第二十話
急に暑くなりました、湿度も高い……読者の皆様、水分補給を!
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執事長であるマイラを議長とした会議はバイロンとリンジーが対面に座ったアナベルと対峙する形で始まった。午後の日差しを受けた会議室になごやかな談笑ムードは微塵もない。妙な緊張感がみなぎっている……
皆が挨拶を終えると、会議の冒頭でアナベルが発言した。
「トネリアからは2頭の馬が出走します。そしてそのスポンサーになっているのはパネリという宝石商です。我々はそのパネリの投資する金銭をそのまま受け取りたい。」
アナベルは投下した資本を回収する投資家のような口ぶりで発言した。
バイロンはそれにたいして知恵をまわした。
『やはりね、競馬会に投入する資金を賭博で使ったかのように見せかけて裏金として回収する腹積もりね……」』
バイロンはマーベリックの言動からトネリア側が投下する資本を競馬会のレースで消費したかのようにして、その実は回収するという算段を踏むと考えていた。すなわち使用されたはずである金が再び手元に戻ってくるという寸法である……
『キックバック作戦ね……トネリアはダリスの競馬会を通じて裏金を作る……まあ、ダリスの貴族も同じようなものだけど……』
バイロンがそう思うとアナベルの発言に対してマイラが答えた。
「それは構いません。いつも通りであれば……ですが、そっくりそのままというわけにはいきません。ここはダリスでございます、正当な対価というものが必要となります。」
マイラは競馬会で裏金を作ろうとするトネリアサイドの管財人であるアナベルに対して出走料金としてダリスに参加料を払うように言った。
「もちろん料金は支払います。」
アナベルはそう言った、だがその表情は策士的である。
「前回と同じ参加料であれば」
マイラは金額の交渉をしてこないアナベルに対して若干不安をおぼえたが……アナベルは規定の金額を払うという姿勢を平然と見せるではないか……
マイラはしばらく沈思すると金額を定めた書類をみつめた。
『前回と同じ出走料金を払うのであれば問題ないわ……それさえ払うのであればトネリアの裏金作りはこちらの感知することではない……』
マイラは競馬会における慣例を継続するアナベルの言動を認識すると書面として残そうとした。
と、そのときである、リンジーが突然に手を上げた。
「トネリアの紙幣で出走料金は支払うのですか……それともダリスの貨幣に転じたものですか?」
リンジーは為替を念頭に置いた発言を見せた。為替レートの変化とその手数料を考えてのことである、(ちなみに為替とは簡略すると通貨の交換のことである。この場合ダリスの貨幣とトネリアの紙幣の交換ということになる。レートは通貨を交換するときの割合になる)
それに対してアナベルが発言した、
「交換レートに関しては昨年と同じで……ですが通貨交換にかかわる手数料を払うことはご遠慮したくおもいます。トネリアの通貨をダリスの通貨に変換するときにかかる費用は当方では持ちません」
アナベルがそう言うとバイロンは『なるほど』とおもった。
『アナベルは通貨を変換するために必要な経費を払いたくないということね……大きな金額がうごけばその手数料は小さくはない。ダリスの両替商に払う手数料をしぶるつもりね……』
バイロンがそう思うとマイラが発言した。
「通常であればトネリア通貨が決済として使われますが、我々は紙幣になじみがありません……金貨、銀貨ないしそれに準ずるものをダリスの通貨に変えてください。」
マイラが押し込むように言うとアナベルがそれに反論した。
「トネリアの紙幣は金や銀と変わらぬ価値のあるものです。すでに商工業者の間では決済に使われております。ダリスの発行した金貨や銀貨よりも信用があるのは明白かと」
言われたマイラは困った表情をみせた。それというのもアナベルの発言がまちがっていないからである……小国の金貨や銀貨よりも大国の紙幣のほうが決済手段としては信用があるのだ。
『なるほど、国力を背景にしてトネリアの紙幣を押しつけてくるわけか……』
バイロンは勘ぐったが……その一方でマイラはトネリアの紙幣に関しては断固受け入れない姿勢を見せた。
『偽札の可能性を払しょくするためね……』
バイロンはそうおもったが、マイラとアナベルのやり取りはこう着状態に陥った……決済に関してはたがいにゆずらぬ姿勢である、
『さて、マイラさんはどうするか……』
バイロンがそんな風に思ったときである会議の途中で近衛隊の兵士が現れた。その兵士はマイラの下に一枚の手紙を届けた。その外側を覆う封書から単なる伝達文書でないことは明白である。
マイラはそれに目をやると封書を開けて中の便箋に目を落とした。
「どうやら、決済手段と通貨の変換にかかわる手数料は、そちらの言い分をのまなくてはならないようね……」
マイラはそう言うとバイロンとリンジーに向けて書面のサインを見せた。そこにはなるほどと思わる署名がある。
『……二ノ妃……』
バイロンが仏頂面を見せるとアナベルが怪しく笑った。
バイロンとリンジーが眼にした便箋には決済の手段として『宝石』を用いると記されていた。手数料の支払いも紙幣の代わりにジュエルを用いることで免除となっている。
『なるほど、アナベルはすでに手は打っていたのね……二ノ妃をかまして……』
バイロンはさらに知恵をまわした、
『決済は宝石……それをダリスで換金……手数料はなし……紙幣での決済をジュエルにかえることで手数料を回避する。』
状況をさとったバイロンはすぐに現況を知らせるべくマーベリックにつなぎをつけようと考えた。
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武骨な仮面を身に着けた鎧の男はトネリアの旗のたなびく倉庫で運び込まれてくる物資を確認していた。
『……時間どおりだな……』
鉄仮面は集まった資材を手下に確認させていたが、すでにすべての資材がそろっていた。
『そろそろ腰を上げる時だな』
鉄仮面が目録に目を落とすと資材に興味を持った三ノ妃がよってきた。
「これはなんじゃ?」
興味津々に尋ねる三ノ妃に対して鉄仮面はくぐもった声で答えた。
「競馬会における切り札です」
それに対して三ノ妃が怪訝な表情を見せた。
「木箱に入った、これらは何なのじゃ?」
鉄仮面は何も言わずに近くにあった木箱を開けた。
『……どうするのじゃ……』
木箱の中に入っていたのは金属製の金型である……
「……組み立てるのか……」
尋ねた三ノ妃は不快な表情を浮かべた。
「これで妾が復権できるのか?」
その問いに対して鉄仮面はフォッフォッと笑った。
「ええ、もちろん」
そう言った鉄仮面の物言いは、実に小気味いい。三ノ妃は不安に思ったがそれを口に出さず矢継ぎ早に尋ねた。
「これを組み立ててどうするのじゃ?」
尋ねられた鉄仮面は正規に輸入した別の箱をあけた。そこには透明の石が入っている。
「なんじゃ、このがらくたは?」
無色透明のガラスといえば一番近い表現であろう、三ノ妃は目の前にある石を見ると猜疑心を隠さずに発言した。
「これは鉱石です。」
鉄仮面は説明を続けた、
「ガラスを削るための研磨剤として職人たちが使っているものです。メガネのレンズもこれで削ることができる。」
鉄仮面の淡々として物言いに三ノ妃は反論した、
「ガラスを削る透明の石に何の価値がある、そんなものは工業製品と同じではないか」
三ノ妃が穿った見解を述べると鉄仮面は懐から赤々と光る美しい石を取り出した。
「この石もこの透明の鉱石も同じものなんですよ」
三ノ妃は何のことかわからぬ表情を見せた。
「じきにわかります」
鉄仮面はそう言うと作業を行うように指示を出した。
バイロン達はアナベルと競馬会における決済を巡って議論しましたが……紙幣のかわりにジュエルが用いられるようです。
一方、鉄仮面は何やら仕込んだようですが………
はたしてこの後、どうなるのでしょうか?




