第二十九話
暑いです、作者は便秘です……以上
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港でアナベルと金貨をのせた馬車の到着を待っていたのは広域捜査官のスターリングとカルロスであった。マーベリックの情報をもとにしてアナベルがここに来ると網を張っていたのである。すでにアナベルの乗りこむ船とその出航時間も抑えてある、
間違いなくこの港で鉄仮面たちと落ち合うと確信していた、
『ここが勝負どころだ!』
化け物といって過言でない鉄仮面と再び対峙することは正直怖くもあった。だが、広域捜査官も対策は練っている……地元の治安維持官を武装させて100人体制の編成を組んでいた。いずれも捕り物の経験のある猛者ぞろいである……
『これだけの応援があれば』
かつて厳しい事態をゴルダで経験していたスターリングは何としてでも鉄仮面に対して一矢報いたいという思いがあった。
『2度の失態は許されない』
美しい表情に気合を込めると、スターリングの表情に般若のごとき気迫をこめた。
既に現場には広域捜査官の幹部ジェンキンスも到着していた。広域捜査官のナンバースリーも直々に出張っている。ジェンキンスもこの捕り物に大きな期待を寄せている、その表情は引き締まっていた……
『ここで成果を出せば、私の地位も』
スターリングは賊の動きをシュミレーションして金貨を船に運ぶルートを確認していた。
『アナベルの逮捕状はすでにとっている……目の前で突きつけてやる』
副隊長であるジェンキンスの動きによりトネリアから捜査要請を受けたスターリングたちは合法的な手段を用いてアナベル逮捕を可能にしていた。
『本物のアナベルは現在行方不明……副隊長のもつ外交官ルートでそれが確認された。すなわちダリスに王室付のメイドとしてやってきたアナベルは本物ではない。偽アナベルは何食わぬ顔をして競馬会の管財人として宮中に潜入し、そして金貨をルビーと交換した……』
スターリングの氷のような瞳に力がみなぎる、
『金貨を回収して、広域捜査官の手柄とすれば我々も鼻が高い』
スターリングは相も変らぬ出世欲をみなぎらせた。
一方、カルロスは逮捕に燃えるスターリングをよそに、今までの経緯を脳裏に描いていた。
『競馬会……裏金……ルビーでの決済……そしてルビーが金貨になり、それをアナベルが賊のところに運ぶ……』
カルロスは地肌が目立ちはじめた頭皮を陽光にさらした。
『本当にこの港から金貨をトネリアに運ぶんだろうか……』
ゴルダで鉄仮面と対峙したカルロスは妙な不安感に駆られた、
『あいつらはゴルダで擬似革命が起きた時、その混乱に乗じて白金を運び出した。いとも簡単にこちらの裏をかいた……移動許可証……確かにそれがなければ大口の資金は国外には出せない』
カルロスはゴルダで鉄仮面という存在の手腕に翻弄されていた。
『……まさか…違うなんてことはないよな……』
カルロスは渋い表情を見せた、
そんなときである、カルロスのところに港の荷夫に弁当を売る老婆がやってきた。小走りに近寄る様子には客を見つけたという確信がある、
「弁当いらんかね、卵のたっぷり入ったサンドイッチだよ~」
老婆はそう言うとカルロスに対して皺くちゃになった紙くずを渡そうとした。カルロスは怪しんだが老婆がそれに対してニヤリと笑った。
「マーベリックさんからだよ」
カルロスは表情を変えると、すぐさまその紙くずを受け取ろうとした。だが、老婆はそれを許さなかった。
「お駄賃ってものがあるだろ?」
老婆が前歯の抜けた表情でさらに笑うとカルロスは急いで小銭を渡そうとした。
「たりん」
素朴な物言いで老婆が言うとカルロスはブチ切れそうになったが、さらに金銭を上乗せしてわたした。
*
老婆の持ってきた紙くずを広げると……それは地図であった、カルロスは印のあると事に目をやった。
『………』
しばし考えたが広域捜査官としての勘がカルロスを突き動かした。
『……これって……』
カルロスはすぐさまスターリングに報告すると二人は馬上の人となった。
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現場はえげつないものであった。
転倒した馬車の下敷きになった御者はその下半身をつぶされてすでに絶命していた。飛び散った血液が山林に痛々しい惨劇を知らしめている。
「遅かったな……」
そう言ったのはマーベリックである、その表情は爬虫類のごとく感情が欠如していた。血なまぐさい現場を見ても全く動じない様はただの執事でないことを想起させる。
「30分前、我々がここに来た時にはすでにこの状態だ」
マーベリックは既に現場を調べ終わったようでカルロスとスターリングの到着を待っていたようだ。
「生存者はいない」
マーベリックがそう言うとスターリングがそれに反応した。
「馬車の中は?」
スターリングが緊張した表情で述べるとマーベリックは自分で確認しろと目で合図した。
馬車の中では息をしていない女が横たわっていた。全身打撲の様相もあり、事故のひどさを物語っている……
「……アナベル……」
スターリングがそう漏らすと後部座席を見ていたカルロスが声を上げた。
「……金貨はありません……一袋も残っていません」
スターリングはアナベルの死亡確認を終えると不快な表情を浮かべた。
「頭部の打撲痕は馬車の内装にぶつけてできる感じじゃないわね……この形状は」
スターリングはアナベルの頭頂部のへこみをつぶさに観察した
「陥没部分、たぶん鈍器ね……となると事故に見せかけた殺人……いえ強盗殺人……」
スターリングはそう言うとマーベリックを見た。
「知らせてくれたのはありがたいけど……なぜ?」
マーベリックは涼しい顔で答えた、
「こちらも計画が狂ってな。広域捜査官が港でアナベルを逮捕して金貨袋を回収すると踏んでいた……だが、このありさまだ。」
カルロスがポロリとこぼした、
「……あいつだな……」
あまりの手際の良さである……アナベル殺害という証拠隠滅、そして金貨の回収……完璧すぎる手腕である。それができるのは鉄仮面にしか思いつかない……
「奴はアナベルをつかって偽ルビーを競馬会の裏金の決済手段として用いた、そして金貨と交換……金貨を手に入れたアナベルがトネリアに帰国する前に殺害……」
「アナベルは鉄仮面にとって道具だったってことか……金貨を回収するための」
カルロスがそう言うとスターリングがため息をついた。
「この被害者は本当のアナベルを殺害して彼女に成り代わり……トネリアの資金管財人として何食わぬ顔を見せてダリスに入国。そして競馬会における裏金の決済を偽ルビーを使って見事に成し遂げた。だけど……最後は……」
馬車の中で冷たい躯となったアナベルの形相はたとえようのない異様さがある……その無念そうな表情を見たスターリングは広域捜査官らしい見解を見せた。
「アナベル殺害も鉄仮面の最初からの計画だったんでしょうね……」
それに対してマーベリックが答えた。
「いや、そうではないと思う。我々はアナベルが移動許可証にこだわっていたことを理解している。許可証がなければ船の出向はできない……だが、この道は港に続いていない。南に抜ける分岐路だ。すなわち土壇場で計画を変えたとしか思えん」
マーベリックが涼しい顔でそう言うと、タイミングよく草葉の陰からゴンザレスが現れた。
「旦那……金貨の行方が」
ゴンザレスはそう言うとマーベリックの耳元でささやいた。
マーベリックは相変わらず爬虫類のような人間味のない表情でため息をついた。
「厄介だな」
その物言いはすでに事案が解決できない事態に陥っていること示唆している……
スターリングとカルロスはマーベリックに詰め寄った、そこには情報を教えろという意味合いがありありと窺える。
それに対してマーベリックが答えた。
「金貨はトネリアの大使館だ」
言われた二人は顔を見合わせた。その表情はすでに捜査の手が届かないことを認識している、治外法権の下にすべてが中座させられると……
『外交問題ってことか……広域捜査官では手も足も出ない……』
一方、マーベリックは平然とした表情をみせた。そして口角を上げると実に不遜な笑い声をあげた。
「すでに手は打ってある」
淡々というマーベリックにスターリングは異様なものを感じたが、マーベリックの表情の中には妙な自信が揺らめいていた。
アナベルは鉄仮面により誅殺され、金貨はまんまと鉄仮面により回収されました……
ですがマーベリックには余裕があるようです。
*
次回はその種明かしになります、あと二回ほどでこの章も終わりとなります。もう少しお付き合いくださいませ。




