第二十八話
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ベアーとルナは手足を縛られ倉庫の奥にある小部屋に監禁された。小部屋は事務所として使われているのだろう、机の上には書類が散乱していた。
「あんた、なんで救出失敗してんの?」
「ルナがワインの瓶を倒すからだろ!」
「白馬の王子様の役くらい、きちんとやんなさいよ!」
ルナはむくれ気味にそう言ったが助けに来てくれたことはうれしいらしく機嫌は悪くない。時々、ニヤニヤしていた。
一方、ベアーは何とか縄をほどこうとしたが、はずそうとすると余計に食い込むしばり方になっていた。
「どうにもなんねぇなあ……」
そんなことを思った時だった、倉庫の中で乾いた火薬の爆ぜる音がした。
*
「孫を返してもらおうか」
ロイドはそう言うと舶来品の回転式拳銃を教祖たちに向けた。
信者たちが教祖の前に出て防壁になる。
「老いぼれ一人で何かできると思っているのか」
カジノの支配人はニヤついた表情で言い放った。
「パトリックはお前らの好きにはさせん」
「それなら、耳をそろえてカジノのつけを払うんだな」
「断る。」
ロイドはきっぱりとした口調で答えた。
「何だと?」
「ソフィアは好きにしろ。娼館に売ろうと、野垂れ死ににしようと構わん」
ロイドの顔は修羅場をくぐってきた猛者のそれであった。
「帰るぞ、パトリック!」
ロイドはそう言ってパトリックの袖をつかんだ。だがパトリックの顔は苦悩にゆがんでいる。
「おじい様、積み荷の中に人が、子供たちが……」
さしものロイドも驚きを隠さなかった。
「ロイドさん、あなたのお孫さんは人身売買の片棒をすでに担いでいるんです。ここまで来て知らぬ、存ぜぬではすみませんよ」
教祖の男は薄ら笑いを浮かべた。
「お孫さんが我々の手伝いをしていたとが露見すればただではすみません、フォーレの名前も傷がつくでしょう。」
教祖はロイドにとって一番つかれたくない点をついてきた。
「黙っていればわかりませんよ。さあ、私たちと手を組みましょう!!」
そう言って教祖がロイドの目を見つめた時であった、ロイドは片膝をついて倒れた。それは明らかに尋常ではなかった。
教祖は邪な笑みを浮かべた。
「その御老人も閉じ込めておきなさい」
命令された髭面の男はロイドを抱えると小部屋に向かった。
*
「よいのですか、口封じは」
ソバージュの女が教祖に話しかけた。
「いい人質です、これでパトリックも我々を裏切ることはできません、安心して港を出て沖に出ることができます。」
教祖はロイドを人質にパトリックを思いのままに操るつもりであった。
*
ベアーとルナが縛られた状態で四苦八苦していると麻痺したロイドが運ばれてきた。
「ロイドさん!!!」
「すまない……ベアー君、力が入らないんだ……」
ベアーはすり寄って様子を見た。
「怪我はないな……これじゃ回復魔法じゃ意味がない」
ベアーは脱力感の原因がわからないため途方に暮れた。
そんな時である、ルナがポツリと言った。
「これ、魔力が介在している、間違いない。」
ベアーはルナを見た。
「あの教祖、たぶん魔力を帯びた物を持っているんだわ」
「魔導器ってこと?」
「たぶん、どこかで手に入れたんじゃないかな」
魔導器とは魔力を持たない者でも魔法を行使できる道具である。その形状は様々で指輪やネックレスといったアクセサリー類もあれば、杖や縄といった実用的なものもある。
「教祖として人をコントロールするわけだから、魔道器も使うわよね」
「でもダリスでは魔導器の使用は禁止されてるんだよ!」
「あんた、バカねぇ、人身売買する連中が法律守るはずないでしょ!」
ルナがそう言うと、外の様子が急に騒がしくなった。
「荷物を運び始めたんだ」
倉庫からクレーンを使って荷揚げする様子が二人に映った。
「マズイな……何とかしないと」
ベアーはジャスミンとロバがうまくやってくれることを願った。
*
一方、ジャスミンとロバは治安維持官の詰所で事情を説明していた。
「そんなことがあったのかね」
応対していたのは署長であった。驚きを隠さない表情でジャスミンの顔を見た。
「よく無事にここまでこれたね、大変だったろう。ところでこのことを他に知っている人はいるかい?」
聞かれたジャスミンはハキハキと答えた。
「いえ、私だけです。誰にも話していません。」
「そうか、他にはいないんだね?」
署長が念を押すように尋ねるとジャスミンは頷いた。
「それより早くフォーレ商会の倉庫に言ってみんなを助けてください。」
「わかったよ、ジャスミン」
真剣な眼差しで答えると50歳を過ぎた署長はジャスミンの腕をとった。
「こっちに来てくれるか、今の話を書類にしてしまうから」
ジャスミンは言われた通り、署長の後ろについていった。
「さあ、こっちだ」
そう言って署長はジャスミンを石畳の部屋の扉を開けた。そこには明らかに檻があった。
「実はカジノに借金があってね、首が回らないんだ。」
そう言うと署長はジャスミンを蹴りとばし留置所の檻の中に入れた。
「悪いね、ジャスミン」
署長は脂ぎった顔で微笑んだ。
「そんな、酷い、あなた治安維持官でしょ、市民を守るのが仕事でしょ!!!」
署長はジャスミンを無視すると何事もなかったかのように鍵をかけた。
*
外で控えていたロバは詰所の入り口付近をウロウロした。時折、入り口の様子を覗き見たがジャスミンが戻ってくる気配はない。困ったロバはいなないて治安維持官の注目を集めようとした。だがロバの声に耳を傾ける人間はいなかった。
そんな時である、一人の治安維持官が寄ってきた。
「あれ、こんな所で、何やってんだ、お前の家はシェルターだろ?」
そう言ったのは若はげの治安維持官であった。
ロバの目がキラリと光った、ロバはここぞとばかりに若禿の治安維持官に体当たりした。
「何すんだ、このロバ!!!」
若禿は怒鳴ったが、ロバが口にくわえているものを見て顔色を変えた。
「それ……マズイよ、バッジは駄目だって、それなくすとクビになるんだ」
若禿は取り返そうとロバに詰め寄った。だがロバはそれをかわして走り出した。
「ちょっと待てって、おいバッジ返せ!!」
若禿は額を輝かせてロバを追った。
*
倉庫では積み荷のほとんどが運び出されていた。出航間近になった船には信者たちが乗り込み、教祖の到着を待っている。教祖はその様子を見て満足げな表情を浮かべた。
「ではパトリック君、水先案内人として港を案内してもらおう。」
教祖はにこやかにパトリックに話しかけた。
「本当におじい様たちを助けてくれるんだろうな。」
「当たり前だ、約束は守る」
パトリックは教祖を睨み付けたが、人質を取られた弱みでフォーレ商会の船に乗った。
教祖はそれを確認すると髭面の男を呼んだ。
「我々が出航して港を抜けたら倉庫に火をつけ、すべての証拠を隠滅しろ」
「爺さんとガキどもはどうしますか?」
「放っておけば手を下さなくても焼け死ぬだろ。」
髭面の男は恭しく頭を下げた。
「あくまで事故を装え。」
そう言うと教祖は船に乗った。
*
ロイド商会の貨物船はベアーの乗ってきた客船に比べればはるかに小さいが、それでも30人は乗れる船室と子供たちの入った木箱100箱を運ぶには十分な大きさを有していた。
信者の1人が最後の貨物を積み込むと合図を送った。
「出航だ!!」
教祖が呻るような口調で言うと舵を握った信者はオールを漕ぐ信者に合図を送った。船は順調に滑り出し、港湾をゆったりとした速度で進んだ。




