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第十話

寒い! (以上)

21

ヨシュアが向かったのは養鶏場である。


 都から馬で1時間ほどのスネル郡はいくつもの養鶏場があるのだが、その産物である卵も鳥肉もダリスの人々にとっては重要な食料源となっている。特に鶏卵は安価で栄養価が高いため、この地域の卵は戦略物資と言って過言でない。


ヨシュアは大きな養鶏場ではなく比較的小さな目の行き届かないところに目を向けた、


『ここじゃなさそうだな……』


 ヨシュアは鶏卵を集める農家の様子を眺めていたが、零細農家の中で金貨を強奪した賊と関わりがあると思える者はいなかった。


『三件目も駄目か……あとは……もうないな……』


 鶏卵農家に絞ってみたものの金貨強奪犯につながるような手がかりはない……ヨシュアはなんともいえない思いに駆られた、


『手がかりが見つからなければ……先輩たちは首になってしまう……』


 ヨシュアは義侠心に熱い青年である。父であるマリオ バルトロがなくなった後、ヨシュアのことを気に掛けてくれた近衛隊の面々に助けられたことは忘れ得ぬことである。


『剣技の稽古、酒の飲み方、いろんなことを教えてもらってる──先輩たちを助けねば』


ヨシュアは両手で頬をパンパンとたたいて気合いを入れ直した、


『いつも助けられているんだ……今度はオレが!』


ヨシュアは再び奮起すると地図に目を落とした。


『……違うだろうけど……一応、行ってみるか……』


 ヨシュアがそう思ったときである、前から鶏卵を乗せた荷車を引く年配の農夫が現れた。特にこれと言ったことは無いのだが高齢のため若干ながら足下がおぼつかない……


ヨシュアがその様子を見ていると荷車の軌跡がずれた──滑ったという感じである。


『轍にはまるぞ……』


ヨシュアは素早く動くと荷車が轍にはまるのを防ぐために合いの手を入れた。


「ああ、たすかった……すまん」


うまく荷車の態勢が戻ると年老いた農夫は売り物の卵が割れなかったことに感謝した。


ヨシュアは特に気にすることもなくその場を離れようとすると農夫が声を掛けた、


「若いのに、アンタ気が利くね」


農夫はそう言うとお礼とばかりに卵を差し出した、


「じいさん、気持ちはありがたいんだけど、生卵は懐にいれたら割れちまう、馬で来てるから……」


ヨシュアが断ると納付が首をかしげた、


「どうかしたのか?」


ヨシュアが尋ねると農夫が口を開いた、


「そういえば、5,6日前も馬で来た連中がいたな……すごく急いでいたな……」


ヨシュアはピンときた、


「どんな連中だ、じいさん?」


「歳はわからんが、烏帽子をかぶっていたやつがいたな……」


ヨシュアは間髪入れずに尋ねた、


「何か運んでいなかったか?」


年老いた農夫は首をかしげたが、馬の背に袋を下げているのを思い出した。


「どっちに行ったかわかるか?」


尋ねられた農夫は方向を指し示した、


「南東だな、街道に続く小道がある。地元民しか知らないとおもうがな。廃屋があるだけだ」


言われたヨシュアは馬に飛び乗ると農夫の指し示した方向へと馬首を向けた。



22

ヨシュアは農夫の指した方向にあるあばら屋をすぐに見つけた、農夫の言うとおり廃屋になっていて雨露さえしのげるとは思えない。


だがヨシュアはマーベリックの言った『思わぬ所』という単語を信じて行動した。


『地元民しか知らない廃屋……強奪されていない金貨がまだ使われていないとするとどこかに隠されている……』


そう思ったヨシュアは誰かいないかを確認してから廃屋に足を踏み入れた。


                                 *


 捜索は難航した、金貨袋を隠していそうな所をくまなく探したものの、それと思えるものはなかった。


『地下室にもない……厩にもない……何か物を埋めたような跡もない』


ありとあらゆる空間に目を配り、その痕跡をさがしたが目的の物は見つからない……


「一体、どこにあるって言うんだ……」


ヨシュアがそう思ったときである、その視野に妙なものが映った、


『井戸か……涸れ井戸なら……』


そう思ったヨシュアは中に入って確認しようとした、


その刹那である、思わぬ事態が生じた──頭部に重たい一撃が加えられたのだ、


視野が反転して視界が真っ白になる、


ヨシュアは薄れる意識の中で声を聞いた、



『まさか、ここに来るとはな……』



その声は耳にしたことがある、何度か聞いたことがある……


だが、ヨシュアの思考はうちきられた、もう一撃加えられたのだ、



『悪いが知られるわけにはいかん……』



ヨシュアの視界は真っ黒になった。



23

マーベリックの隠れ家である骨董屋の二階で枢密院に関する情報を持ったバイロンがやってきた。


バイロンは直ぐさまホームズという枢密院の職員がマイラにアナザーウォレットの一部を流用するという提案をしていたことを述べた、


マーベリックは紅茶の香りをたしなみながら、その眼を細めた。


「……そうか……」


マーベリックは自分の推察が事件の本質に近づきつつあることを認識した。


「裏をとる必要があるな」


 マーベリックがそう言ったときである、血相を変えたゴンザレスがやってきた、ノックをする音が異常である、


「旦那、大変です、近衛隊のヨシュアが!」


 ドアを開けるや否やゴンザレスが声を上げるとそれを制するようにしてマーベリックがは虫類のような目でゴンザレスをにらんだ、『おちつけ』という意味合いである、


深呼吸したゴンザレスがヨシュアの様態にふれるとマーベリックが腑に落ちない表情を浮かべた。


「殺されてはいないのだな?」


ゴンザレスは頷いた、


「頭部の出血はひどいですが見た目ほど傷は深くないそうです、記憶は曖昧ですが……」


 言われたマーベリックはバイロンのもたらした情報とゴンザレスの報告を脳内で精査するとなんともいえない表情を見せた。



「私の推察が正しければ、この事案……金貨強奪事件は『普通』ではないぞ」



その言動に対してバイロンが口を開いた、


「鉄仮面が関係してっるってこと?」


マーベリックはそれには答えなかった、だが、そこにはバイロンの問いに対する否定がある、


「ゴンザレス、お前には調べてほしいことがある。」


マーベリックはバイロンを見た、



「よくやった、有益な情報だ!」



言われたバイロンは褒められて若干うれしくなったが、それよりもマーベリックの推察が気になった


その表情を読んだマーベリックは二人に自分の推察を披露した。


その内容たるや想定外のものでバイロンの表情はこわばった。



「……嘘でしょ……」



バイロンがそう言うとゴンザレスも唖然とした、



「マジですか……旦那……」



二人の言動をマーベリックは無視した。


「状況証拠を勘案するとこの事件には背景があるのが明白だ。襲われた近衛隊の怪我の程度、しびれ薬の効果、そしてバイロンのもたらした情報……いずれも鉄仮面とその配下が動いたとは思えない。」


マーベリックは当初の思いを捨て去ると事件を客観視した。


「先ずは証拠固めが先だ。それが終わった時点でレイドル侯爵に事案の解決方法を諮る。」


そう言ったマーベリックの様子は水を得た魚のごとき余裕綽々としたものであった。




ヨシュアが襲われたことでマーベリックは考え方を転換しました。どうやら事件の本質に気付いたようです。

(読者の皆様はもうおわかりですよね)

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