第二十六話
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
そして、今年が読者の皆さんにとっていい年になりますように。
23
日が暮れてから程なくして、炭焼き小屋が見えてきた。窓から仄かな明かりが漏れている。
「あそこで間違いない。」
ベアーは速足に炭焼き小屋に向かった。
「すいません、フォーレ商会の使いでやってきました。」
ベアーが戸を叩くと老人が出てきた。精悍な顔つきで筋骨たくましい男であった。
「誰だ?」
「ベアリスク、ライドルと言います。ロイドさんからの手紙を預かってきました。」
ベアーはそう言うとロバの腹掛けの下から手紙を取り出した。ロイドが念のために用意した2通目の手紙である。
精悍な老人は差出人を確認した。
「中に入りなさい」
厳かな声で言われたベアーは緊張して足を踏み入れた。
*
小屋は炭焼きを行う作業場と住居部分に分かれていた。中は意外に広く整理されていて居心地が良かった。木彫り細工や動物の毛皮が壁面に飾られている。
「そこに座りなさい」
精悍な老人はそう言うとベアーに椅子をすすめた。ベアーは言われるがままに腰を落ち着けた。
炭焼き小屋の主人は手紙を読み終えるとベアーに声をかけた。
「君の知っていることをすべて話してほしい、細かいこともすべてだ」
その目は厳しく一切の嘘を許さぬ迫力があった。ベアーはその眼を見て頷くと、カジノで見たこと、ルナがいなくなったこと、そして手紙を運ぶ途中で襲われたことを正直に話した。
炭焼き小屋の主人は顎に手をやった。
「どうやら、かなりマズイ状態まで追い込まれたみたいだな」
「僕もルナも悪いことはしていません。」
「そう言うことじゃない、君たちは巻き込まれてしまったんだよ。」
「えっ?」
「人は時として自分ではどうにもならない状況に追いやられることがある、望むと望まざるとにかかわらずにね」
主人は立ちがあるとコーヒー豆をひき始めた。
「君はポルカの深い闇に足を踏み入れてしまったんだよ。カジノ、『群青の館』、汚職にまみれた治安維持官、負のトライアングルの中心に」
炭焼き小屋の主人が険しい表情を見せた。
「だが、この案件は人災だ、人の手で解決できる。」
そう言うと主人はコーヒーを淹れはじめた。
「疲れただろう、砂糖を多めに入れるといい」
ベアーは温かい砂糖のたっぷり入ったコーヒーを飲んだ。疲れが和らぎ、頭がすっきりした。
「疲労した時は糖分が脳に一番いい。これから話すことを理解するにはうってつけだ。」
そう言うと主人は対策をベアーに話しだした。
*
「わしの予測だが、『群青の館』の連中はフォーレ商会の船を使って積み荷を運ぶ気だろう、積み荷が『何か』は定かではないが『何か』を運ぶのは間違いない。」
「なぜフォーレ商会の船を使うんですか?」
「フォーレは貴族の称号を持っているんだ、そして貴族の船は積み荷の検査を受けずに済む。貴族の特権だよ、言い換えれば貴族の船なら何でも運ぶことができる。」
「もしかしてルナはその船に乗せられるんじゃ?」
炭焼き小屋の主人は再び顎に手をやった。
「可能性は高いな……フォーレの積み荷は『子供』かもしれん。」
ベアーはかつて客船の荷夫達が『ポルカで人が消える』という噂をしていたのを思い出した。
「弱い者は声を上げることすらできない、そうした人間は恰好の餌食だ。シェルターでいなくなった子も人身売買の被害者の可能性があるな。」
主人は淡々と話した。
「『群青の館』の裏帳簿の件は都の税務当局に言えばすぐにでも対応できる。だが人身売買の話は厄介だ。海に船が出てしまえば対応できない。急ぐ必要がある。」
「ぼくは、どうすれば?」
「パトリックという青年に会えればいいんだがな、彼は母親の借金のことで利用されている、大きな犯罪にかかわる前に彼をおさえればなんとかなるかもしれん。」
「僕、探してみます。彼がポルカにいるのは間違いありません」
主人は頷いた。
「私の予測だと船着き場かフォーレ商会の倉庫だな、そこに網を張るといい」
「
そうします。」
「それから、ルナという娘は魔女と書かれていたが、それは本当か?」
「はい、でも魔封じの腕輪があるので、魔法は使えません」
「そうか……だが手はあるな」
主人は奥の部屋に行くと小さなアトマイザー(香水入れ)を持ってきた。
「この中の液体を吹きかければ一時的に腕輪の効力が弱まる。もしルナという娘に会って魔法を使わざるを得ない状態に陥ったら使いなさい。」
「でも、魔法の使用はご法度では」
「見て見ぬふりをすればいい」
ベアーは驚いた。
「まともなじゃない相手に正攻法を使う必要はないよ」
そう言うと炭焼き小屋の老人はニヤリとした。
*
パトリックは荷物が置かれたフォーレ商会の倉庫に入った。
「遅いじゃないか」
そう言ったのはカジノの支配人である。
「明日の午後から積み荷を船に運ぶ。積載が完了したら出航だ。」
「わかっている」
「君には船に同行して沖まで出てもらう。そこで沖に停泊している異国に向かう船に積み荷を載せ替えれば仕事は終わりだ。」
カジノの支配人はそう言うと倉庫に最後の荷物を運ぶように指示した。かなりの数の木箱が運ばれてきた。荷物を運ぶ荷夫はかなり重そうにしている。
気になったパトリックは木箱の一つを開けようとした。
「おっと、余計なことはするんじゃない。」
支配人にそう言われたがパトリックは木箱の隙間から中を覗き見た。
「何だ、これ、荷物じゃないじゃないか!!」
何と箱の中には子供が入っていた、子供は焦点定まらぬ目で虚空を見据えている。
「余計なことをしやがって、見なきゃ知らないで済んだものを!!」
カジノの支配人はパトリックに詰め寄った。
「子供を運ぶなんて聞いてないぞ!」
「いまさら何を言ってんだ!!」
カジノの支配人はヤクザそのものの口調でパトリックを怒鳴りつけた。
*
その時である、長髪を束ねた男とソバージュの女が入ってきた。『群青の館』の教祖とそのわきに仕えていた女信者である。
「よくやってくれた、計画通りだ。」
カジノの支配人は平身低頭した。
「君がパトリックだね」
そう言うと教祖の男はパトリックに近寄った。
「黙っていてくれれば悪いことにはならない。君もこの船も無事に戻ってこれる。わかるよね?」
パトリックは教祖の持つオーラに侵食された。
「この子達は新天地で新たな運命を授けられる、心配する必要はない。」
パトリックは狂気に彩られた男の雰囲気に飲み込まれ体が動かなくなっていた。
*
翌朝の出発前であった、ベアーが旅の用意をしていると炭焼き小屋の主人が声をかけた。
「よく聞け、ベアー。ロイドは孫のパトリックのことで客観的な判断ができない可能性がある。百戦錬磨の貿易商でも身内の事では間違いを起こさんとも限らん。」
ベアーは頷いた。
「ロイドには何も言わず行動しろ、そのほうがお前の身のためになる」
そう言うと炭焼き小屋の主人は皮の小袋をベアーに渡した。
「サンドイッチだ、腹の足しにしろ。」
ベアーは挨拶を済ませると小屋を出た。
炭焼き小屋の老人はベアーの後ろ姿を何とも言えない表情で見送っていた。
『ベアリスク、ライドル……呪われし一族の末裔か……まさかこんな所で出会うとは……』
その表情には憂いとも、懐古ともとれる複雑さがにじみ出ていた。
『不思議なものだ、人の縁とは……』
炭焼き小屋の主人はベアーが見えなくなるまで見送ると、手にしていた封書を伝書鳩に括り付けた。
「これで何とかなるだろう」
主人が言うや否や、伝書鳩はまだ薄暗い夜明けの空を西に向けて飛び立った。




