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第十六話

商談が強制的に破棄された後──ベアーはロイドと別れて午後の仕事に赴いた。ベアーは倉庫につくと先ほどの出来事を休憩中のウィルソンに報告した。


「えっ……バッハ……って、あのバッハが……」


ウイルソンが素っ頓狂な声を上げると事務員であるジュリアもやってきた。


「そりゃ……バッハは大物よ……超大物……」


ウィルソンがそう言うとジュリアが付け加えた、


「海運業における許認可権を持っている大貴族よ。御三家に次ぐ力を持っている、ダリスにおける海運業の組合の盟主はバッハ一族なの。キャンベル海運の経営権ぐらいじゃ……太刀打ちできない相手よ」


ジュリアの声も震えている……


 ベアーは組合に関しての知識が欠けているため二人の様子を見るとロイドが頭を下げ続けた理由もなんとなくだが察せられた、


「貴族の階級は財力とは関係ないの。資産がなくても許認可権を持っているからバッハは『上』、そういう世界よ」


『……超大物なのか……』


ベアーがそう思うとウィルソンが口を開いた、


「うちがキャンベル海運を株取引で出し抜いて買収したのは奇跡に近いことだが、バッハ一族が出てくるとなるとそれはもう太刀打ちできん、早々に退散するのが『吉』だ」


ウィルソンがそう言うとジュリアも同意した、


「許認可に関わる貴族とはトラブっちゃいけないのよ、商売できなくされるから。それに貴族の階級社会では男爵と侯爵では天と地の差があるから……身分をわきまえないといたぶられるわ……」」


いつも静かなジュリアが力説するその様子はベアーに驚きを与えた。


「蒸気機関がもたらすものがビッグチャンスとはいえ、下手に手を出せばこちらが潰される。触らぬ神にたたりなしだ。ロイドさんはそういう戦略をとったんだよ」


ウィルソンは知恵を回してそう言うとベアーに仕事の指示を与えようとした、



そんなときである、三人の耳に甘ったるい声が聞こえてきた、


「こんにちは~」


 声を掛けてきたのは小柄なおかっぱ頭の女子である。三人の前に現れると、その手にしていたバスケットを開いて中をみせた。


 中にはコールスローとトマト、そしてたっぷりのショールダーベーコンがはさまれたサンドイッチがならべられている。


「あっ、うまそう!」


昼食がまだであったベアーはそう言うとバスケットから一つとってその口に放り込んだ。


「うまいじゃないか!!」


ベアーが開口一番にそう言うと声を掛けた女子はにやりと笑った、


「ねぇ、今の話、面白そうね」


どうやら聞かせろと言うことらしい、


 サンドイッチを手にしていたベアーは商談を部外者に話すのはマズいと思ったがすでに半分以上を平らげている……


ベアーは思った、


『……魔女の術中にはまった……』


ベアーはウィルソンの顔色をうかがうと『すでに手遅れ』と言った表情を見せた。


結局、小さな魔女に先ほどの内容を話すことになった。


                                *


「ふ~ん、そうなんだ。蒸気機関というのが発明されたんだね……」


魔女の女子がそう言うとにこやかな表情でウィルソンもサンドイッチをつまんだ、


「潮流に逆らって船が航行できれば危ない海路を渡らずにすむんだ。そうすれば座礁の危険性が圧倒的に減る。さらには最短距離で目的地までいけるからね。航行時間の短縮にもつながる」


ウィルソンは貿易商らしい見解をみせた、


「でも、本当にちゃんと前に進むの?」


魔女の女子がそう言うとジュリアもサンドイッチを手に取って答えた、


「そこが問題なのよ、この前のデモではうまくいったみたいだけど、中型船や大型船に関しては未知数ね……その蒸気機関って言うのが本当に機能するなら別でしょうけど」


ジュリアがそう言うとウィルソンが反応した、


「いずれにせよバッハが出てきたんだ、うちには関係ないよ。下手に動かずに注視した方がいい」


ウィルソンはそう言うと再びサンドイッチに手を伸ばした、


「ショルダーベーコンの塩見がいい感じだね、ルナちゃん、腕を上げたね!」


ウィルソンがそう言うとルナがまんざらでもない表情を見せた。


「野菜を多くしてニクニクしくしてないから女子受けも悪くないと思うわよ」


ジュリアがさらに褒めるとルナが口を開いた、


「実はこのサンドイッチ、うちで出す新メニューの候補なの」


だが、そうは言ったもののその表情は今ひとつである。


ベアーはその様子を見てピンときた、


「女将さんがGOサインをださないんだね?」


ルナは即答した、


「そう、ショルダーベーコンがイマイチだって…家で食べるなら問題ないけど、金をとるならこれじゃあ駄目だって……」


ジュリアが唸った、


「たしかに……肉のうまみは感じられないわね……普通っていうか、家庭的っていうか……」


ジュリアの見解に対してベアーが反応した、


「確かに、家のヤツだね……特徴は無いね」


ベアーがそう言うとルナは渋い表情を見せた、


「そうなんだよね、みんな同じ意見なんだよ──家で食べられる延長の商品だって……」


そんなときである、ベアーが手を打った、


「そうだ、ザックの所に行けばうまいショルダーベーコンあるんじゃない?」


言われたルナも手をたたいた、


「それだ、ザックの所だったらおいしいハムとかベーコンとかあるもんね」


 ザックとはベアー達が経験したサングースの惨劇のなかで大きな役割を果たした少年である。レオナルド家を乗っ取った犯罪者を成敗する上でベアー達に手を貸した、小太りであばたのある少年の顔は忘れようがない。


「今度の休みに行ってみようか、サングースならそれほど遠くないし」


ベアーがそう言うとウィルソンが手をたたいた、


「そいつはいい、実はレオナルド家のご当主即位に対する挨拶がまだだったんだ。正式に家督を次いだことに対する挨拶はまだなんだ」


 レオナルド家の嫡男はキャンベル海運により乗っ取りを掛けられたケセラセラを助けてくれた盟友である。ベアー達にとっても信頼のできる友人だ。


「ベアー、お前ならロイドさんの代わりになるだろうから、サングースに行ってこい。ついでにショルダーベーコンも見てくればいい」


ベアーが頷くとルナも同意した。


「温泉あるんだよね、サングース。私もいこうっと!」


ルナがそう言ったときである、後方から異様に冷たい視線が投げかけられた。


背中にむずがゆいものを感じて振り向いた二人の目にはあるものが映っていた――アイツである。


アイツは倉庫の影から首だけを出して二人をねめつけている、その目からは赤光が放たれている……



「……お前、いつの間に……」



 アイツは倉庫の影から登場すると恨めしそうな目を二人に向け続けた。相も変わらず不細工である……



「わかったよ、つれていくから」



アイツは『当然だ!』と言わんばかりの姿勢をみせていなないた。



再び二人と一頭の旅の始まりである、



ショルダーベーコンを手に入れるためベアー達は再びサングースに向かうこととなりました。

はたして、彼らはサングースでいかなる事態に遭遇するのでしょうか……



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