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第三話

トレーの上に鎮座していたのはシフォンケーキであった。厚みのあるスポンジはボリュームたっぷりだ。チョコレートのフレーバーがかぐわしい。


だが、バイロンの表情は明るくない……


『このケーキあんまりなんだよな……生地がパンみたいで苦手なんだよね……』


 シフォンケーキはさっぱりとした口当たりだが、しっとりさを欠くのは否めない……口中の水分をもっていかれるイメージがある。宮中で食べたシフォンケーキでさえもうまいと感じたことはない……


『今日は……イマイチかもな……』


バイロンはどことなく浮かない表情を見せたがマーベリックはポーカーフィエスを崩さない。


 バイロンは同じくトレーにのっていた小皿を確認した。ジャム、生クリーム、それに複数のフルーツ──彩り豊かであるがそれほど目新しいものではない……


『……まあ、いってみるか……』


 気を取り直したバイロンはフォークを第四宮の副宮長らしく優雅にとると、その一刀をケーキの頂に押し当てた。そして素早くフォークを薙ぐと一口に切ったケーキを頬張った。


『このケーキ結構、甘いわね……』


シフォンケーキは比較的さっぱりとした味わいなのだが、マーベリックのものは意外に糖度が高い。


『やっぱり、パサつくわね……のどごしが……』


 バイロンは内心で首をかしげた。だが、マーベリックはそれを無視してバイロンに生クリームを付けるように言った。


 素直に従ったバイロンであるがクリームと一体化したケーキを食してみると、なんと、その味に驚いた。



「これ、生クリームじゃなくてヨーグルト?」



 甘めのスポンジに対してきれのあるヨーグルトの酸味がのると実にさっぱりとした口当たりに変わる。適度な水分が生地と絡まり見事なのどごしを現出させる。


「ジャムをのせればまた風味が変わる……そうすれば……」


 マーベリックが続けようとするとバイロンはそれを無視してヨーグルトをまとった生地にイチゴジャムをのせてその口に放り込んだ。



『なんだ……これ……うめぇ……』



ヨーグルトの酸味、チョコレート生地のあまさ、そしてジャムのアクセント、想定外の展開である。


マーベリックは驚くバイロンを見て策士の表情を見せた。


「シフォンケーキは平民の食べるおやつだが、あわせるものを選べば、十分に一線級になれるのだよ。人と同じだ、合わせ方、使い方によっては調和して思わぬ力を見せる」


圧巻だったのはマーマレードジャムとの相性であった。



『マジ……ぱねぇ……』



 侮っていたシフォンケーキであるがヨーグルトとマーマレードジャムとの相性は抜群であった。酸味、甘み──そしてマーマレードの適度な苦み、それらが渾然一体となると別物であった。


マーベリックは勝ち誇った、



「これが三位一体だ!!」



言われたバイロンは熱く語るマーベリックをシレッと無視すると残りのケーキを一気に平らげた。



そしてマーベリックを一瞥した、



「おかわりはありませんの?」



 優雅な口調で言われたマーベリックは呆然とした、なぜならすでにホールとなったケーキが胃袋に消えていたからだ。



『……速すぐる……』



 そんなふうにマーベリックはおもったがすぐさま二の矢を撃つべく、もう一つの用意していたケーキをバイロンの前に出そうとトレーを引っ込めた。


そんなときである、二人の間におもわぬことがおこった。


 入り口のドアがノックされると同時に開いたのだ──二人の眼に入ったのは血相を変えたゴンザレスであった。



ゴンザレスがもたらした情報はマーベリックとバイロンを驚愕させた、


「だんな、近衛隊が襲われました。運んでいた金貨が強奪されたそうです!!」


ゴンザレスは息を切らして続けた、


「例の金貨です、トネリアの裏金になるはずの……近衛隊の連中が両替商に持ち込もうとしたときに襲撃されたそうです。」


 バイロンは驚きのあまりにその口をあんぐりとあけた。一方、マーベリックは紅茶をいつもの表情ですすった。


「下手人に関しては全くわかっていないそうで……」


マーベリックが口を開いた。


「金貨を運ぶときに護衛として近衛隊の連中がついていたのだろ。そう簡単に強奪されまい」


マーベリックがそう言うとゴンザレスがごま塩頭をかいた。


「それが………不意を突かれたようで……」


ゴンザレスの口ぶりが変わる


「ひょっとして、アイツのお礼参りじゃ……」


ゴンザレスが鉄仮面のことに触れるとマーベリックの表情が曇った。


「やつのことは下手に調べるとこちらに被害がでる……」


マーベリックは一瞬、沈思するとすぐに結論を出した。



「この案件はおれがやる」



マーベリックは苦々しい表情でのべた。


バイロンは厳しい表情を見せたマーベリックの横顔に一抹の不安を覚えた。



ジョージズトランスポーテーションの株は上場するや否や凄まじい勢いで高騰した。それというのもデモンストレーションとして港で見せた小型蒸気船のパフォーマンスが実に評価の高いものだったからである。


逆潮に逆らってゆっくりと進む小型蒸気船の姿は観覧車を素直に驚かせた。


そして、その様子は直ぐさま瓦版に喧伝されることによりさらに株価が上昇したのである。


 ジョージズトランスポーテーションの株価の上がり方はダリスの株取引における歴史を塗り替えるような変化であり、うなぎ登りという言葉そのものであった。


「この資金を使って蒸気船を普及させる。そうすれば海の天下が取れる」


小型の簡易蒸気船を作り上げたジョージは大型船舶に夢を膨らませた。


「物流の革命だ、世界が変わるぞ!!」


ジョージが喜び勇むといつの間にか現れた男がジョージに声をかけた。


「うまくいったようだね」


尋ねられたジョージは感涙にむせんだ。


「すべてあなたのおかげです。あのときの資本がなければ今の瞬間は訪れなかった。」


 ジョージはルビーを金貨に換えて用意した資本を蒸気船開発に投入していた。そしてその元で大きな成果をもたらしていた。


「これで私の研究も……社会のために役立つ」


 ジョージが喜んでいると資本家の男はその指を口に当てて左右に振った、どうやらジョージの考えが間違っていると指摘しているようだ。


「ジョージさん、この先、様々な勢力が我々の活動に横やりを入れてくる。成功を嫉妬する者、船会社の組合、許認可を握る行政、皆、敵だ、」


資本家の男はジョージを見た、その目は実に厳しい。


「そしてそれらを仕切る貴族の連中、奴らは法を盾にして我々に圧力を掛けてくる」


 資本家の男がそう言うや否やであった、彼らの前に制服をまとった一団が現れた。それは明らかに行政機関の役人である。その責任者と思える人物の腕には男爵の称号を表す腕章がこれ見よがしにたなびいている



「心配するなジョージ、ここは私に任せろ」



資本家の男はそう言うとジョージにウインクした、その声には十分すぎるほどの自信が滲んでいる。



「力を見せつけようではないか」



ジョージは資本家の持つ男の様子に身震いした。




トネリアの裏金になるはずの金貨が強奪されました……一方、ジョージズトランスポーテーションの株価はうなぎ登り……


さて、物語はこの後いかに……


作者はシフォンケーキを喉に詰まらせた経験があります。(アレはまじでやばい!!)かならず飲み物をそばに置いておくように!!

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