第十話
寒い!!!(痔に悪い!!)
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枢密院の査問委員であるホームズは金貨強奪事件における責任問題を精査していた。
『近衛隊の四人の処遇をいかにするか……』
金貨が強奪されたという事実はあまりに重い、中途半端な沙汰は禍根を残すことになる。
『やはり首だな……問題は退職金を渡すかどうか……』
すでに書類はできている、あとはホームズがサインをするだけだ。
『まあ、やむを得んだろう』
ホームズがそう思ったときである、執務室のドアがノックされた。
「貴様か」
ホームズはドアを開けて入ってきた顔を見て不快な表情を見せた。
「明後日の審問の沙汰を聞きたい。」
尋ねた相手に対してホームズは感情のこもらない視線を浴びせた、
「まさかクビにするつもりではないだろうな!」
それに対してホームズが冷徹な見解を述べた、
「起こったことを鑑みれば解雇は妥当だ。そのあと捜査に一週間の猶予を与えるという温情もかけた。十分だろう?」
ホームズは何食わぬ顔で言い放った。
「……お前……」
そう言った相手の言い様は激しい、
「元はといえばお前の算段が狂ったのだろう、そちらの策に従ったのだぞ!」
ホームズの相手は烈火のごとく怒った、額に浮き上がった青筋は尋常ではない。
「まさか、はめるつもりではないだろうな!」
ホームズが答えた、
「第四宮から資金を得て充当すれば問題ない。まだ時間はある、取引は続行できる」
ホームズはそう言うと相手を見た、
「お前とて、欲に駆られたのは否めんだろう。今回の事案は不幸な出来事だが、乗り越えられる」
ホームズに焦りはない……だが相手の人物はそうではなかった、
「審問における沙汰次第ではこちらも……考えがある……覚えておけ!」
ホームズの相手はそう言うとホームズをにらみつけてからきびすを返した。
ホームズは扉が閉まるとほくそ笑んだ、
『もう手遅れだよ……フフフ、すべてかぶってもらうぞ』
ホームズの策略は炸裂していた、
「ヤツラは所詮が脳筋、我らが知恵に勝るはずがない」
ホームズはそう独りごちると不名誉除隊と印した書類に自分の名前をサインした。
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ホームズの所から出てきた男は焦り狂っていた。
『なんということだ……』
現実は彼の考えとは全くことなる様相を呈していた、
『クソッ……』
悪態をついた男であったが状況はすこぶる悪い、
『うまい話に乗ったがばかりに……』
体の震えが止まらない……
『どうすればいいのだ……』
ちょっとした誘惑であった、近衛隊の予算が少なく、厳しい運営には限界があった。鉄仮面の強襲により大きな被害が出ていたが、負傷者達の家族に対する手当は雀の涙にも至らなかった……負傷者の医療費があまりにかかりすぎたのである。
予算はそれで尽きてしまった。
『困窮した負傷者の家族を救いたい……』
男にはそんな思いがあった、
『あのとき、あの金貨に……手を出してしまった……どうしても増やさねばならなかった……』
男は歯を食いしばった、
『時間が……時間が……到底、間に合わん……』
男がそう思ったときである、その後ろから突然に声がかかった。
*
「お困りの様子ですが?」
男が振り返るとそこには思わぬ顔があった、
「なぜ、ここに……」
思わず声が出たが男の相手は涼しい声で話しかけた、
「いろいろとお話を聞きしたいのですが?」
そう言った執事服の男はは虫類のごとき冷たい表情を見せた、
「近衛隊 二番隊 副隊長 ビリー殿、レイドル侯爵の力であらかたのことを調べさせていただきました。」
副隊長ビリーは声を震わせた、
「……何のことを言っている……」
ビリーはなんとか交わそうとした、とにかくこの場を逃れようと任務があるかのように振る舞った。
だが、は虫類のごとき表情を浮かべた男はそれを無視して懐に手を入れた
「これを」
それは両替商の送金記録と証券取引所の取引記録であった。
「言い逃れはできませんぞ」
副隊長殿とよばれた人物は体を震わせた、
「なぜ、わかった……マーベリック」」
副隊長がそうこぼすとマーベリックがそれに答えた、
「ヨシュアですよ、あなたが襲った……私のアドバイスを受けて賊の捜査をしていた彼は徐々に核心近づきつつあった……あなたにとっては邪魔になったのでしょう」
マーベリックは淡々と続けた、
「ですが、あなたはとどめをささなかった……いや、させなかった──その配慮が私にあなたの犯行を想起させた。」
マーベリックがそう言うと副隊長はうつむいた、
「それからもう一つ、烏帽子の人物です。私を襲うように街の乞食を使った男……」
マーベリックはビリーをねめつけた、
「あなたですね」
ビリーは沈黙した、
「オンブズマンとして金貨強奪事件に参加した私の気を引くために、鉄仮面の介在を匂わせた……ヤツの能力の高さを我々が勘案すると想定した行動だ。」
マーベリックの推察にビリーは頭を垂れた、沈黙の肯定である、
「お見通しか……鉄仮面の事案で貴様達が苦労していることはこちらもわかっていた、ヤツラならこの強奪計画も完遂する……お前たちならそう判断すると考えた。」
ビリーはため息をついた、その表情は苦悩に彩られている、
マーベリックは正直に自白するビリーをねめつけた、
「なぜ故、このようなことを?」
ビリは自虐的に嗤った
「失敗だよ、すべて……あいつの口車に乗ってしまった」
副隊長はそう言うとことの顛末を話し出した。
*
顛末を話した副隊長は朗らかな表情を見せた、
「あの四人は関係ない……助けてやってくれ。すべては私が仕組んだことだ。」
副隊長がそう言うとマーベリックは首を横に振った、
「しびれ薬は狂言でした、あなたの指示を受けた彼らもこの事件における共犯です。逃れることはできないでしょう」
マーベリックが客観的な見解を述べると副隊長がフフッと嗤った、
そして、間を置かずして──
「……これでいいだろ……」
副隊長は自らの腹部に短刀を突き刺していた。すでに彼の目からは精気が抜けている。近衛隊の副隊長らしく急所を確実についていた。
『けじめか……何も死ななくても……』
マーベリックは冷たい骸となった副隊長をみると言葉を無くした。その骸の脇には烏帽子が落ちていた。
金貨強奪事件の顛末……今回でネタばらしとなりました。ですが、枢密院のホームズは健在です。
はたしてマーベリックはこのあとどうするのでしょうか?




