと不正の証拠を見つけるべく記者の動きを見せた。
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富裕な商人の体をした男は一階の奥まったルーレットの席に着くと掛け金を置いた。男が置いたのはアウトとよばれる外枠である。
ルーレットのボードには1から36までの数字が整然とした枠内に記されていて、それぞれ18ずつ赤と黒の二色で描かれている。そしてその数字の外側にはさらに別枠が設けられていて、この枠がアウトとよばれている。(ちなみ内側はインサイドとよばれる。)
それぞれ掛けられるエリアが違うため、倍率も変わる。
『最初は様子見だろうな』
ラッツはそれとなく見守った。
ディーラーが白い象牙の玉をルーレットに走らせる──勝負が開始された。
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ラッツはほかの客にまじりながらディーラーと客、そして金髪のウェイトレスの動きを注視した。彼らは素知らぬふりをしていたが時折みせるアイコンタクトは明らかに意味ありげである。
『何か法則があるはずだ』
記者の勘はそう告げたが、そう簡単にはわかるモノではない。
ラッツは凝視した、
『ウインク二回で偶数……左手の人差し指を下げてからウインク……いや違う、そんなわかりやすいはず無いな……』
ラッツは挙動を観察したが思った以上に複雑である、
一方、ルーレットの勝負で富裕な商人は勝ったり負けたりとほかの客と同じような結果に甘んじている……
『ひょっとして、俺の勘が当たっていないのか……』
時折みせるアイコンタクトの分析は思いのほかに難しい、だが、富裕な商人と金髪のウェイトレスはディ-ラーと連携しているのは雰囲気から察せられる……
『何かあるはずだ……』
ラッツは考え方を変えた、
『アイコンタクト……手の動き……体の向き……それが違うとなると』
ラッツは知恵を絞った、
『一体何なんだ……』
*
その一方、富裕な商人はいかさまを行う上での撒き餌をすべてばらまいていた、
『小さな勝負は負ける、時折ある中型の勝負は勝つ……差し引きはゼロになるようにする。』
富裕な商人はいかさまを悟られないようにするために金髪のウィエイトレスを仲介者としてかましながら勝負の流れをコントロールした。
『おおっぴらにやればカジノの保安員もさすがに気づく、だが……』
富裕な商人はその辺をわきまえる感性を持ち合わせていた、
『適度に勝つか……それとも大勝ちするか……思案のしどころだが……』
富裕な商人はトイレに行くふりをすると撒き餌を喰った金髪のウエイトレスをよんだ。
「次の勝負でジャックポットだ。」
金髪のウェイトレスが答えた、
「こちらの取り分は組織に3割、私に1割、ディーラーに1割」
富裕な商人は笑った、
「ずいぶん、ぼったくるじゃやねぇか……」
出で立ちこそ富裕な商人であるが、その口調はヤクザのそれである、にらまれたウェイトレスの女は押し黙った、
「まあいい、ここはあんた達のフィールドだ、勝たせてくれるならその手数料でもいい」
男はそう言ったがその目は実に厳しい、
「ジャックポットしなかったときはどうなるかわかるよな?」
金髪のウェイトレスは息をのんだ。その表情には明らかな恐怖がある。男の素性がそのあたりのチンピラではないと見抜いたようだ。
「それでいい」
富裕な商人の出で立ちをした男は再び席に戻った。
*
ラッツは富裕な商人の動きを目で追っていたが、再び席に戻るのを確認すると富裕な商人の掛けるチップの額を確認した、
『勝負に出たな』
100ギルダーチップが柱のように積み重ねられている、富裕な商人は三点がけという倍率12倍の貼り方をとった。ほかの客達はその様子をなんともなしに見ている。富裕層の集まるテーブルではそれほど大きなインパクトはない。
ラッツはディーラーとウェイトレスの動きを見る……金髪のウェイトレスは席を外している……
『ウェイトレスは関係ないのか……』
ラッツはそう思ったが、たまたま移した視線にウェイトレスの女が映った。金髪のウェイトレスはほかの客に酒を給仕しようとしていた。
だが、女は突如として体の向きを変えた。正確にはターンするような動きを見せたのだ。もちろんほかの客かは気づいていない、
『体の向きか……』
ラッツがそう思ったときである、
「ノー、モア、ベット!」
ディーラーが象牙の球を捕ってゲーム開始の合図をみせた。
ザックを拉致した男はポルカのカジノに向かいイカサマ勝負を挑みました。ディーラーもそのイカサマに乗ったようです。
一方、その一部始終を見ている人物もおりました、ラッツです。ラッツは見習記者としての嗅覚を発揮してイカサマの証拠を見つけようと躍起になります。
さて、この後、いかに?




