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第三十一話

これにて16章はおわりです。

53

さて、それから間を置かずして……


 一連の業務が落ち着きを見せるとバイロンはマーベリックのいる隠れ家に向かった。定例報告もあるがこの事案がいかになっているかを聞かねばならない。


 バイロンが骨董屋に到着するといつものようにして店主がマーベリックがいることを示唆した。バイロンは会釈して挨拶するとスカートのすそをもって2階へと続く階段をトントントンと勢いよく駆け上がった。


                                *


 ドアを開けた先でマーべリックはいつものようにお茶を飲んでいた。その所作には焦りを感じている様子はない。あれだけの事態が生じたにもかかわらずである、



『おちつきすぎでしょ……』



バイロンがそう思うとマーベリックはいつものごとき振る舞いでバイロンにお茶を入れた。



「どうした、聞きたいことがあるのだろ?」



マーベリックがそう言うとバイロンは今回の事件に関する核心をたずねた、



「今回の事件はどうなったの、それにアナベルは?」



マーベリックはアールグレイの香りを楽しむと平然とした表情で言い放った。



「金貨を手に入れたアナベルは鉄仮面により誅殺された。そしてその金貨袋は現在、トネリアの大使館に運び込まれている……」



 バイロンは思わぬ事態に言葉を亡くした。アナベルが死んだという事実もそうだが、金貨がトネリアの大使館に運び込まれた事に驚愕の表情をみせた。


「偽物のルビーをつかまされて金貨で決済……その金貨はトネリアの大使館に……外交特権を盾にむこうは逃げ切るつもりだったんだろうけど……」


バイロンがそう言うとマーベリックは余裕綽々に答えた、



「偽の金貨では何の意味もない……今頃、向こうはほえ面を欠いているだろう。だが奴らは偽物といれ換えた本物のルビーを手にしている。けっして損をしただけでは無い。」



マーベリックは鉄仮面が二重、三重にして利益を失わない手腕を見せたことに渋い表情を見せた。



「さらには未だに奴らは自由の身だ」



マーベリックがそう言うとバイロンが気になっていたことについて触れた。



「あの土壇場でよく金貨の詰め替えなんて考えたわね?」



 バイロンがそう言うとマーベリックは一人の近衛兵について触れた。バイロンのところにマーベリックの知らせを持ってきた近衛兵の青年である。



「あの隊員は鉄仮面に殺された二番隊の隊長、バルトロの息子だ。あの事案において並々ならぬ思いをもっていた。あの件以来、ヨシュアは我々の協力者になったんだよ。」



マーベリックはそう言うと核心に触れた。



「近衛隊と裏金の関係……そしていざとなった時の対処――有事に関してある程度は見越してある。」



言われたバイロンは唖然としたが間髪入れずに気になる質問をぶつけた、エリーに関してである、



「エリーはアナベルにより堕とされた。性癖を見抜かれ、媚薬で調教された。その結果、人心を失いアナベルの手足となって第四宮をかき回した……マイラはその余波における犠牲だ」



マーベリックは続けた、



「エリーに関しては枢密院での取り調べになるだろう……けっして芳しい結果にはならん」



バイロンはマーベリックの話を聞くとエリーを籠絡したアナベルのやり方に憤然とした。



「死んだアナベルは普通ではないよ。まともな履歴などひとつもない……」



マーベリックはアナベルの過去の一端に触れた、



「あの女はトネリアの被差別階級から身を起こして放浪していた。窃盗、売春、詐欺を繰り返して生計を立て、そしてその流れの中で本当のアナベルの愛人として生きる道を選んだ。」



「本当のアナベル……どういう意味?」



バイロンが素朴な疑問をぶつけるとマーベリックが紅茶を一口飲んでから答えた、



「トネリアの管財人としてダリスにやってきたアナベルは偽物だ。偽物は本物の愛人となって時を過ごして日々を過ごした。そして学習して、頃を見計らって入れ替わった。」



マーベリックはアナベルの真実を続けた



「偽アナベルは鉄仮面と出会ったことでその人生を変えた……そして鉄仮面に知恵をつけられると本物のアナベルを殺害して何食わぬ顔をして擬態した。」



バイロンはマーベリックの話を聞くと言葉を亡くした



「トネリアの被差別階級から身を起こそうとした女は鬼畜道を疾走して華麗に舞った。そして最後はその身を崩壊させた。」



バイロンが驚きの表情を見せるとマーベリックがそれに応えずいつもの表情をみせた。



「私とて同じだ、闇に潜むものはすでに獣道に足を踏み入れている……誤った選択が常に付きまとう。アナベルの二の舞にならんとは限らんよ」



マーベリックがニヒルな表情で達観した見解を述べるとバイロンがそれに応えた、



「それはないんじゃない。」



バイロンは淡々とした口調で答えた。



「アナベルが道を間違えたのは信頼できる人間が周りにいなかったからでしょ。鉄仮面とその配下じゃ、まともになりようがないじゃない」



バイロンが穿った見方をするとマーベリックは大きく息を吐いた、



「でも、あなたにはいるわ」



バイロンがそう言うとマーベリックが怪訝な表情を見せた、



「私じゃ、力不足かしら?」



バイロンはそう言うとつつっと近寄ってマーベリックの頬にキスした。



「助けてもらったお礼よ、こっちも首の皮一枚で踏ん張れたし」



バイロンがそう言うとマーベリックは一瞬、挙動不審になった。思わぬ行動に面食らったのである。



『………………』



 その表情はいつになく落ち着きがない……マーベリックはいそいでコホンと咳払いをはさむと平静を装った



「いずれにせよ、今回の事案ではお前が時間を稼がなければ移動許可証の発行が早まっていただろう……そうなれば、どうなっていたかわからん」



マーベリックはバイロンの立ち回りをそれとなくほめると、バイロンに座るように椅子をすすめた。



「礼を用意してある」


                                *


 バイロンの前に出されたのはイチゴタルトであった、薄くスライスしたイチゴの表面を丁寧に伸ばした透明のゼリー膜が覆っている。陽光に透んだゼリーが反射するとイチゴの紅色が宝石と思えるほどに煌めいた。



「ルビーみたい」



バイロンがそう漏らすとマーベリックが答えた、



「それは偽物ではない」



マーベリックはそう言うとタルトを切り分けずにホールのままバイロンのほうにやった。



 マーベリックはバイロンがうまそうにタルトを頬張る様子を観ていたが、その脳裏には先ほどバイロンの発した言葉と行動がフリックしていた。



『……私じゃ力不足かしら、か……』



マーベリックはフフッと笑うとキスされた頬をやさしく人差し指で薙いだ。




54

さて、その頃……トネリアの大使館にマーベリックの用意した偽の金貨を運び込んだ鉄仮面は……



「……やるではないか……」



 アナベルの裏切りを察知して死に至らしめていた人物は運び込まれた金貨をニセモノと看破すると愉快とも不快とも取れる声色をだした。



「……私の顔に泥を塗るとはな……」



鉄仮面はくぐもった声でククッと笑った、自虐的な笑いともとれるが愉しんでいるようにも思える。



「久々に歯ごたえのありそうな事案だ」



鉄仮面がそうもらすと観ていた男はその表情をゆがませた。



「アナベルの裏切りを予見してけじめはつけたが……とどのつまり馬車に載せられていた金貨は偽物……計画は失敗だった。だが怒り狂うこともなければ、我々を叱責することもない……一体この人は……」



鉄仮面の右腕として今回の事案の中核を担った男は鉄仮面の様子に異様さを感じた。


そんなときである、鉄仮面がポロリと漏らした。



「どうやら、復讐せねばならんようだな」



 鉄仮面はそう言うとパネリのもたらしたルビーに手をやった、バイロンたちのところで決済させたルビーとはことなる『本物』である。



「アナベル、お前の死によって培われたこのルビーは有効活用させてもらう。」



鉄仮面は続けた、



「久方ぶりに本気を見せねばならんようだ」



そう言った鉄仮面の眼はルビーと同じく赤光を放っていた。




ここまでお付き合いくださりありがとうございます。失踪することなく最後までいけたのは読者の皆様のお力のおかげです。ありがとうございました。


バイロン達は今回の事案を解決できたようですが、鉄仮面は復讐を誓ったようです……はたしてこの後どんな展開になるのでしょうか? (物語の続きは9月までお待ちくださいませ)


もしよろしければ読者の皆さんの好きなお菓子や料理を教えていただけないでしょうか。料理に関しては作者もネタ切れ感があるので皆様の意見を参考にさせていただければ幸いです。(ベアー編、パトリック編、バイロン編のなかで書きたいと思います)


では、皆様、暑い夏にまけずにお過ごしください、またね!!!



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