第二十五話
多くの誤字脱字がありましたが訂正させていただきました。ご指摘していただいた方々、ありがとうございます。
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すべての貴族に掛け金を裏金としてキックバックしたバイロンたちは最後にのこされた重要な仕事に取り掛かった。
それはトネリアの管財人、アナベルに対しての応対である。3人は最後の馬車を待つべく気を引き締めた。
「遅れまして、みなさん。」
既に帰国の手はずを整えたアナベルが3人の前に現れた、彼女の手には実に大きなカバンがある。アナベルはそのカバンをドスンと3人の前に置くと中身を見せた。
中には実に美しく輝くルビーが詰められていた。大きさも、輝き方も異なるが、美しくカットされているためにそん色ないように見える。特に粒の大きなものは博物館や美術館で陳列されても何ら不思議はない……
「すでに鑑定済みです。」
アナベルはそう言うと懐から宝石の鑑定書を出した。一つ一つの宝石に対して世界最大の宝石商『パネり』により鑑定された証明書が添付され、見る者達に宝石界における権威の象徴をみせつけた。
バイロンとリンジーはその煌めきに言葉を亡くした。
「この品を競馬会の出走費用として納めます。もちろん裏金の手数料としても」
アナベルは滔々と謳いあげるとマイラを見た。
マイラはそれに対して用意していた金貨袋をみせた。
「トネリアの馬の出走料金とダリスの金貨に変える手数料を引いた額がここに入っています。」
マイラはそう言うと金貨袋を開いた。鈍く光るダリスの金貨には一ノ妃の肖像画が刻印されている。陽光を受けてもその重厚感はかわらず、富の象徴としての安定感を見せた。
アナベルはそれを見るとフフッと笑った。
「取引はこれで成立です、では」
アナベルはそう言うとトネリアの王室付のメイドの表情を見せた。
「あとは、よしなに」
その物言いはトネリア王室付のメイドそのものである、威厳と自信に満ちていた。だがそれだけでなく小国であるダリスを軽んじている節もある。
不快に思ったバイロンは一言物申そうとした、
「ちょっと、あんたね――」
バイロンが二の句を告げようとした。
だがときである、思わぬ事態が生じた。
なんと、マイラがその場に崩れ落ちたのである……ぷつんと糸の切れた人形のような倒れ方である。バイロンもリンジーもまさかの事態に言葉を亡くす。
一方、アナベルはそれを見ても何の感慨を見せなかった、
「過労で倒れたのでしょう。ですが、移動許可の書類をもらわねば金貨は船に運び込むことができません。速く手続きをお願いします!」
冷徹に発言するアナベルは手厳しく続けた、
「執事長ができないのであれば、リンジーさんあなたが署名者です。速く署名を!」
言われたリンジーは鼻の穴をフガフガさせた。
「そ、そ、そんな……」
マイラが突然に倒れて動転しているリンジーに対してアナベルはたたみかける、
「帰国の時間が迫っています。もし遅れるようであればあなた方には遅延損害を請求せねばなりません。小さな金額ではありませんよ」
アナベルは淡々と物申した。
一方、リンジーはどうしていいかわからず途方に暮れた。マイラが署名者としての仕事を果たせなければリンジーがそれを負わねばならないのだが……不測の経験のないリンジーは頭が真っ白になって彫像のようにかたまってしまっている。
アナベルは実に不遜な笑みをこぼした、
『もうひと押しすれば……こちらの勝ち』
そう思ったアナベルはマイラと交わしていた資金の移動許可に関する書類を指差した。その書類はこの計画を貫徹する上で最後に必要となる鍵である。
『執事長、ないし、有事の際にサイナーとなる第四宮の宮長の署名がなければ金貨の移動は成されない。マイラが倒れた今こそがチャンス!』
そう思ったアナベルは優雅にけしかけた。その手は書類の欄外にある遅延に関する損金を記した部分を指している。
「さっさとサインしていただけますか、リンジーさん。マイラさんの代役として署名を!」
言われたリンジーは軽くパニックになっていたが遅延損害金の総額が30%という書類の文言に精神を侵食されると、羽ペンをその手に取っていた。損害金の支払いだけは避けなければならないという切羽詰まった思いが生じている……
不測の事態に動転して客観的な判断ができなくなったリンジーはアナベルにとって都合のいい存在になっているではないか……
一方、その様子をつぶさに見ていたバイロンは冷徹に状況を分析していた。そしてマーベリックの隠れ家で会った広域捜査官のスターリングとカルロスの顔が脳裏に浮かんでいた。
『……彼らの捜査がうまくいけば……アナベルに関する客観的な証拠……』
だが、思ったよりも早くアナベルが帰国の途に就くという事態が生じたために広域捜査官の捜査が間に合うかどうかわからなかった。さらにはマーベリックからの指示もまだ届いていない……
『ここでリンジーがサインしてしまえば……意味がない……』
アナベルを足止めし、彼女と鉄仮面のつながりを証拠としてつきつけなければアナベルは何食わぬ顔を見せるだろう。
『でも……どうやって……』
バイロンはこの状況をいかにして好転させるか苦慮した。
そんなときである、バイロンは彫像のように固まるリンジーの様子に思わぬ知恵が蠢いた。
『これしかない!』
そう思ったバイロンはリンジーに近寄り、その表情を確認した。
リンジーは半ば放心状態であり、ペンを持つ手が震えている……その顔は蒼ざめ、冷や汗が額からフツフツとわきだしている――極度のプレッシャーで自律神経に明らかな異常が生じている。
バイロンはその様子を観るとすかさずリンジーの腹部に手を押し当てた。そして10秒ほど吟味すると神妙な面持ちで発言した。
「アナベルさん、少々お待ちください。宮長は現在……」
バイロンはそう言うと勝負師の表情を見せて言い放った。
「宮長は極度の便秘にてございます!」
バイロンはそう言うとすぐさまリンジーの肩を担いだ。そしてアナベルの顔を見た。
「用を足してからサインしますので、少々お待ちください。では!」
バイロンはエレガントな立ち居振る舞いを見せると、間髪入れずにリンジーの肩をささえた。
思わぬ展開にアナベルは唖然としたが、その後、すぐに憮然となった。
『あの、娘!!!』
アナベルの怒りは瞬時にして頂点に至ったが、バイロンはそのオーラに臆することなくリンジーを支えてそそくさとその場を後にした。
マイラが倒れてリンジーが臨時のサイナーになったものの、状況は決して芳しくありません。アナベルの思った通りに事は運んでいます。
一方、バイロンは時間を稼ぐためにリンジーの便秘を利用して切り抜けようとしますが……
はたして、このあとはいかに?




