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第二十五話

22

 庭で水をまいていたロイドは立ち尽くすベアーを見てすぐに異常なことに気付いた。手招きすると家の中に入るように言った。


「何かあったんだね」


「実は……」


ベアーはルナが『群青の館』で消えたこと、そして治安維持官に相談しても捜査はできないと言われたことを伝えた。


 『群青の館』と聞いたロイドの目は一瞬で変わった。しばしベアーを見つめた後、口を開いた。


「ベアー君、今から言うことは他言無用だよ」


そう言うとロイドは書斎にベアーを招いた。


                                  * 


「君がパトリックとソフィアのことを話してくれた後、いろいろ調べたんだ。」


ロイドはそう言うと書類の束を持ってきた。


「これはカジノの財務諸表だ。」


「財務諸表?」


「ざっくりいえば帳簿だよ、これを調べたんだが……」


ロイドはカジノが多額の寄付金を払っている項目を見せた。


「寄付自体は違法でも何でもない、だが問題はその相手だ。」


ロイドの指差した所には『群青の館』とあった。


「もしかしてカジノと『群青の館』は関連しているんじゃ」


ベアーがそう言うとロイドは頷いた。


「わしの予測だが、カジノは『群青の館』を経由して脱税をしているはずだ、寄付金の多さとその回数は異常だ、間違いないだろう。そして脱税した一部をキックバックさせてカジノに還元しているはずだ。」


ベアーは余りに驚いて声が出なくなった。


「『群青の館』を調べれば裏帳簿が出るはずだ。」


「でも、宗教事案は一般人には手が出せないって」


「その通りだ。だが、ルナちゃんが拉致されたとすれば話は別だ、当局も動かざるを得ない、うまく捜査できれば裏帳簿も出るだろう。」


「でも……治安維持官は偉い人の承認がないと捜査はできないと……」


「その点は大丈夫だ、私には友人がいる。」


ロイドがニコリとした。


                                *


ロイドは鍵のかかった引き出しから手紙を出すとベアーに話しかけた。


「カジノの息のかかった連中はポルカに五万といる。わしが財務書類を申請したこともすでに分かっているはずだ。正直、ポルカの行政官はもう信用できん。」


ベアーはポルカの汚職がそこまでひどいことに驚かされた。


「だが外部の人間ならこの件にも対応可能なはずだ。」


そう言うとロイドはベアーの手を握った。


「君しかいない、信用できるのは」


ベアーはいきなり手を握られたので一瞬『介護プレイ』を要求されるのか思ったが……どうやら勘違いであった。


                                *


ベアーが不謹慎な思いを恥じているとロイドが地図を出してきた。


「丸一日歩けば、ここにつく。この辺りに炭焼き小屋があるんだ。そこの主人にこの手紙を渡してほしい。彼ならこの件を処理できる。」


ベアーはとりあえず頷いた。


「一人だけ信用できる治安維持官はいるが、他の人間は駄目だ。これから先は制服を着た人間でも信用してはいかんぞ!」


ロイドはそう言うと手紙と幾ばくかの心付けを持たせた。


「明日の朝いちばんに出発すれば夕方には目的地に着く、ベアー君、申し訳ないがよろしく頼む」


ロイドはそう言うと深く頭を下げた。


                               *


 ベアーは『ロゼッタ』に戻るとルナがいなくなったことを女店主に伝えるか迷った。


『おかみさんに余計な心配をかけてもルナが戻るわけじゃない、それに下手に話が広がっても……』


ベアーはロイドの言った『行政官の汚職』のことを思いだした。


『おかみさんが通報してもヤバいやつらに手紙のことが悟られるかもしれない……そうだ、置手紙を残していこう』


こうしてベアーは手紙を残すことにした。



『おかみさんへ


 実は昨日、ルナが行方不明になりました。治安維持官に相談しても埒が明かないので、知り合いに紹介してもらった人に捜索の依頼しようと思います。


2,3日したら帰ってくるのでそれまでお店を休ませてもらいます。勝手を言って申し訳ありません。


ベアー』




 翌日、ベアーは日の出とともに出発した。だがベアーの足は地図に記された炭焼き小屋とは違う方向に向かっていた。


 日が昇り始め、すがすがしい朝がベアーを迎える。乾いた空気と心地よい風を背に受け、ベアーはシェルターの厩の前に立った。


「行くぞ、相棒!」


ベアーが声をかけるとロバが一声いなないた。その声はすべての事を『わかっている』と言わんばかりであった。


こうして一人と一頭の旅が再び始まった。


                                *


 ルナは地下牢から出された後、食事をとらずに堪えていた。だが空腹は甚だしく意識はもうろうとしていた。隣に座っているジャスミンも同じような状態に陥っている。


「お前たち、全然食ってないな」


給仕の信者が二人を見た。


「倒れてもらてってはこっちが困るんだよ。」


ルナとジャスミンは呆けたふりをしてやり過ごそうとした。


「さあ、食え」


そう給仕の信者が言った時である、二人の耳に高い靴の音が聞こえてきた。程なくして階段からソバーシュの女が下りてきた、いつもなら髪を流しているが、今日は束ねていた。ちらりと見たルナは驚いた。


『この人、亜人だ……』


今まで普通の人間だとおもっていたが耳の形から亜人だとわかった。


『亜人が亜人の子供をだましてるんだ……』


ルナは子供を売ろうとしているブローカーが同種族の女であることに驚いた。


『同族種さえ金のために売るなんて……考えられない。』


そんなことをルナが思った時である、ソバージュの女が二人を睨み付けた。


「あら、賢いお嬢ちゃんたちね。私たちの用意したものを食べないなんて」


そう言うとソバージュの女は二人の後ろに立った。


「押さえなさい」


ソバージュの女が命令すると給仕の信者は二人をおさえ無理やり口を開けさせた。


「あんたたちが私たちを怪しんでいるのはお見通し、でも私はそれに付き合うほど優しくないの」


女はそう言うとスープを無理やり流し込んだ。


「美味しいでしょ、このスープ。」


二人はむせびながらスープを飲まされた。


「すぐに元気になるからね」


ソバージュ女がそう言うと急激に意識の感覚が変調し、頭の中に靄がかかった。ルナは意識が混濁する中、助けを求めた。


『お願いベアー、助けに来て……』


ソバージュ女はその姿を見ながら高笑いした。


                                *


パトリックは波止場の一角に立っていた。


「どうやら約束は守ってくれるようだな」


そう言ったのはカジノの支配人であった。


「明後日の早朝、積み荷を運びこむ。お前はそれを黙って沖までは運んでくれればいい」


「それで、いいんだな」


「もちろん、そうすればお前の母親の借金は帳消しだ。」


カジノの支配人はパトリックをねめつけた。


「だが、もし約束を違えれば、ただじゃすまない。意味は分かるな?」


「わかってるよ」


「結構だ。」


そう言うとカジノの支配人はパトリックのもとを去った。


『おじい様、すいません。僕はフォーレの名を汚そうとしています。』


パトリックは膝をついてその場に泣き崩れた。


                                *


 ベアーの旅は快調であった。街道筋からそれた小道を速足に進み、昼ごろには道のりの3分の2を進んでいた。


『順調だな、このままなら夕方にならないうちに目的地につける。』


 そんなことを思った時だった、ロバが異様な声を上げた。ベアーが声の方を向くと二人の男が歩いてくるのが視野に入った、一見すると地元の農夫といった感じだ。


ベアーは会釈だけして通り過ぎようとした。


……だが、そうはいかなかった。


「おい、どこ見てんだよ」


若い方の農夫がベアーに突っかかった。


ベアーは無視して進もうとしたがもう一人のひげの農夫が行く手を阻んだ。


「坊主、お前の持ってるものをここに置いていきな、そうすれば命は助けてやる」


「何のことか、僕には……」


ベアーが言うや否や髭面は懐から光るものを出した。


その時である、ロバが悲鳴のようないななきを上げた、そして脱兎のごとくその場から逃げた。


『あいつ……逃げやがった。』


ベアーは『相棒』だと思っていたロバが逃げたことに目が点になっていた。


「ロバは俺たちに関係ないんだよ、用があるのはお前だよ、坊主!!」


そう言うと若い男の方がベアーを突き飛ばした。ベアーはつんのめって腰をしたたかぶつけた。髭面の男は痛がるベアーに馬乗りになった。


「預かってるものがあるんだろ?」


ベアーは何とか抵抗しようとしたが、首にナイフ当てられ身動きできなくなった。すかさず、若い農夫が

ベアーの体をまさぐる。


「ありました」


「確認する、かしてみろ」


髭面はロイドから預かった手紙を渡されるとその内容を読んだ。


「間違いない、これだ。」


「返してくれ、それは大事なものなんだ」


ベアーが言うと髭面はナイフを振り上げた。


ベアーは『殺される……』と思ったが、ナイフはベアーの耳元の地面に突き立てられた。


「命を取られないだけありがたいと思え!!」


そう言うと髭面は手紙を持ってその場から去った。


                                *


 ベアーが絶望的な表情を浮かべて切り株に座っていると逃げたロバが戻ってきた。何食わぬ顔で飄々としている。


「お前、マジで逃げ足、速いな。びっくりしたわ」


ベアーがそう言うと、ロバと目があった。


その瞬間、一人と一頭の顔が『ニタリ』とほころんだ、その笑みには明らかに『企み』が成功したという含みがあった。


ベアーはロバの腹掛けの内側に手を入れた。


「こっちはいざって時のために保険を掛けてあるんだよ」


ベアーは再び手綱を取った。


「さあ、行こうか。急げば夕方までには着く。」


こうして旅は再開した。



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