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第四話

さぶくなってきました……(以上)

貨幣とは何か──ある者は価値の尺度といい、ある者は物々交換を円滑にするための道具と言った。また、ある者は富の象徴そのもと表現した。


 金、銀、銅により鋳造された貨幣が当たり前になると誰しもが納得する決済手段へと変化した。価値を計る尺度であり、流通、交換の手段であり、そして貯めることのできる富となったのである。


 だが株や紙幣という金貨以外の貨幣が現れると富の形が変質して社会の構造を換えた。株取引や、先物取引とった金融とよばれる概念が拡がりをみせると決済の手段にも便利な紙幣が用いられるようになってきたのである。


これは取引の回数が増えて決済に大量の金貨や銀貨を用意することが困難になったためである。


 トネリアの商人たちは金貨や銀貨の代わりに紙幣を用いる決済を当たり前にすると、市中でも紙幣が使われるようになっていった。そして、その傾向はダリスにも現れ始めた。ダリスの商人たちもトネリアの紙幣を決済手段として使い始めたのである。



 蒸気機関を用いた小型船舶を製造したジョージズトランスポーテーションも同じであった、金貨の決済ではなくトネリアの紙幣を用いた決済をいち早く導入していた。


                               *


 資本家の男の元にはいくつもの書状が届いていた、その書状のほとんどが貴族からのものであり、その文面は多種多様であった。それらは蒸気機関の許認可に関わる書状と銘打っている。


だがその実情は異なる。


「資本金、フィランソロピー、寄付、もっともらしいことをいいおって」


資本家の男はほくそ笑んだ、


「許認可権をちらつかせて金をせびろうという論法、せこいやつらだ」


資本家の男はすべて見抜いていた、貴族連中が上前をはねようと躍起になっていることを


「浅ましい連中だ、だが、それでいい……ククク」


かつては金貨や銀貨を用いて彼らを懐柔していたが男は紙幣を用いる算段であった。


 男は文面の金額を確認すると束になった紙幣を割り振った。中には言い値の二倍、三倍のものもある。



「許認可を認めさせる工作資金、だがそれだけではない。金を受けた意味をあとで本当の意味を知ることになるだろう。」



 男は高騰した株の一部を現金化して、それを許認可に関わる行政機関や貴族の事業所に送るつもりであった。受け手側にとって都合のよい形をとることで彼らも合法的に資金を受けやすい……受け手にとって都合のいい方法をとることで彼らとの関係を構築する……


資本家の男は許認可権をもつ貴族や行政機関の役人の扱いを熟知していた。



『だが、本丸はまださきだ』



男の目的は別のところにあった、



『ジョージズトランスポーテーションは足がかりに過ぎない……その先にあるのは枢密院』



男の中の計算はすでに数学の証明問題を解くかのごとく解が出ている。



『あそこを落とせば、こちらの勝ちだ』



資本家の男は静かに目を閉じた。そこには未来予想図がしっかりと描かれていた。



近衛隊の奪われた金貨を巡るマーベリックは枢密院により開かれた秘密裏の審問に参加していた。


『一服盛られたか……たしかにな……』


 裏金となった金貨を両替商に運ぼうとしていた隊員たちは四名に及んだが、その四人とも全員が昏倒していた。全員が体のしびれを感じて動けなくなったと証言したのだ。さらには昏倒したところを殴打されている。



一番隊隊員  ジェイソン 左腕の骨折

同上     アル    右脇腹の骨折

二番隊隊員  ルーカス  右腕の骨折

同上     バルデル  左足骨折



 マーベリックは事件の露見を恐れた近衛隊の意向を組んで近衛隊の副隊長ビリーとともに枢密院の査問委員の事情聴取に参加していたのだが──その視野に映ったのは被害に遭った隊員たちの悲壮感を漂わせる様であった。


椅子に座った枢密院の担当官は事情聴取を早口でまくし立てている、


『皆、傷を負っているが死亡者はいない……相手は死者が出ないように手加減している』


マーベリックは襲われた隊員たちの怪我の程度がたいしたものではないことに息を吐いた。


『鉄仮面はわざと殺さない手法をとったのかもしれない……死人が出れば捜査の網が厳しくなる。その点を考慮している……』


 鉄仮面と矛を交えたマーベリックはかつてのやりとりを思い出すと、今回の強奪事件も鮮やかな手口で処理したのではないかと勘ぐった。


『あいつならやりかねん』


マーベリックの眼はは虫類のように人間味のないものになっていた……


                               *


枢密院の担当官ホームズの聴取が続いた、


「君たちは金貨を運んでいた途中で体に支障をきたした、全身に軽いしびれが生じた、そうだな」


 担当官は30代半ばを超えた男である、枢密院の職員だけが身につけることのできる法衣を身にまとっている。


「そして賊に襲われ、手足を鈍器で殴打された。反撃することさえままならず金貨を強奪された。」


それに対して隊員の一人、ジェイソンが答えた、


「剣を抜こうとしましたが……手がしびれて……応対できませんでした……」


隊員のアルが続く、


「視野が狭くなって……気が遠くなりまして……」


歯がゆそうにアルが言うと枢密院の担当官はそれを鼻で笑った、


「賊の顔さえ見ていない──その人数さえもわからない」


ホームズはいきり立った、


「それですむと思っているのか?」


言われたジェイソンは肩をすくめた。


「裏金とはいえ、あの金貨は盗まれて良いものではない。ちまたで悪用されれば事件のあらましが露見する。そうすれば諸君たちに対する糾弾は厳しいものになるだろう」


ホームズは淡々と近衛隊の隊員を理詰めで責めた、そこには法務官らしい反論を許さぬ戦略がある。


「無能さをさらけ出したところで、貴殿たちの責任がはっきりするだけだ。」


ホームズはそう言うと枢密院の見解を述べた。


「このままでは諸君たちのメンツは丸つぶれだ。近衛隊の除隊という不名誉な烙印を押されることになる。再就職どころではないぞ」


隊員達はうなだれていたが、先ほどのジェイソンが申し開いた。


「汚名を返上するチャンスはいただけないのでしょうか……」


もう一人の隊員ルーカスが続く、


「このままではあまりに情けない、金貨を取り戻すための機会を……」


言われたホームズはにやりと笑うと近衛隊の取引を是認する姿勢をみせた。


「君たちが自分たちで裏金を捜索して無事に取り返すことができればそのメンツも回復できるやもしれん」


ホームズは実に嫌らしい表情を見せた、



「できればだがな」



ホームズはそう言うと人差し指を立てた



「期限は一週間だ」



                                   *


 近衛隊の副隊長ビリーとともにオブザーバーとして取り調べに参加していたマーベリックはホームズの攻めが厳しいと同時に腑に落ちないとおもった。


『強奪された金貨を近衛隊に取り戻させるか……捜査能力の無い近衛隊にできるとは思えん。かといって治安維持官に相談すれば失態が露呈して近衛隊はメンツを失う……闇のマーケットに流れれば賊に奪われた金貨はすでに使われている可能性さえもある』


マーベリックはホームズができないことを意図的に近衛隊に課したように思えた。


『ちまたでの捜査能力の無い近衛隊に賊が探せるとは思えない……なぜ故、認めたのだ……』


マーベリックはその眼を細めた、


『枢密院のホームズ管理官……一筋縄ではいかぬ思考の持ち主に思える』


マーベリックのにわかに湧いた疑問は深くなるばかりであった。




資本家の男は貴族の買収を始めたようです。その狙いは蒸気機関の許認可だけではないようです。


一方、金貨強奪事件の審問に参加したマーベリックは腑に落ちない点があることにその表情を歪ませます……


さて、この後いかに?

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