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第三十話

暑くなって湿度もあがり、体調管理が大変な時期になりました。皆様も熱中症にはお気を付けください。

52

さて、マーベリックと広域捜査官の二人が検分を終えてしばし立った頃……バイロンとリンジーは……


 二人は菓子折りを手にすると近衛隊の詰所の前に立っていた。その応対に出てきたのは一番隊隊長とバイロンにマーベリックの知らせを持ってきた若い隊員である。



「此度の事案ではお世話になりました」



リンジーがスカートのすそをもってエレガントに挨拶すると隊長は敬礼した。



「恐縮です」



隊長はそう言うとリンジーに近づいた、



「マーベリック殿からの知らせがなければこちらも大きな失態を犯すところでした。競馬会の警備は我々の範疇でありますので……助かったのはこちらのほうです」



隊長はリンジーに耳打ちした、



「競馬会の裏金は我々も恩恵にあずかっております。それゆえ、今回の事案で失態を犯せば予算が削られるところでした……」



隊長はそう言うと核心に触れた、



「本物の金貨はこちらで預かっております。ご心配なく!」



隊長の会話を耳にしたバイロンはマーベリックの戦略に舌を巻いた。



『私たちが袋詰めした金貨は裏金として近衛隊にも流れるのか……それを加味して金貨袋をニセモノにすり替える作業を近衛隊にやらせた……マーベリックらしいわ……』



 バイロンがことの核心に気付くと隊長が直立不動で立っていた青年をバイロンとリンジーの前に呼んだ。



 呼ばれた青年はバイロンの下にマーベリックの知らせを届けた青年である、髪を短く刈り込んでいて若さがあふれていた。清潔感のある風貌には手つかずの果実のごときみずみずしさがあった。年の頃は18,9歳といったところだろう、バイロンたちとさほど変わらない。



「ヨシュアと申します。マーベリックさんからの言伝で我々が競馬会の裏金……あ、いや…皮袋を預からせていただきました。」



 裏金という単語を使ったことをマズイと思ったらしくすぐに言い換えたものの、隊長から睨みつけられていた……失言をしたことでバツの悪い表情をみせるあたり経験のない若者らしさがある……


 政治的に長けた隊員よりも好感のもてる反応である、リンジーは好感触を持ったようだ。その表情は温和であり朗らかだ。



「あのとき近衛隊の助けがなければ、本物の金貨はアナベルの乗った馬車にすべて載せられていたでしょう。おとりの金貨袋の被害はありますが、それは大したものではありません。」



リンジーがそう言うとヨシュアがはにかんだ。



「賊に金が渡るのはゆゆしき事態です。それを未然に防げたのはそちらのおかげです。」



ヨシュアはそう言うとバイロンをみた。



「あなたの持つ人脈のおかげでこちらも恥をかかずに済みました。こちらのほうが感謝したいくらいです。」



ヨシュアはそう言うと二人を金貨袋の置いてある武器庫へと導いた。


                                 *


 武器庫は近衛隊の詰所に隣接しているが、そこにはアナベルにわたるはずであった金貨が山となって摘まれていた。ヨシュアは二人を奥に通すと入口の前で警備についた。



 バイロンとリンジーは早速中身を確認したが、その中身は見まごうことのない本物の金貨であった。武器庫の夜灯に照らされて鈍く光る一ノ妃の肖像は何とも言えないものがある。


 二人はすぐさま袋をあけて数量を確認した。極めて骨の折れる作業であったが数量に間違いがないことがわかるとやっとのことでほっとした表情を浮かべた。



「よかった、これで首の皮一枚でつながったわ……」



 偽造されたルビーをつかまされ、その決済を本物の金貨で行ったとなればいかなる処遇が下されるかわからない……クビでは済まない可能性さえある……



 だがマーベリックの臨機応変な対応と近衛隊の隊員をつかった戦略は彼女たちの危機的状況を打破するに至らしめていた。



リンジーは大きく息を吐くと安心した表情を浮かべた。


「さすがに、今回は終わりだと思ったわ。偽物のルビーと金貨を交換していたなんて……エリーさんがアナベルと……あのまま事が運んでいたら……私たち……首をつらなきゃいけなくなってたわ……」



リンジーが今回の事件に対して感慨を述べた、その表情は厳しいものである……



「マイラさんはエリーさんの盛った毒で倒れるし……私たちの力じゃどうにもならない事態だったわね」



リンジーはそう言うと話題の方向を変えた、



「バイロンの彼氏……本当に助かるわ……今回も助けてもらったわね!」



リンジーがそう言うとバイロンが答えた、



「だから、彼氏じゃないって」



バイロンが勢いよく否定するとリンジーがいやらしい視線を浴びせた。



「いい男、見つけたわよね!」



リンジーはそう言うとバイロンににじり寄った



「もう……チュウした?」



突然の質問にバイロンは憮然となったが、リンジーはにやりと笑った。



「チュウぐらいいいんじゃない……助けてもらったんだし」



 リンジーは中年のいやらしいおばさん的な表情を浮かべた。バイロンとマーベリックの関係に興味津々である。


一方、そんなリンジーに対してバイロンも切り返した、


「さっきのヨシュアに対する宮長の視線ですけど……結構しっかり見てましたよね」


「……えっ……」


バイロンはじっとりとした視線を浴びせた。



「ひょっとして気になったんじゃないんですか?」



バイロンがサバサバとした口調でたたみかけるとリンジーが即座に否定した。



「違います!」



物言いというのは不思議なものでリンジーの反応はバイロンに攻撃の隙を与えた、



「あれ~、ひょっとしてパトリック様からヨシュアに乗り換えでございますか~」



言われたリンジーは鼻フガフガさせた、



「いや、いや、いや、パトリック様が本命ですから、パトリック様はメインディッシュでヨシュアはあくまで前菜……」



 リンジーが珍妙な表現で心境を表すとバイロンがかつて女優であったときのようなリアクションをみせた。



「えっ、前菜ございますか?」



リンジーは切り返そうとした、



「パトリック様にあうときはノーパンでいきますけど、ヨシュアの場合はノーパンではありません」



リンジーがどや顔をみせるとバイロンはおもった、



『この子……何言ってんの……』



正直腹を抱えて笑いそうになったが、真顔で『ふ~ん』という空気を醸した、



それに対して、リンジーは全力をもって反論しようとしたが……急に仏頂面に代わると小刻みに震えはじめた。



リンジーは何とか平静を装うとバイロンを斜に構えて見た……



「……突然ながら………もよおしてまいりました……」



 金貨を無事に回収できたこととバイロンとの気の置けない会話によりリンジーの精神は重圧から解放されていた。


そしてその解放により、リンジーの脳は体にため込んだ『ブツ』を破棄する命令を下していた。



「……おなかの中がカーニバルでございます……」



リンジーはおしとやかにそう言うと小走りに出口に向かった。そしてドアの前で振り向いた。



「あとは、よしなに」



バイロンは『並々ならぬ波動』が訪れたことを悟ると「よしなに」と受け返した。




近衛隊の助力により金貨の詰め替えを行ったことで本物の金貨は鉄仮面により回収されずにすみました。バイロンもリンジーも危機を回避できたようです。(リンジー 便秘解消、よかった!)


ちなみに作者には『並々ならぬ波動』は訪れていません……

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