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第二十三話

梅雨です~

39

競馬会の準備は滞りなく終わった、体面上と形式上のことをすべて終えたバイロンとリンジーは執事長であるマイラのところに報告に向かった。


「ちょうどいいところに来ました」


マイラはそう言うと二人を別室へといざなった。


 そこは執事長室に隣接した部屋で書類を整理するための資料室のようになっていた。マイラは奥にあるカーテンの裏側にある仕掛けのようなものを触った。


すぐさま歯車が動くような音がしてバイロンの足元付近の床がスライドする。


床の中を覗いたバイロンとリンジーは大きく息を吐いた。



「……すごい……」



 第四宮のところにもたらされた付け届けとは異なり、明らかに金銭的に価値のあるものが鎮座している……金杯、銀杯、宝飾品、絵画、彫刻、美術品……


だがバイロンとリンジーの眼がくぎ付けになったのは皮袋の山である。


バイロンの直感が訴えた、



「現金……金貨……」



バイロンがそう漏らすとマイラが答えた。


「その通り、この山のようになった皮袋の中には金貨が入っています。すべて競馬会のレースの賭博金です」


マイラはそう言うと大きなため息をついた。


「これから中を確認してその金額と数量を記録します。そして競馬会のレースが終わった後にこの金貨を貴族のところに還元するべく割り振ります。」


リンジーが怪訝な表情を浮かべた『割り振る』という意味が解らなかったのだ。


「割り振るというのは競馬会に出走する馬の順位によってこの金貨を調整するんです。もちろんレースの順位はあらかじめ決まっています。」


マイラの物言いが気にかかったバイロンが口を開いた、



「あの競馬会って……やっぱり出来レースってことですか?」



バイロンがポロリと漏らすとマイラがうなずいた。



「そうです。この金貨はレースの順位によって割り振られますから」



マイラはそう言うと懐からレースに参加する馬とその順位を記した便箋を取り出した。


「この順位はすでにダリスの貴族間で決められています。我々は預かった金をこの通りに割り振って彼らに戻すんです。」


リンジーがマイラの言動に対して素朴な疑問を見せた。


「あの、レースは賭け事ですから……負ける貴族もいますけど……それって……どういうことなんでしょう?」


マイラは何喰わぬ顔を見せた。


「負けてかまわないんですよ……表向きは」


マイラの意味深な言動にリンジーはピンときた。



「ひょっとして、この金貨って納税するべきお金じゃ……」



「そうです……つまりレースで負けても帳簿上は損金を計上するだけなんです。ですがその実態は……」


マイラがそう言うとバイロンも理解が追いついた。



「つまり貴族たちはレースでわざと負けて治めるべき税金を回避……そしてその実は……我々を通してレースの後に裏金として受け取る……」



バイロンが競馬会の本質に気付くとマイラが頷いた。


「そうです、国庫に払うべき税金が競馬会のレースを通してロンダリングされ貴族たちにキックバックされる。」


マイラは執事長らしい顔つきで続けた、


「その調整弁になるのが我々なんです。そしてそのかわりに我々は貴族からの付け届けを懐に入れる……そしてその付け届けはアナザーウォレットへとしまわれる」


マイラの言動にリンジーとバイロンはため息を漏らした。


「もちろんその一部は枢密院のお歴々にも配られます。彼らに糾弾されることはありません」


マイラが付け加えるとバイロンが唸った、


「壮大な出来レース。その本質は税金を回避するだけじゃなく、キックバックとして自分の懐に……」


バイロンはポロリと素朴な見解を漏らした、


「なるほど、競馬会はそう言うカラクリなのか……メイド心得にも書いてないわけよね……」


マイラは二人の表情を見ると声をかけた、



「メイドというのは秘密を守ることが何よりも重要なの。業務を滞りなく遂行するために機微を感じて沈黙を良しとする。競馬会もその実は裏金作りのイベントなの……その事実を口外せずに腹の中にとどめておく……これができるか否かが管理者として重要なの」



マイラはリンジーとバイロンに眼をやった、



「あなたたちの行動を見てきていたのだけれど、今のところうまくこの事案を制御できていると思うわ。」



 マイラはそう言うとにっこりと笑った。その笑みにはこの事実を口外せずに墓場まで持って行けという圧力がある、



「よしなに」



 マイラがそう言うとバイロンとリンジーの背骨に凄まじい電撃が走った、立っていられないくらいの衝撃である。


暇をおかずしてリンジーがポツリと漏らした、その表情は沈んでいる……



「……絶対、便秘になるわ……」



素朴な結論であった。



40

さて、その頃……


 アナベルはその手に大きなカバンを持っていた。高さ120cm、横70cm、奥行き50cm、豪奢な鞄の側面にはトネリアの国旗が刺繍され、反対側には宝石商パネリの刻印が押されている。


アナベルはその大きなカバンを持つと、颯爽とした様子で扉の前に立った……


『とうとう、この時が来た。』


アナベルはその表情を引き締めた、


『これで苦労が報われる……』


アナベルはかつてのことを思い起こして歯噛みした。


『糞のような人生だった、さげずまれ、罵倒され、そして打ち捨てられた……教育も受けられず読み書きさえまともにデキなかった……その私が……ここまで来た』


アナベル幼き日々を思い起こした。


『父も母も役立たずだった……無学、無教養……まさにゴミ』


 アナベルの一家はトネリアにおける被差別階級であった。ダリスと違い厳しい階級制があるトネリアでは平民もクラスに分けられ職業も限られた。その中でも被差別階級の人々は牛馬に等しい扱いであった。むしろ蔑視されることを考慮すればそれ以下ともいえる……


『あの厳然たる身分社会では生きていくことは至難の業……間違った選択を選ぶのは必定……』


落胆したアナベルは13歳の時に家を出た、己の自由を手にするために放浪したのである……


『体を売り、物を盗み……そして対価を手に入れた……だけどそれはリスクが高すぎた』


 アナベルは同じような境遇の者たちが治安維持官につかまる様や、性病におかされ野垂れ死にする同年代の娘たちを幾度となくその眼にしていた。


『あんな人生はごめん……』


 そう思ったアナベルは14歳になると誰しもが通える公共の図書館に通って独学で学んだ……生きるためである……


 だが、まともな人生を送ってこなかったアナベルは基礎力が欠如しているため学ぼうとしても身に付かず、結果も出なかった……指導者なき学習は中途半端で無残なものであった。読み書きさえもおぼつかなかったのである。


結局が底辺を這いずり回ることから逃れられなかった……


 だが15歳の時に転機が訪れる……それは飲み屋の下女としてアナベルが給仕した客との出会いであった。その人物はアナベルを見ると男とは異なる視線を浴びせた。



そして、



その客は愛人としてアナベルを囲ったのである……これを機にしてアナベルは人生が変わっていく……きらびやかな世界の一端を垣間見るようになったのである。



『お姉さま……私はこの勝負を絶対に勝利します』



アナベルはそう思うと威風堂々とした様子で扉をあけた。



41

「久方ぶりでございます」



アナベルがそう言って深くお辞儀するとくぐもった返事が返ってきた。



「待っていたぞ、アナベル。すべて整っている」



そう答えたのは鉄仮面であった。



「お前には大役を果たしてもらうことになる……大輪の花を咲かせてもらいたい」



アナベルは答えた、


「お任せください、このアナベル、あなた様にいただいた恩に報いたいと存じ上げます。」


アナベルがそう言うと富裕な商人のいでたちであった男が現れた。



「ブツは用意できている」



アナベルはチラリと目をやるとうなずいた。



「あとはこちらで」



 アナベルはそう言うと持っていたカバンの中に詰めていたモノを鉄仮面たちに渡して彼らの用意したブツと入れ替えた。



すべての用意が調った瞬間であった。




バイロンとリンジーは競馬会の裏側を知って卒倒しますが、その事実を胸にして前に進むことを決意します。


一方、アナベルと鉄仮面は着々と計画を進めています……彼らの計画は奏功しているようです。


はたして、バイロン達はアナベルと鉄仮面の野望を打ち砕けるのでしょうか?

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