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第二話

寒くなって参りました……風邪もはやっているようなので、皆様お気をつけください。

ジョージの試験運転は実にうまくいっていた。ルビーを換金したことで開発資金を手にいれたジョージは懸案であった歯車の強度問題を解決して装置をうまく駆動させていたのである。


ジョージは声を上げた、


「やったぞ!!」


 水力や風力を用いた機関はすでにあったが安定してエネルギーを供給する方法は未だにダリスにもトネリアにもなかった。


「蒸気を用いて歯車が動けば木製のプロペラが回る。船の推進力が格段に上がる。風をよんで帆を張る必要がなくなる。危ない航路だって航行できる。海の交通が格段に便利になる!」


ジョージはさらに声を上げた、


「蒸気機関さえあれば歯車を組み合わせていろいろなものを動かすことができる、ミル工場だって製鉄だって、工場で使うことができれば生産性が上がるはずだ!!」


ジョージは喜び勇んだ、


「やったぞ!!」


 ジョージがそう思ったときである、どこからともなく富裕な商人があらわれた。その表情は柔和であり温かみがある。


「よくやってくれた、ジョージ君」


言われたジョージは自分の完成させた発明に胸を張った、


「これで君を馬鹿にしていた連中も見返すことができるな」


ジョージは強く頷いた、


「はい、ぼくを変人だと言って、罵った奴らをこれで……」


ジョージは目に涙をためてそう言うと出資者である商人に深く感謝した。



「この発明を用いた船を造れば大きな変化が物流に起こります。我々は新たな航路を開拓してその先駆けとなる。時間の節約、それに座礁の危険性も減るでしょう。今までのリスクなんて簡単にヘッジできます。もう金なんて心配する必要は無くなります。」



ジョージがそう言うと富裕な商人は懐から一枚の書類を出した。


「受け皿になる株式会社を作ってある。ここを起点としてビジネスを進める、屋号はジョージズトランスポーテーションだ。」


ジョージはその株式会社の謄本を見ると代表取締役のところに自分の名があることを確認した。


「ビジネスのことは任せたまえ!」


富裕な商人はそう言うとジョージのためにワインを開けた、



「さあ、乾杯しようではないか」



高揚していたジョージはグラスに入ったワインを一気にあおった。実に爽快な気分であった。



「世界を変えられる、俺の……俺の発明が世に出るんだ!!!」



ジョージは歓喜していた、尋常ならざる心持ちであった。


                                 *


 ジョージズトランスポーテーション──瞬く間にその名はダリスで知られるようになった。蒸気機関を用いた船の建造が投資家たちの注目を集めたのである。コークスを燃料として歯車を動かし、スクリューとよばれるプロペラが駆動して船が進む。


今まででは想像できないことであった、


 投資家たちはこぞってジョージズトランスポーテーションの株を買いあさり、一月もたたずしてジョージズトランスポーテーションはその名をダリスに知らしめた。


富裕な商人とジョージはわずかな期間で産業界のスターダムへとのし上がったのである。



さて、それと同じ頃……バイロンは定例報告を行うべくいつもの骨董店に向かっていた、中に入ると店主の親父が人差し指を上げてマーベリックがいることを示した──いつもの所作である。


バイロンも同じくいつものように会釈すると二階に上がる階段をリズムよく駆け上がった。


                              *


ドアを開けるとそこにはいつにないマーベリックの姿があった。



 いつもなら余裕綽々の振る舞いで紅茶を用意しているはずであるが、今日のマーベリックは何かを熱心に見ている。


マーベリックはドアに前に立っているバイロンを見ると声を掛けた。


「ノックがおろそかなようだが?」


 マーベリックのにべもない反応にバイロンはその眼を細めたが、それよりもマーベリックが手にしていたものが気になった。


『……瓦版かしら……』


 バイロンの読み通りマーベリックが目を落としていたのは複数の瓦版である、その一面にはジョージズトランスポーテーションという単語がわんさかと出ていた。


バイロンはその社名を見て知っている知識を述べた。


「たしか蒸気で動く仕組みをつくったとか……それを応用して船を動かすとか」


バイロンがそう言うとマーベリックは立ち上がりいつものようにして紅茶を入れた。


「そうだ、歯車やシャフト、そしてプロペラといった部品を組み合わせて船に推進力をあたえる。現在の帆船は風の流れに合わせて帆を張りながら安全な航路を進んでいる。つまり潮の流れや風次第で航海にかかる時間は長くなるし、浅い航路を船が通るとき座礁の危険性は回避できなかった。」


 マーベリックはそう言うと蒸気機関を搭載した船に興味を持った表情を見せた。その表情は好奇心に彩られた子供のごとき明るさがある。無邪気な視線にはは虫類のごとき冷たさは微塵もない。


 マーベリックは蕩々と蒸気船の仕組みや構造について語り出した、その様子は技術者のようであり大学校の講師のようでもある。


『へぇ~、マーベリックってこんな一面があるんだ……』


ニヒルで冷静沈着な男の一面はバイロンにとって新鮮であった。


『……結構、熱く語るんだ……』


バイロンに奇異の目で見られたマーベリックは若干ながら我を忘れたことを恥じるとコホンと咳払いしていつものように振る舞った。


「蒸気機関の説明はこれくらいにしておこう……」


 マーベリックはそう言うと隣室にすばやく向かった。そして銀のトレーをもってバイロンの前に置いた。


銀のトレーの上には正方形の茶色い塊が鎮座している。


『これ……チョコレートだな……』


バイロンがそう思うとマーベリックがにやりと笑った。


「報告が先だ」


いつものマーベリックの表情がそこにはあった。


                                *


 バイロンは現状を端的に報告した。すなわち枢密院の決定でエリーが厳しい状態に至ったこと、偽のルビーを用いて決済しようとしたアナベルの行いが防がれたこと、そしてトネリアに運ばれるはずの裏金が近衛隊の倉庫にのこされていること、


以上の三点を述べた、


「そうか、なるようになったな……だが」


マーベリックはそう言うと今回の事案の首謀者である鉄仮面にふれた、


「やつは本物のルビーと偽物をすり替えていた、すなわち未だに本物のルビーを持っているはずだ。金貨を手にすることはできなくともやつには資金となるものがある。その点はやっかいだ」


それに対してバイロンが質問した、


「広域捜査官の方はどうなってるの?」


マーベリックは紅茶を飲みながら答えた。


「宝石商パネリを洗っているらしいが、パネリは盗難保険を掛けていて傷ひとつついていないそうだ。ルビーが盗まれようと偽物にすり替えられようと自分たちに損害は被らない術をとっている……」


バイロンが怪しんだ表情を見せた。


「最初から犯罪がらみの出来レースだったんだろう、裏金作りが根本にある事案だ。誰一人として善人はいないよ。保険会社は大きな損害だろうか……」


マーベリックが穿った見解を見せるとバイロンは息を吐いた。


「真相は闇の中ってことね……」


それにたいしてマーベリックが答えた。


「そうだな。だが、我々は今回の事案で損害は被っていない。被ったのは競馬界での裏金を回収できなかったトネリアサイドだろう。かりに外交問題になったとしてもアナベルのおこなった行為が悪質であるが故にトネリアサイドも強くはでられまい。」


マーベリックは結論づけると朗らかな表情で銀のトレーをバイロンの方に押しやった。


ジョージズトランスポーテーションという屋号の業者が出て参りました、さて、この業者はどうなっていくのでしょうか?(富裕な商人……もう皆さん、おわかりですよね)

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