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第二十七話

24

 ルナの体は硬い木の感触に悲鳴を上げた。


『何これ、痛い……』


どうやら箱の中に入れられているようだ。ガタガタと揺れることから運ばれているのが分かった。


『どこに連れて行く気なの……』


ルナは木箱の隙間から外を覗こうとした。


『駄目だ、動けない……』


クスリが効いているのだろう、手足が震えていてうまく力が入らない。


『駄目だッ……』


ルナがそう思った時である、ヒソヒソと声が聞こえてきた。


                              *


「今回の積み荷はここまで運ぶのに大変でした。治安維持官と行政官の買収にかかった経費もかなりの額になります。」


「そうだな、カジノからは寄付金を多くもらっている、君たちにも礼をしなくてはな」


二人の男の声がルナの耳に入ってきた。


『裏金の話だわ……』


その時であった、新たに女の声が聞こえてきた。


「積み荷はすべて倉庫に入りました。」


「そうか、ご苦労、船の準備ができ次第、積み込みをはじめる。それまでは信者たちに休息を与えろ。」


「はい、わかりました。」


ルナは女の声を聞いてすぐにわかった。


『あいつだ、ソバージュのクソ女!』


ルナは3人話を聞きながら自分の置かれた状況を理解しようとした。


『明日、船に積み込むって言ってたわよね……ということは、ここはどこかの倉庫ね……』


ルナは下手に動かず体の回復を待つことにした。


                                *


 ベアーは早朝から歩き通しで進み、午後にはポルカの港湾地域が見えるところまで来ていた。倉庫に行く前に一息入れようと思ったベアーは炭焼き小屋の老人が持たせてくれた皮袋を開けた。


『サンドイッチだ』


ベアーは大口を開けて具だくさんのサンドイッチにかぶりついた。野菜のシャキシャキとした歯触りと薄切りにしたハムの食感は絶妙であった。


『マジでうまいな、これ……粒マスタードが入ってる!』


粒マスタードは『大人の味付け』といった風味を醸している。嫌みのない酸味はサンドイッチ全体をうまくまとめていた。


『パン、モチモチしてるな……』


通常の食パンと異なり、モチモチとした食感は新鮮であった。このモチモチ感は白玉粉を混ぜたことによる効果がだがベアーは初めての経験に驚きを隠さなかった。


『パンもハムもマスタードもバランスがいい、これはかなり美味い!!』


三位一体のハムサンドを平らげるとベアーは大きく深呼吸して立ち上がった。


『よし行くぞ!!』


腹ごしらえを終えたベアーは大きく息を吐いた。


                              *


 港湾地区は積み荷を運ぶ荷夫が行きかっていた。ベアーは忙しそうに働く荷夫の邪魔にならないようにフォーレ商会の倉庫に近づいた。


『あれ、閉まってるな……この忙しい時間に閉まってることなんてあるのかな』


フォーレ商会の倉庫の入り口には『CLOSE』という札がかけられていた。平日の午後に倉庫が閉まっているとは考えにくい、『CLOSE』という看板に怪しげな思いをベアーは抱いた。


 ベアーは他に入り口がないか確認しようと倉庫近辺を散策した。その時である、ロバは顎をしゃくって上の方を指した。


「何だよ」


ベアーが見上げると階段の脇に換気口があった。


ロバは『俺が見つけてやった』と言わんばかりの表情を見せた。


「あそこから入れってこと?」


ロバは凛々しい顔で頷いた。その時、ベアーは昨日の出来事を思いだした。


「お前、今度は逃げたりしないよな?」


ロバはベアーをチラッと見た後、視線をそらせた。


「それ、お前どういう意味?」


ロバは逃げる気満々の表情をしていた。


「おまえな……」


ベアーが次の句を告げようとした時だった、倉庫の中で大きな音がした。


「何だ、今の音?」


ベアーは様子を覗くため換気口へと続く梯子に足をかけた。


                               *


「何をやっている!!!」


カジノの支配人の怒号が飛んだ。


「すいません」


誤ったのは『群青の館』の信者であった。運んでいた荷を崩したのだ。かなりの数の木箱が散乱した。

「ガキが入った木箱だったらどうするつもりだったんだ、逃げられたら終わりだぞ!!!」


一方、ベアーは換気口から怒鳴られている信者を見ていた。


『やっぱりあいつら子供たちを……ということはルナもこの倉庫の中に』


ベアーは状況を確認すると換気口から倉庫内に入ることにした。


                               *


 倉庫の中はかなり広く、置かれている品も多種多様であった。外国から輸入した舶来品もあれば、輸出用の加工食品やワインも置かれていた。だが、ベアーの眼をひきつけたのは金髪の青年であった。


『パトリックだ……』


 パトリックは下を向いてうなだれていた、その顔は青白く精気がない。その横ではカジノの支配人と群青のローブを身にまとったソバーシュの女が何か話していた。


『あいつら、やっぱり……パトリックを脅して……』


ベアーがそんなことを思いながら覗いていると木箱の一つから怪しげな音が聞こえてきた。


『何だ、あの音?』


ベアーはあたりを見回した。


『あそこならちょうど死角に入るから、調べてみるか』


ベアーはそう思い、忍び足で音のする木箱に向かった。


                                *


 内側から音が聞こえる木箱にベアーは近寄ると、その隙間から中を覗いた。


『あっ、この子は』


木箱の中に入っていたのはなんとジャスミンだった。


 ベアーは声を出しそうになるのをこらえると木箱の蓋を開けようとした。蓋は4隅を細い釘で打ち付けただけなのですんなりとあいた。


「声出しちゃ、ダメだよ……」


ベアーが言うと亜人の女子はコクリと頷いた。


作業している信者を尻目に、ベアーは亜人の女の子を助けだし、換気口まで連れて行った。


「箱の中には子供たちが入れられてるんです。みんな変な薬の入った食べ物を食べておかしくなってます。」


「赤毛の女の子はいなかったかい?」


「ルナですか?」


ベアーは頷いた。


「多分、木箱のなかに……でも、どの箱かは……」


「OKわかった」


ベアーはそう言うとジャスミンの手を取った。


「君はここから出るんだ、下にロバがいるからそのロバと一緒に治安維持官の所に行くんだ。いいね」


ジャスミンは涙を流しながら頷いた。


                                *


ベアーは死角にあたる空間に身をひそめて、80以上ある木箱を眺めた。


『どれだ……』


ルナがどの木箱に入っているか皆目見当がつかない。ベアーはどうすればいいか悩んだ。


木箱の管理をしている信者がいるためしらみつぶしに木箱を開けるわけにはいかない、ベアーはそこで信者をうまくおびき寄せる策を考えた。


『これでいいな……』


木箱から適当なワインボトルを抜くと、それを倉庫に据え付けられたクレーンの方に投げた。群青色のローブを身にまとった信者たちは積荷から離れてボトルの方に向かった。


『よし、いまだ!』


ベアーは近くにあった木箱からルナの名を呼んで確認した。


それは15個目であった。


『ルナ、いる? おにいちゃんだよ』


ベアーが『お兄ちゃん口調』で言うと異様なまでに内側から木箱を叩く様子が伝わってきた。


『間違いない、これだ』


ベアーはそう思いふたを開けた。


                                *


「遅いよ!!!」


ルナは小声でベアーに向かって言い放った。


「急いで逃げよう」


ベアーが言った時であった、足元に置いていたワインボトルをルナが倒した。


『マズイ……』


そう思った時は手遅れだった、一人の男がベアーの方に振り向いていた。


「お前、あの時の、ガキじゃねぇか!!!」


そう言ったのはベアーが炭焼き小屋を訪れる途中で手紙を奪った髭面の男であった。


                                *


 ベアーとルナはなんとか逃げようとおもったが、髭面は一瞬にして間合いを詰めると、ベアーの首筋にショートソードをあてがっていた。


「いい度胸してんじゃねぇか!!」


髭面はハンターが獲物を仕留めた時に見せる笑みを浮かべた。


「楽に殺してやるよ」


髭面がそう言った時であった。


「やめろ!!!!」


パトリックが絶叫した。


「友達から手を離せ、そうしないと船に乗らないぞ、僕がいないと港の検疫はぬけられないぞ!」


「何だと、小僧!」


髭面はベアーの腹に一撃食らわせ、昏倒させるとパトリックに詰め寄った。


「なめた口きくじゃねえか、フォーレ商会のあんちゃんよ」


髭面はそう言うとパトリックの胸倉をつかんだ。


その時である、倉庫の小部屋から出てきた長髪を束ねた男が声を上げた。


「おやめなさい、それ以上は!」


言ったのは『群青の館』の教祖であった。


 髭面は手をひっこめると恭しく挨拶した、その顔には冷や汗が浮いている。


「積み荷を運び終わるまでは流血沙汰は無用です。縛り上げて小部屋の中に入れておきなさい。」


教祖はそう言うとパトリックをジットリとした目で見た。その眼は明らかに別の意図を含んでいた。



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