第十四話
気温が高くなって参りました、熱中症にはお気をつけください!
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天気は明朗で青空がポルカの街を見下ろしている──漁を終えた漁師たちが今日の収穫を片手に湾内へと船を滑らせる。その表情は様々で、大漁旗を揚げてにこやかな者いれば、青色吐息を吐いて絶望を隠さぬ者もいる──悲喜こもごもの漁師達の様相は港町ならではの光景だ。
そんな港から少しばかり坂を上った丘にはこぢんまりとした屋敷があった。テラスには品のいい椅子とテーブルが置かれ、その周りには小さな噴水とよく練られた複数の花壇が展開している。正面玄関には重厚な木戸が据えられており来客を待っているかのようだ。
そのドアを開けると広いホールが現れ、二階へと続く階段が眼に入る。廊下を奥へと進むと来客を向かえる応接スペースがにわかに現れた。
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フォーレ ロイドはその応接間で瓦版を読んでいた、その表情は神妙である。
『……はて……』
ロイドは毎日、朝一で投函される瓦版に目を通すことを日課としていたが、その記事の中でもどうしても気になるものがあった。
『……蒸気機関か……』
特に記事のくだりにある船の航行に関して革命的な変化をもたらすという文言は気になった。
『煽った記事なのか、それとも真実か……いずれにせよ一度見ておいた方がいいか、ジョージズトランスポーテーション……』
貿易商としての長年の経験とケセラセラ号という商船を持つ身としては蒸気機関とそれを発明した業者は実に気になる存在である……
『事務所をポルカに開設か……となると早めに動いた方がいいな』
そう判断した時である、ロイドのもとに朝食を食べに来たベアーが映った。
「おはようございます」
ベアーはロイドの自宅の二階に住んでいるのだが、出社前にロイドにその日のスケジュールを話すのが日課である、
ベアーはいつもの様子でロイドに挨拶を済ますと倉庫の在庫や商品の質について語ろうとした。だが、ロイドは興味がなさそうである。
「どうかしたんですか、ロイドさん?」
ベアーに尋ねられたロイドは即答した、
「今日は倉庫には行かなくていい──出かけるぞ。馬車の用意をしろ」
ベアーは怪訝に思ったがロイドの顔はいつも温和な表情とは打って変わり貿易商のそれになっていた。
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ロイドがベアーとともに向かったのは街の商業地区である。貿易、倉庫、船舶輸送など港町らしい業種の出張所や専門の卸売り業者、それに関わる製造業、名のある小売店の事務所などが置かれている。
「このあたりですね」
ベアーは新規参入してきたジョージズトランスポーテーションの屋号を見つけると、商業地区の一角を指さした。
「アレです、ロイドさん」
ベアーに指摘されたロイドは新規参入にもかかわらず大きなスペースを陣取る存在に目をやった。
『ずいぶん大々的だな……』
ロイドは遠巻きにジョージズトランスポーテーションの開設した事務所を見ていたがあまりの人の多さに唸った。
『なるほど、瓦版の話は嘘でもなさそうだな……』
瓦版というのは玉石混合でいい加減な話を平気で流布する業者も少なくない。広告費さえもらえれば詐欺の片棒さえ担ぐと言われる記者もいるぐらいである。
ロイドはジョージズトランスポーテーションの併設した事務所に行き来する業者を見ていたが船会社の関係者も確認できる、どうやら瓦版の記事もガセではなさそうだ……
「あの人たち……僕たちの同業ですね……それも有名なところだ」
ダリスの船会社は貴族経営、および一般の民間経営業者を含めて60社ほど存在しているが、その中でも3が抜きん出ている。貴族経営の1社と一般民間業者の2社である。規模という点においてケセラセラなど足下にも及ばない……
「あの3社が商談に来ているなんて……本物ですね」
ベアーがそう漏らすとロイドは吟味する姿勢をみせた、
「蒸気機関という新たな発明が本物であればどの業者も飛びつくだろう、だがどれほどの物かはわからんがな」
ロイドは懐疑的にそう言うとベアーに商談の予定をとってくるように命じた、ベアーは直ぐさま開設された事務所に足を向けた。
*
そんなときである、二人の後ろから声が掛けられた、
「あの、ひょっとしてケセラセラのロイドさんでは?」
声を掛けてきたのは見たことのない顔である、その身なりは清潔感があるだけでなく裕福な印象を与えた。
ロイドが不審な表情を見せるとその男は名刺を出した、
「私、ジョージズトランスポーテーションの取締役をしているムラキという者です。」
ムラキと名乗った人物はロイドをみた、
「この前の買収劇はすごかったですね、あのキャンベル海運を買い取るなんて……あの取引はポルカの伝説なんて言われていますよ。」
ムラキはケセラセラとキャンベル卿の戦いにおいて接戦を制したロイドの手腕をすこぶる高く評価した。
「大貴族を打ち負かしたんですからね、あれはすごい!」
その表情には尊敬の念さえ感じられる、
「いや、はや、偶然ですよ。追い詰められたネズミが食い下がっただけです」
ロイドはそう言ったがムラキがジョージズトランスポーテーションの幹部であることを見込むと貿易商らしく切り込んだ。
「実は、当方、そちらの蒸気機関に興味を持っておりまして……」
言われたムラキは手をたたいた、
「そうですか、ポルカの英雄が……それなら私がご案内しますよ。これでも副社長ですから顔は利きます」
ムラキはそう言うとロイドを開設したばかりの事務所の裏口に導いた。
「ロイド様、ささっ、どうぞ!」
一連のやりとりを見ていたベアーはムラキの如才ない行動にビジネスマンとしてのセンスを感じたが、その一方で急激に話が進むのになんともいえないものを感じた。
『……このひと行動が早い……仕事のできる人なんだろうけど……』
ベアーは流れの中でうまく引き込んでいくスタイルに若干の違和感をもった。それは貿易商見習いとしての感覚では無い──僧侶としての勘であった。
ジョージズトランスポーテーションの副社長、ムラキが出て参りました。はたして彼はどんな人物なのでしょうか?
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関係ありませんが『鬼滅の刃』シール付きウエハース……二箱目を買ってしまいました……ウエハースの在庫が……




