第二十七話
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マイラが倒れて不測の事態に陥ったバイロンとリンジーであったが、二人は時間を稼ぐために必死になっていた……袋詰めした金貨をダリスからトネリアに運ぶための許可証の発行を遅らせなければならない。
『マイラさんが倒れた今、許可証のサインを出せるのは第四宮の宮長であるリンジーしかいない……アナベルはそれをわかっていて……』
経験のないリンジーであれば圧力をかければサインすると思ったのだろう、実際リンジーはサインしかけていた……
『クソ、あの女……』
その思考の一方で、バイロンの中では別の疑問も浮き上がった。
『あんなにタイミングよくマイラさんが倒れることなんてあるのかしら……』
バイロンの勘がさえてくる……
『ひょっとして……これって仕組まれてるんじゃ……』
倒れたマイラも死に至るような様態ではない、医務室に横たえたマイラは意識こそないがバイタルは安定していた……
「まるで死なないように毒が盛られたみたい……」
バイロンがポロリとこぼすとそれを聞いていたリンジーがその眼を細めた。
「……タイミングが良すぎるものね……でも、アナベルが毒を入れたとは思えない……」
リンジーは続けた、
「……アナベルに裏があるのなら……ひょっとしたら毒を誰かに盛らせたのかも……」
リンジーはポッコリお腹をさすると眉間にしわを寄せた。
「そういえば……エリーさん……休暇を取ってるわ……」
バイロンは何とも言えない表情を見せた、
「アナベルは二ノ妃様と特別な関係なんだけど……そのときに媚薬的なものを使ってるフシがあるの……ひょっとしたらエリーさんにも……」
媚薬という単語を耳にしたリンジーは再び腹をさすった……
「エリーさんはアナベルと仲たがいしてたけど……もしかして籠絡されたんじゃ……」
リンジーはさらに続けた、
「むしろ私たちはアナベルとエリーさんの関係が悪いと思っていたから……裏でつるんでいるとは思っていなかったはず……」
バイロンとリンジーが顔を見合わせた、
「となると……やっぱり……何かあるわね……」
二人はアナベルのこだわっていた書類にふたたび目を落とした。インテリ女子と頭突き女子の思考が冴えはじめる。
二人は思考を続けた、
「アナベルは移動許可を急いでいる、それはなぜ……取引は滞りなくいった。でも、それほど急いで帰国する必要があるとは思えない。」
思考がさらに深まる、
「可能性があるとしたら決済しか考えられない……ルビーと金貨の物々交換」
赤光をはなつ紅蓮の石は見る者を魅了する美しき宝石である。第四宮のメイドたちはチャームの魔法にかけられたかのような表情を見せていた。
「もしかして……あのルビー……」
バイロンとリンジーはマイラが倒れたことで決済にかかわる本質が金貨とルビーの交換にあるのではないかと疑った、
「でもパネリの証明書が添付されているわ……書類上は問題ないはず……」
リンジーはそう言ったがバイロンは渋い表情を見せた。そこにはマーベリックと接触するようなって学習した『事物の裏を読む力』がある。
『……パネリの鑑定士がアナベルたちとグルだったら……』
そんな思いが過ぎったときである、医務室のドアがすさまじい勢いでたたかれた、
*
なんと医務室に現れたのは近衛隊の一人であった。内勤の制服に身を包んだ隊員は息せき切らして二人に敬礼した。近衛隊の若者は名乗ることはなかったがバイロンに近寄るとその手に包みを渡した。
「マーベリックさんからです」
あどけなさの残る隊員はまだ十代後半であろう、バイロンともそれほど歳ははなれていない。黒髪を短く刈り込んだその表情には溌剌とした若さと清潔感があふれている。
「あとはこちらで対処します、まかせていただきたい!」
若き隊員はそう言うとあとは何も言わずに出て行った。
*
隊員が去った後、バイロンは包みを開いたが……そこには石ころと思しき物が入っていた。バイロンは怪訝に思ったが包み紙の裏にある文言を見て納得の表情を浮かべた。
『……ルビー……』
バイロンは石ころとルビーを頭の中で重ね合わせた。
「やっぱり……アナベルが決済の時に持ち込んできたのは……ニセモノ……」
さらに包み紙を広げると別の文言もあった。
『万事そのまま、すすめられたし』
バイロンが困った表情を見せるとリンジーが包みの中の文言を覗き込んだ。
「どういうこと……バイロン?」
リンジーが想定外の事態に顔をしかめるとバイロンも厳しい表情を崩さずに発言した。
「……わからない……」
バイロンはそう言ったがその脳裏には執事服に身を包んだマーベリックの顔が浮かんだ。
「でも、今は信じるしかない」
バイロンはそう言うとリンジーに知りうる現状と自分の推察を打ち明けた。
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鉄仮面は建設中の現場で腕を組んでいた。すでに計画の8割を終えて、後はアナベルとの邂逅を果たすだけであった。
『手続きには問題がない……アナベルはルビーを換金しているはずだ。』
競馬会の裏金作りに端を発して鉄仮面は巨万の利を得ようとしていた。
『パネリの正式な書類が添付されればアレも『本物』として扱われる。』
鉄仮面は計画の詳細を脳裏で確認した、
『アナベルがトネリアからもたらしたルビーはここで我々の構築した『石』とすり替わった。その『石』は本物と何一つ変わらぬ『質』を維持している。そこにパネリの鑑定書を添付する。誰も見抜くことはできまい』
アナベルのもたらした本物のルビーを手にした鉄仮面は冷徹な見通しを見せた。
『競馬会に群がる貴族の鼻を明かして、そのかすりを取る……あとはアナベルが我々の用意した『石』を金貨に変えて回収するだけだ。そして回収した金貨を我々が新たな事案に投入する』
鉄仮面はすべてを終えると撤収準備にかかった。
『ここも潮時だな』
鉄仮面がそう判断したときである、三ノ妃が現れた。
「どうなっているのじゃ?」
三ノ妃が現況の説明を求めると鉄仮面がそれに応えた、
「計画通りでございます、三ノ妃様」
三ノ妃は怪訝な表情を浮かべた、
「もうすぐあなた様が返り咲くうえでの資金が手に入ります。」
三ノ妃はニヤケタ表情を見せた、
「本当じゃろうな?」
それに対して鉄仮面は静かに答えた。
「計画は滞りなく進んでおります。あとは果実を口にするだけです。」
鉄仮面がそう言った時である、富裕な商人の格好をした男が血相を変えて現れた。ギャラリーの主催者を兼ねた鉄仮面の手下である。ゴルダからプラチナを運び出すときにその手腕を認められ鉄仮面の右腕となっている……
「お頭、伝書鳩からの通信です!」
鉄仮面はすぐさまその内容を読むと少し間を置いた後でククッとくぐもった笑いを見せた。
「どうやら敵も馬鹿ではないようだ」
鉄仮面は実に愉しそうな様相を見せた。そこには悪行を極めることに何のためらいもない姿勢が見受けられる。
「プランは一つだけではない、我々には死角はないのだよ」
そう言った鉄仮面の物言いには嘘偽りはなかった。
バイロンとリンジーは事の真相に気がつき始めました、そしてマーベリックからの手紙によりその推定が正しいことを自覚します。
一方、鉄仮面には新たな知らせが届きます……鉄仮面は微塵も動じません……
はたしてこの後、どうなるのでしょうか?




