第七話
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さて、マーベリックが襲われた翌日、夕刻……
その日の業務を終えたバイロンとリンジーは待機所の宮長室にて明日の予定の確認をしていたが──その話題は金貨強奪について移っていた。
バイロンがマーベリックに聞いたことを伝えるとリンジーが驚いた顔を見せた。
「裏金の強奪だから……表には出ないけど隊員達の処遇は厳しいみたい」
バイロンが枢密院の見解を伝えるとリンジーがさもありなんという顔を見せた。
「そりゃ、そうよね……」
リンジーの顔色は悪い……
バイロンはその表情から何かあると踏んだ、
「実はね、トネリアに渡るはずの裏金ってうちにも関係あるのよ……」
「えっ?」
リンジーはマイラから伝えられた内容を話した、
「枢密院、近衛隊、第四宮……この3つで共同管理ってことに決まって……」
リンジーは渋い表情で続けた、
「マイラさんが言うにはセキュリティーが近衛隊、管理が第四宮、セキュリティーと管理を総覧するのが枢密院……三つ巴になるように体制を組んだんだって……」
バイロンは口を興味津々の表情を見せた、
「近衛隊が金貨を運ぼうとしていた両替商は第四宮と関係のあるところなの……あそこの貸金庫に置いておけば大丈夫だって……」
「じゃあ、あの金貨って、ひょっとしてうちでも流用できたの?」
バリオンがそう言うとリンジーが『うん』と頷いた、
「可能性はある……枢密院と協議すれば」
なんともいえない空気が二人の間に流れた、その表情は微妙である。
「金貨の管理費を名目にしてフリーハンドのお金が確保できるってマイラさんは言ってたけど……強奪されちゃったら身も蓋もないわよね……」
リンジーが渋い顔でそう言ったときである、ドアがノックされると一の子分であるマールがやってきた。
「宮長、お客様です、窓の方です」
言われたリンジーは妙な来客に首をかしげたが、マールが窓の外を指さすとそこには思わぬ顔があった。
それは近衛隊のヨシュアである、
バイロンが気を利かせて窓を開けるとヨシュアが挨拶した。
「先日はお世話になりました」
ヨシュアはそう言うと早速、要件を切り出した。
「もう今回の事件のことは知っていると思うんですけど……」
ヨシュアはそう言うとバイロンを見た、
「あなたがたのお力を借りられませんか、とくに情報収集において……このままでは……我々は汚名を来たままになります。第四宮と連携したいのです……」
思わぬタイミングでのヨシュアの来訪にバイロンは素直に驚いたが、一瞬にしてその思考は切り替わった──その眼は策士的であり打算的である。リンジーもバイロンの言わんとしていることを直ぐさま理解した。
すなわち、ヨシュアに協力して裏金の金貨を取り戻すことができれば第四宮にもその一部が流れるということを……後に自分たちのフリーハンドの予算となることを……
二人は威厳のある表情で本心を隠すと、吟味する姿勢をみせた。
「金貨を取り戻すことができれば……我々のメンツが立つんです。先輩たちを助けたいんです!」
ヨシュアが続けて懇願する、その様子には取引するような知恵は無い。権謀術数とはほど遠い、若さと熱気と誠実さが滲んでいる。
バイロンはその表情を見た、
『……嘘はないわね……正確には嘘をつく能力自体が……』
バイロンはそう思うとヨシュアに言った。
「先般の事案では近衛隊にお世話になりました、その借りを返すと言うことでお手伝いはできるかと──ただし……できる範囲ですけど」
バイロンがそう言うと緩めた表情のリンジーが続いた、
「よしなに」
第四宮が近衛隊に協力する態勢ができあがった瞬間であった。
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バイロンはリンジーに断るとすぐにマーベリックのところに向かった、裏金の流用の話から近衛隊との協力関係について報告せねばならない、その足は自然と早足になっていた、
*
淫靡な骨董屋に着くと、店主は先客がいることを示唆した。どうやらゴンザレスが訪問しているようだ。話の途中で部屋に入るかバイロンは悩んだが、ひとりでにドアが開くと二階から声が飛んだ。
「入りなさい」
言われたバイロンはその声に促されると、トントンと階段を開け上がった。
*
部屋に入るとゴンザレスとマーベリックが資料を拡げて議論していた。
「あっしが調べた感じですと、金貨はブラックマーケットには流れていないですね。多額の金貨が使われればすぐにわかりやす。少額ならすでに使われていることもあるでしょうが、大量の金貨がさばけた様子はないですね」
マーベリックはゴンザレスに地下組織に金貨が流れていないか確認させていたが、その様子はないようである。
「それからもう一つ遅効性のしびれ薬ですが……それに関しても微妙でして……」
ゴンザレスは知り合いの薬師から近衛隊に使われた毒を特定するために相談していた、
「即効性のしびれ薬はいくつもあるそうですが、タイムラグを作るとなると難しいようです。飲み屋で仕込んでそれが翌朝に効果がでるとなると……しかも致死量をコントロールするとなるとなかなかどうして……」
ゴンザレスはそう言うと今度は逆に質問した、
「それからもう一つ、旦那を襲ったやつなんですけど……」
ゴンザレスが言いかけるとバイロンが声を上げた、
「えっ、襲われたの!」
声が大きいためにマーベリックは驚いた表情を見せる、それに対してゴンザレスが合いの手を入れた。
「ええ、旦那が撃退しています、怪我もありません」
バイロンがその眼を大きくしてマーベリックを見ると、その視線を無視してマーベリックが促した、
「旦那が行った飲み屋をあたってみましたけど……」
ゴンザレスの口ぶりは奥歯にものが挟まったかのような感がある……
「飲み屋の店主が雇い主ではないのか?」
酒場の店主がカタギでないことを見抜いたマーベリックが結論を促すとゴンザレスが口を開いた。
「あの飲み屋の大将が旦那を襲わせたかどうか調べてみました……どうも違うようです。店主はヤクザ家業からは足を洗ってカタギなってますね。家族持ちで子供もいます。妙な依頼を受けてリスクをとる必要は無いですね……」
ゴンザレスが続けた、
「烏帽子の男という情報だけでは相手の特定は……厳しいっす……」
マーベリックは予想が外れたことに渋い表情を見せた、
「どうも妙なんですよね……襲い方が半端っていうか……行き当たりばったりっていうか……とってつけたような……」
マーベリックがゴンザレスを見た、
「脅しということか」
マーベリックがそう言うとゴンザレスが頷いた、
「あっしの勘が当たってればの話ですけど……」
ゴンザレスがそう言うとマーベリックがバイロンに視線を移した、
バイロンはマーベリックを心配する様子を見せたがマーベリックはそれを制した。
「そっちの報告は?」
言われたバイロンは若干不機嫌になったが近衛隊との協力に関して述べた、
「強奪された金貨を取り返せば、うちの方でもいくらか流用できるって、マイラさんが枢密院と密約を結んでたみたい。」
言われたマーベリックはフフッと嗤った、
「枢密院の連中らしい考え方だな……」
だが、そう言ったものの金貨の行方は未だに不明である……
「もう少し精査しよう」
マーベリックはそう言うと大きめのわら半紙を取り出すと、関わる人物とその組織、そして強奪事件のあらましを書き出した。
マーベリックの読みは外れたようです……烏帽子の男は一体、誰なのでしょうか……
次回は金貨の行方を巡っての展開となります。




