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第二十話

13

ベアーはサングースから下宿しているロイドの自宅に帰ったが、いなくなったロバとザックのことは頭から離れなかった……


「どこに行ったんだろ……ザックは……」


消息不明になったロバはともかくザックのことは気になった。


『本当に落馬して死んだマルス王子なんだろうか……』


ベアーがかつてのことを思い起こす、


『頭はよくなさそうだけど、嘘をつくようなヤツじゃなかった……動きは鈍いけど』


ザックがソーセージやベーコンを語る時の様子は真剣であった、


『肉屋の見習いとしては真面目だったよな、性分に合ってたんだろうな』


ベアーがそんな結論に至ると階下から夕食の声がかかった──ベアーはいそいそと階段を降りた。


                                 *


 ベアーが席に着くと目の前には骨付きのアガタ豚をトマトソースで煮込んだメインと豆をあしらったサラダ、そしてカボチャのクリームスープが用意されていた。


ロイドはアガタ豚の煮込みにナイフを入れると、その口に放り込んだ。


「しっかり煮込まれていて柔らかい、ソースも悪くないな」


メイドは料理には自信があるようで当然だという表情を見せた、


「このスープは冷製仕立てか……なかなか悪くない」


ロイドはメイドを褒めたがすぐにベアーの方に目を向けた、


「何かありそうだな、仕事のことではないようだが?」


ロイドに見抜かれたベアーはスプーンを置くとすぐさまサングースでの出来事を語った、



「かくかく、しかじかです」



ベアーが簡潔に述べるとロイドは唸った、


「肉屋の見習いが……マルス王子だというのか……」


ベアーは「はい」と頷いた、


「レオナルド家の惨劇のなかで突入のきっかけを作ったあの少年が……」


 ロイドはあばたのある小太りの少年を思い起こした、レオナルド家の家督を乗っ取った不逞の輩を成敗するときにザックが活躍したのは否めない。


「確かにマルス王子は愚鈍であった、落馬で死んでもおかしくないほどに……だが、生きているというのは……」


ロイドはそうは思ったものの、その表情は芳しくない


「誰かがその事実に気づいてザックを拉致したとすれば、それは何らかの意図があるのは間違いない。身代金目当ての誘拐か……それともほかに意図があるのか……」


ロイドの表情は曇っている……


「拉致されたとしても、どこに連れて行かれたのか……まったく見当がつきません……」


ベアーがそう言うとロイドは一つの提案をした、


「となると、広域捜査官が一番だな」


ベアーはその手があったと手を打った、


「明日はケセラセラ号の荷揚げがないから比較的、暇だろう。午前中のうちに相談に行ってこい。ルナちゃんも連れて行くといい。その方が話が速いだろう」


ロイドの案に光明を見いだしたベアーは翌日、広域捜査官の詰め所に向かうことにした。



14

ポルカは港町ということもあり、人と物の流入が盛んである。それに従い、大小をさまざまな事件が起こる。売春、賭博、違法薬物の取引、密輸──ポルカは経済犯罪が交錯するハブとさえ言われている。


 かつてベアー達も拉致された子供達を麻薬でコントロールして人身売買を企てた『群青の館』という組織と対峙したことがあった。幸運にも善意のある人々の協力により撃退することができたが、その一方で事件の後も新たな犯罪組織も竹が生えるようにして生まれている……


現在でもポルカでの完全な安全は担保されていないのだ……


 その実情を翻って見ればポルカは広域捜査官にとっても自然と拠点を構える重要地域となっていた。必然と言えば必然といえよう……


                                *


 ベアーとルナは広域捜査官の詰め所に向かうとカルロスとスターリングに面会を求めた。協力者の証であるブロンズ像をみせると直ぐさま係の事務官が二人を案内した。



だが二人が待合室で待っているとやってきたのはカルロスとスターリングの二人ではなかった。


「やあ、こんにちは、君たちのことは二人から聞いているよ」


 柔和な笑顔を見せて部屋に入ってきたのはスターリンとカルロスの上司であるジェンキンスであった。口ひげを蓄えた中年の捜査官は威厳のある風貌で二人を見た。


ベアーもルナも管理職の人間が現れるとは思っていなかったので恐縮した。


「いや、そんなに堅くならなくても、さあ、私の部屋に」


 ジェンキンスはそう言うと二人のお茶を勧めた。ディッシャーにはお茶請けとなる焼き菓子も添えられている。意外にも高級な品である。めざといルナはすでに焼き菓子に手を付けている。


「ところで要件というのは?」


 尋ねられベアーは正直に話した、すなわちサングースでいなくなったザックという人物がマルス王子ではないかということを……


「……」


ジェンキンスは腕組みした、


「あの事件から……まさか……そんなことが」


ジェンキンスは熟考した、


「拉致されたとしか思えないんですよね」


焼き菓子を食べ終わったルナがそう言うとベアーが続いた、


「肉屋の見習いであるザックを拉致して身代金なんて意味がないと思いますし、手がかりが見つからないことから考えても、やっぱり拉致事件じゃないかと……」


ベアーがそう言うとジェンキンスは腕を組んだ。


「確かに君たちの話は理解できる……だが」


ジェンキンスはそう言うと捜査官らしき口調で言った、



「あくまで状況証拠に過ぎない……拉致された証拠でもあれば別だが……ザックは自ら姿を消したのかもしれんし、現状では捜査に人手を割くことはできん。」



ジェンキンスが残念そうに言うとルナがため息をついた、


「やっぱりね……お役所仕事って……こうなるのよね」


 ベアーもなんとなくだがジェンキンスの口ぶりからザック捜索は無理ではないかと思いだした、広域捜査官が憶測だけで捜索を開始するとは思えない。ザックがマルス王子ということが証明されれば別であろうが……


「……証拠がなければ……厳しいですよね……」


ベアーはそう言うとルナを連れ立って部屋を出ようとした、


「君たちの見解は心にとめておく、カルロスやスターリングには個人的に伝えておくよ。」


言われたベアーとルナはジェンキンスに対して丁寧に挨拶して部屋を出た。


                                  *


『……思わぬ事態だな……』


ジェンキンスは窓の外から帰っていくベアーとルナを見ていた。


『まさか……こんな事件にぶちあたるとはな……』


ジェンキンスは口ひげに手をやった、


「カルロスといい、あのベアーという少年といい、私の未来に……役立ちそうだ」


ジェンキンスは先のことを考えた、


『うまく立ち回る必要がありそうだな……フフっ』


 ジェンキンスは貴族の世界で生じた事件を思い起こした。それは競馬会における馬車の事故で無くなったアナベル エッダのことである。トネリアの裏金の管財人として送り込まれたアナベルは無残な死に方をしていた。


ジェンキンスはカルロスとスターリングの報告からすでに当時の状況は認識していた。


『奴らの考えている次の一手が見えてきた……』


ジェンキンスは広域捜査官の幹部としてはありえない表情を見せた。




カルロスとスターリングの上司である広域捜査官ジェンキンスはどうやら『腹に一物』といった人物のようです。ベアーとルナからもたらされたザックの拉致という事態を自分の利益にしようと考えているようです。


ザックを拉致した富裕な商人、広域捜査官のジェンキンス、そしてジョージズトランスポーテーションのムラキ……彼らはどんな関係を結んでいくのでしょうか?

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