第二十一話
暑い!!!
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さて、その頃、
マーベリックはレイドル侯爵と一ノ妃の乗る馬車を宮中で操っていた。陽光を受けた若木が生命力あふれる様子は雅な宮中の庭園に命の芽吹きを演出している。だが、二人の醸す雰囲気はどことなく陰がある……
「競馬会の動きが騒々しくなってきたとか」
レイドルに話しかけたのは一ノ妃である、
「はい、トネリアの管財人が動き出しています。そしてその背景には二ノ妃様がいらっしゃいます。」
レイドルの発言に対して一ノ妃は特に反応は見せなかった、
「競馬会においては多くの資金が投入され、後に裏金として貴族の懐に戻ってくるわけですが……今回はその様相が通例のはこびとは異なるようです」
レイドルがくぐもった声で述べると一ノ妃が眉をひそめた。
「何が起こるか見当がついているの?」
一ノ妃の問いに対してレイドルはイエスともノーとも取れるしぐさを見せた。
「ある程度は……ですが、いまだに本質は……」
レイドルはそう言うと一ノ妃の耳元でささやいた、
「二ノ妃様の様態がおかしゅうございます。トネリアの管財人との関係で妙な噂も……」
レイドルがそう言うと一ノ妃は困った表情を見せた。
「昔から男癖が悪いのはわかってはいる……」
一ノ妃は不快にいうと、あきらめた表情で問いかけた。
「『病気』を持った妃はまともな判断がつかないのでしょう……捨て置きなさい」
一ノ妃はそう言うと気がかりな質問をレイドルにぶつけた、
「ところで、三ノ妃はどうなっているの……行方がつかめたとか……」
尋ねられたレイドル侯爵は現状をかいつまんで話した。
「そう、盗賊団に拉致されて……今はトネリアの関係先に潜伏……」
一ノ妃は再び憂鬱な表情を見せた。
「三ノ妃様を拉致した賊は今回の競馬会にも絡む様相があります。現在はその内容を精査しております。」
一ノ妃は再びため息をついた、
「二ノ妃も三ノ妃もダメね……いずれは『保険』を使わねばならいようね……」
一ノ妃は至極残念そうに言うと馬車を止めるように言った。
*
一ノ妃をいつもの場所で降ろした後、マーベリックとレイドルは状況を鑑みながら、次の一手を精査した。
「表は広域捜査官の操作でけん制……裏から我々が金の流れを追います。」
マーベリックがそう言うとレイドルがそれに応えた、
「競馬会に流入するトネリアの金は宝石商のパネリが用意していますが、その金額や決済に関してはまだ不明です」
マーベリックがそう言うとレイドルがくぐもった声で反応した。
「マーベリック、金の流れを追うのは間違いではないが……広域捜査官の網を使って調べるものにズレがある……」
マーベリックは怪訝な表情をみせた、
「三ノ妃を拉致した賊の情報を精査しろ。ゴルダで白金を強奪した手腕といい、今回の動きといい……ただの賊ではない。奴らの意図は金だけではないかもしれんぞ」
言われたマーベリックは「はい」と答えると再び馬に鞭を入れた。
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リンジーにいとまをもらったバイロンはマイラとアナベルの会議の内容を伝えるべく、すぐさまマーベリックのところに赴いた。ゴンザレスにつなぎをつけてもらうよりも速いと判断したからである……
バイロンがいつもよりも速い足取りで隠れ家である骨董屋に向かうと、その中には珍しく二人の客がいた。その客は男女のペアで棚に陳列された小物を手に取っていた……
『客がいることなんてあるんだ……』
バイロンがそう思っていると、カウンターにいる主人が何とも言えない視線をバイロンに投げかけた。いつもと違う店主のしぐさはバイロンの思考に影響を与えた。
『……何かまずそうね……出直したほうがいいかしら……』
バイロンがそう思ったときである、マーベリックが入り口から戻ってきた。その表情はいつもと変わらない……
マーベリックは二人の客に視線を移したあとバイロンを見た。
「何かあったのか……」
マーベリックが尋ねるとバイロンが小声でそれに応えた。
「競馬会の決済の手段なんだけど……宝石……」
バイロンが続けようとするとマーベリックが渋い表情をみせた。
「先客の相手をせねばならん……だが……」
マーベリックはそう言うと先ほどの男女連れに目を移した。
「お前の面が割れてしまった……中途半端に隠しても手遅れだ」
マーベリックは小声でバイロンにそう言うとカップルの二人に声をかけた。
*
二階に通された男女連れの一人はバイロンに劣らぬ美人である、氷のような冷たい瞳からは厳しい視線が発せられていた、そして特徴的なのはその耳であった。
『この人の耳……亜人……それともエルフ……』
もう一人の男は頭髪の薄い男で、細くなった毛を頭部の中央に集めてボリュームを出そうと演出している……だが汗をかいたらしくセットした髪が崩れて何とも言えない印象を与えた。
『この人、短く刈り込んだほうがいいのに……』
バイロンは内心そう思ったが、薄毛を気にする大臣や高級官僚を目にしているので、あえて苦言を呈さない……
『……しゃべらないほうがいいのかしら……』
バイロンたちのいる部屋では異様な沈黙が生まれていた。朗らかな表情を浮かべながら互いにけん制しているためである。
『……にらめっこって感じね……』
その雰囲気を嫌った美しい女は口火を切るために、取り留めない話題をふった。
「今日も都の人手は多かったみたい……大通りを歩くのは疲れるわ」
美女がそう言うと、隣室からお茶を運んできたマーベリックがそれに応えた。
「ええ、最近はギャラリーの催し物などもあって、このあたりでも人手が多いんです」
ギャラリーという単語を耳にすると美女がそれに反応した。
「我々もその点に関しては知りたいと思っているのですけど……」
美しい女はそう言うとバイロンのほうを見た。
「ところで、こちらの御嬢さんは?」
その物言いはバイロンの素性を明かせという圧力がある。
マーベリックはいつもと変わらぬ優雅な所作でお茶を入れると二人の前にお茶を出した。
そして丁寧な口調でバイロンの素性を述べた。
「こちらの御嬢さんは、第四宮で働いておられるメイドでございます。現在は副宮長という役職についております。」
マーベリックが淡々と言うと、お茶を口にした頭髪の薄い男がお茶を吹き出した。
「えっ……副宮長……」
うら若き乙女が要職についている事実に頭髪の薄い男は驚きを隠さなかった。
「広域捜査官のお二方よりも、肩書の観点では上だとおもいますがね」
マーベリックが揶揄するように言うとバイロンが反応した。
『……広域捜査官……』
バイロンはマーベリックの客が思わぬ人物であったことに驚いたが、すぐに平静に戻って発言した、
「私は一時的にこの職に就いているだけで、少しすれば元のメイドに戻るとおもいます。今はかりそめの役職です」
バイロンは謙遜したが二人の捜査官は何とも言えない表情を見せた。それというのも宮中における肩書は一般のモノとはことなり治外法権的な意味合いがあるからだ。宮中に身を置く限りは不逮捕特権があり、枢密院の許可がなければ事情聴取さえできないのである。
「こちらのバイロンさんもあのギャラリーに足を運ばれていたんです。」
マーベリックがそう言うと二人の男女はその眼を捜査官のそれへと変えた。
「その話は、ぜひお聞きしたいわ」
美女はそう言うとその耳をツンと立てた。それに対してマーベリックは不敵に笑った。
マーベリックの隠れ家に向かったバイロンでしたが、なんとそこで広域捜査官の二人と出くわします。
さて、このあといかに?




