第十一話
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金貨強奪事件における責任を問うべく開かれた審問にマーベリックはオンブズマンとして参画していた。
乾いた石畳の部屋に当事者が集まっている。薄暗いその部屋には窓が一つ──そこからは陽光が斜めにさしていた──真実を明らかにしようとしているかのようだ……
マーベリックはホームズの言動に注視した、
*
「一週間の猶予を与えたものの賊の逮捕もできなければ金貨の回収もできなかった。進展もないということだな」
ホームズは事態を客観的に分析すると四人の近衛隊隊員を見た。
「何か申し開くことはないのか?」
言われた隊員達は押し黙った、皆一様に下を向いている……その表情は蒼白い……
ホームズはその眼を細めて詰問した、
「これが最後の審問だ、貴殿達も自分の意見を言った方がいいぞ。自ら自分の失態を認めてここを去るならば責任のあり方も変わろう。だがそうでないならば……」
四人はそれでも押し黙った、
「そうか、ならば沙汰を言い渡す。」
ホームズは用意していた書面を読み上げた。
「四人とも不名誉除隊だ。退職金もなければ就職の斡旋もない」
ホームズはサインした書面を四人にみせた。
それに対して近衛隊の四人が驚いた顔を見せた。
「話が違う!」
「どういうことだ」
「えっ!」
「不名誉除隊だと、ありえん!」
四人の表情は鬼気迫るものがある、
「こんな話聞いてないぞ!」
「そうだ!」
「除隊なんて聞いていないぞ!」
四人が怒り狂うとホームズは何食わぬ顔を見せた、
「身から出た錆だろ、文句があれば副隊長に言うんだな」
ホームズはそう言うとその口調を変えた、
「そうか、お前たちの副隊長は死んだんだったな」
隊員達は厳然たる事実に唇をかみしめた、忸怩たる重いが滲み出す……
「死んだところで現状は変わらん、副隊長は犬死になったな」
ホームズがそう言うと『犬死』という単語に反応した隊員の一人がホームにつかみかかろうとした。怒髪天の表情でホームズの顔面に向けて一撃を繰り出す。
「ふざけるな、このクソ野郎!!」
だが、その手はホームズには至らなかった、
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「これ以上の失態はその身を滅ぼすことになる」
そう言って隊員の手をはたき落としたのはマーベリックであった。その表情は無味乾燥としたものである。
「座って、沙汰を持て!」
マーベリックが強圧的に隊員をたしなめるとホームズがフフッと嗤った、
「さすがレイドル侯爵の執事、見る目がある。オブザーバーとして喚んだだけの価値がある」
ホームズがマーベリックを褒めるとマーベリックはにやりと笑った、なにやら意味深である。
「オブザーバーは意見を申す権利がある、此度の事案においてレイドル侯爵の見解を披露したい。」
ホームズは思わぬ事態に驚きをみせたが、マーベリックはそれを無視した。
「これから見せる書類は此の事案における重要な書類となる。しかとその眼にしてほしい」
マーベリックはそう言うと懐からおもむろに複数の便せんを取り出した。それは金銭の入出金を記した両替商の記録と証券取引所の記録である。
金額と日付すべてが網羅されていた。そして証券取引所の記録には金が何に使われたかが記されている。
具体的には株取引であった。
「空売りという手法をもちいたようですね?」
マーベリックはホームズを見た
「この金の流れを追いまして……我々は一つの結論に至っております」
ホームズの顔色が一瞬だが変わる……
マーベリックは相変わらず淡々とした調子で陳述する。
「我々はこの金貨強奪事件を狂言だとみている」
マーベリックがそう言うと四人隊員が一斉にうつむいた、その表情は皆一様に暗い……
一方、ホームズは何食わぬ顔を見せた、
「狂言……はて?」
マーベリックは淡々と答えた、
「両替商の記録によると多額の金貨を株取引に投入した者がいるとある。すべての取引を勘案した数字は強奪事件で失われた金額と不思議と一致する……」
言われたホームズがマーベリックをにらみつけた。
「貴様はオブザーバーだ、近衛隊の処遇に関してもの申す立場にはないはずだ!」
ホームズがもっともなことを言うとそれを無視してマーベリックが口を開いた、
「両替商で発見された小切手の裏書き……その名は近衛隊副隊長 ビリー フォックス」
マーベリックは何食わぬ顔で続けた、
「おととい、副隊長と話をしていろいろなことを聞かせてもらった」
ホームズの表情が歪む、
「株取引にあなたが一枚かんでいるということ、その株取引には近衛隊の倉庫に置かれていた裏金である金貨を流用されたこと──そして取引に失敗して穴が開いたこと」
マーベリックはそう言うと核心に触れた、
「その結果、強奪事件を装って金貨が賊に奪われたと偽装しようとしたこと。そしてその筋書きを枢密院の関係者が描いたことを」
マーベリックが続けようとするとホームズが声を荒げた、
「そんなことをするはずがないだろ、私は枢密院の査察官だぞ。レイドル侯爵の代理とはいえ貴様のような平民にどうこう言われることは無い」
ホームズは実に狡猾な知恵をみせた、
「枢密院は独立した機関だ、どこからも監督を受けない。たとえお前の指摘が事実だとしても我々を糾弾できる立場にいる者は存在しない」
ホームズが居直る姿勢をとるとマーベリックがククッと嗤った、
「確かにそうだ、枢密院にたてつくことはなんびとたりとも許されない。御三家の力であれ、レイドル侯爵の名をもってしても不可能だ。」
マーベリックはそう言うとオブザーバーとしての見解をみせた。
「オブザーバーの役目はこの審問が滞りなく行われたかを確認することだ。つまり滞留する事案がある場合は当然のごとく意見を呈することができる」
マーベリックはそう言うとは虫類のごとき冷たい表情を浴びせた。
「ホームズ査察官、あなたは先日、マイラ執事長にアナザーウォレットの資金流用を持ちかけましたね?」
言われたホームズはマーベリックの思わぬ発言に言の葉を無くした。
「アナザーウォレットは帝位の方々が第四宮を通して管理している特別な資金であります。その資金は枢密院でさえも監督が及ばない。」
マーベリックはそう言うとさらに詰めた、
「なぜゆえ、あなたはアナザーウォレットの資金流用をマイラ執事長に頼んだんですか?」
マーベリックの口角が上がる、実にいやらしい
「株取引の失敗……それは枢密院が絡んでいるのでは、いえ、その大本はむしろ枢密院では?」
ホームズの顔が紅潮した、マーベリックに対する受け答えが自分の身を滅ぼすリスクになると理解している。
ホームズはいきり立った、
「この審問は終わりだ、先ほど述べた結果は変わらない。以上だ、閉廷、終わりだ、終わりだ!!」
ホームズが無理矢理、審問を打ち切ろうとした。
それに対してマーベリックが人差し指を立てて横に振った、ホームズの言動に対してニヒルな反論をみせる。
「この場はあくまで枢密院の仕切る審問だ、オブザーバーの疑問に答える場所ではない。それでも文句があるなら枢密院に意見できる存在でも連れてこい。そんな存在はいないと思うがな」
ホームズがいきり立ってそう言ったときである、入り口のドアがノックされて3人の女性が現れた、思わぬ存在が審問会場に現れたことにマーベリックを除くその場の人間全員が驚きを隠さない
なんと現れたのは執事長のマイラと第四宮の宮長リンジー、そして副宮長バイロンであった。
マーベリックは強奪事件の本質が狂言だと見抜きます。そして、その裏には枢密院が絡んでいると……ホームズは逆ギレして審問を打ち切ろうとします……ですが、そんなときバイロン達が現れました。
さて、この後どうなるのでしょう!(次回でこの章は終わりの予定です)




