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第五話

10

取り調べを終えるや否やであった、マーベリックの元に近衛隊の隊員の一人、ヨシュアが駆け寄ってきた。先般の事件で偽の金貨を袋詰めする役回りを果たした人物である。その後ろには先ほどの審問に参加した副隊長のビリーもいる。


「先輩たちはどうなるのでしょうか?」


ヨシュアは心配そうに尋ねた、


「厳しい沙汰を受けたのでしょうか?」


 ヨシュアの表情は深刻である、若いだけあって演技ができるほどの技量は無い。そこには若者らしき純朴さと正直さがあふれていた。


 マーベリックは正味の話をするか迷ったが、状況はすぐに露見すると考えるとヨシュアにはあらましを語ることにした。


「一週間で賊を捕まえてこいとのことだ」


言われたヨシュアはその顔を青くした。


マーベリックは淡々と続けた、


「すでに金貨が強奪されて二日目、状況は芳しくないぞ。」


ヨシュアは拳を強く握りしめると歯を食いしばった、


「オレのせいだ……オレのせいだ」


ヨシュアはポロリと本音をこぼした。


「任務の前日、先輩たちと酒を飲んだんです。裏金を平民に扮して両替商に運ぶだけの任務だから安全だって……」


ヨシュアは前日に深酒したことを吐露した。


「オレ……ベロンベロンになってしまって……」


ヨシュアは責任の一端を感じているようでその表情は暗い。


ヨシュアは突然、顔を上げるとマーベリックに頭を下げた。


「マーベリックさん、頼みます。先輩たちをなんとか助けてください、お願いします!!」


懇願されたマーベリックはその眼を細めたが、先般の事件における近衛隊の助けを鑑みた。


『金貨の詰め替えでは世話になった。恩に報いるのも取引と言えば取引だな……それに鉄仮面が出てくるならばそれ相応の応対も必要か……』


マーベリックは静かにうなずくとヨシュアの頼みを聞き入れることにした。


「できる範囲のことはカバーしよう。いい結果が出るとは限らんが」


マーベリックがそう言うとヨシュアは再び頭を下げた。


「恩に着ます!」


ヨシュアは朗らかな表情を見せると近衛隊の詰め所に向かって走り出そうとした。


「有給休暇をとってきます。それなら賊を見つける捜査に参加できる!」


若き近衛隊の青年はあっという間にその場からいなくなっていた。


『後先を考えずに行動するタイプにも見えるが……誠実さは十分だな』


 マーベリックがヨシュアに対してそんな感慨を持つと副隊長のビリーがマーベリックに声を掛けてきた。


「すまんが、今回の案件はそちらの力を借りねば対応できない。」


ビリーはそう言うとマーベリックに深々と頭を下げた。


「彼らはまだ若い、不名誉除隊にするのは忍びない。」


ビリーは苦しい胸の内を明かした、


「私は副隊長であるが故に表だってはうごけない、下手に動けば今回の失態が世間に露見してしまうかもしれん。それだけは避けたい……申し訳ないが力をお借りしたい。」


 ビリーが重ねて頭を下げると、マーベリックはそれを目で追った。50近くなった中年の管理職の男の背中には哀愁が漂っている。


マーベリックは特に何も言わなかったが小さく会釈するとその場を辞した。



11

さて、そのマーベリックであったが宮中から出ようとすると思わぬ人物が現れた。


 なんとバイロンである──宮長たちとの週に一度の会合を終えたバイロンとマーベリックは宮庭ちかくでたまたま鉢合わせしていた


「聞かれていたのですか?」


宮中であるが故に慇懃な態度で尋ねられたバイロンは適度な距離を置いて答えた


「ヨシュアという青年は声が大きいですから、あらましはわかりました。どうやら大変なことになったようで……」


誉れあるメイドの口調でバイロンが答えた、


「そのようで」


マーベリックがニヒルな口調で返した、


「あのヨシュアという近衛隊の隊員は先般の事案において気を利かせてくれた人物です。偽の金貨と本物を土壇場ですり替える役回りを果たしてくれました。結果として第四宮の我々の窮地は救われました。」


バイロンが副宮長らしい口調で言うとマーベリックはそれに答えた。


「ええ、そうですね、私も無下にするつもりはありません。先ほどの副隊長の姿勢も真摯でありました、部下のことを心配しているのでしょう」


マーベリックが慇懃に答えるとバイロンが鷹揚に頷いた。


「よしなにお願いいたします。近衛隊との関係は悪くしたくありません。では」


バイロンはヨシュアと副隊長に配慮する姿勢を見せるとエレガントに挨拶してその場を去った。


マーベリックはその後ろ姿をなんともなしに見た、



『あいつ、まさか……ヨシュアのこと……』



近衛隊を気に掛けるバイロンの様子に若干不安になったマーベリックであったが気を取り直すと直ぐさま案件に取りかかることにした。



12

マーベリックが手始めに取りかかったのは、事件当日の近衛隊のスケジュールのチェックである。


『両替商の開店前に金貨を運び込む、すなわち7時には両替商にはついているはずだ。』


マーベリックは逆算した、


『となると近衛隊は倉庫を6時に出発する……』


マーベリックはヨシュアに渡された『当日の予定』を見ながら推論を進めた。


『人目のつかない路地を通りながら四人の近衛隊が金貨を警護……そして6時半頃に襲撃を受ける。体がしびれていた近衛隊はまともに応戦できずに昏倒させられる』


マーベリックはヨシュアの言動を思い出した、


『確か前日に飲んだとか……だが隊員達は酩酊するほどは飲んでいないと』


 任務を軽んじた近衛隊の隊員たちは前日に街に繰り出して酒を飲んでいた。ヨシュアは酩酊するほど飲まされていたため、あまり記憶がなくなっている。


『酒の量ぐらいはわかっているはずだ……ベテランの隊員ともなれば任務に支障をきたすはずがない……』


マーベリックは推論をはためかせた、


『となると、毒を盛られたのは前日の酒場でか……遅効性の毒であれば十分にあり得る』


マーベリックは闇に潜む者として毒物に関する知識を若干ながら持ち合わせていた。


『死なない程度……それも任務に支障をきたす程度の微量の毒……』


マーベリックは隊員たちの証言から毒のしびれに関して勘案した。


『種類が特定できれば犯人を見つける糸口になるかな』


毒の特定ができれば入手ルートを搾ることができる――特殊な原料であればなおさらだ。


『だが毒の種類がわからなければそれもできない……』


マーベリックの脳裏には鉄仮面が浮かんでいた、


『やつなのか犯人は……』


素朴な疑問の答えは未だに闇の中であった。




マーベリックは近衛隊からの依頼を受けて金貨強奪の犯人を捜すべく資料の分析を始めました。着目したのは近衛隊の面々を不能にした薬物のようです。


さて、この後は、どうなるのでしょう?

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