第十八話
今回は少し長めです。次回は少し短めになると思います。
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バイロンの脱出を成功させたゴンザレスは、追手がいないことを確認するとすぐさまマーベリックのいる隠れ家にバイロンを連れ立った。
「びっくりしましたよ、あんなところにいるなんて……」
ゴンザレスが内偵していた人物はギャラリーの主催者だったようで、まさかその展示会にバイロンがいるとは彼も考えていなかった。
「それも……追われているなんて……」
ゴンザレスがそう言うとマーベリックがバイロンをにらんだ。その表情はいつになく猛々しい……
「お前のせいでゴンザレスの内偵がお釈迦になったんだぞ!」
その物言いは手厳しい、
「黙って観察しろと言っただろ」
それに対してバイロンが反論した、
「こっちにはこっちの事情があるのよ。執事長からアナベルを調べろって言われてるんだから、それに観察してたら、ああなったのよ!」
確かにバイロンはアナベルをけしかけたり、貶めるような策は取っていない……観察といえば観察であろう……一方、マーベリックは素人であるバイロンが工作員のような行為を試みたことが許せなかった。
「宮の外に出て、後をつけて観察しろと進言した覚えはない、まして集音器を用いるとは!」
マーベリックは続けた、
「今回のターゲットはプロだ。それもうちでさえ捕捉できない動きを見せた連中だ。そのあたりにいるチンピラやゴロツキじゃないんだぞ」
マーベリックは怒り表情を崩さずに二の句を告げようとしたが、その場の空気を読んだゴンザレスが合いの手を入れた。
「いや、まあ、とにかく、今回は何とかなりましたし……それよりも、御嬢さんがあそこで見聞きしたことを……報告していただいて……」
ゴンザレスが仲を取り持つように言うとマーベリックが大きな深呼吸をした、高ぶった気持ちを落ち着けようとしている……
「……お茶を入れてくる……」
気勢をそがれたマーベリックは気分を落ち着けるために立ち上がると隣接した部屋へと大股で向かった。
*
マーベリックが出ていくと、ゴンザレスがバイロンに話しかけた、
「御嬢さん、あっしたちが追っかけてる連中はやばい奴らなんです……あのギャラリーの主催者は一筋縄で何とかなる奴らじゃありやせん。今回の情報もマーベリックさんが広域捜査官と組んだことで、初めて分かったことなんです。」
ゴンザレスがそう言うとバイロンがその眼を細めた、
「広域捜査官と組んだの……」
ゴンザレスはうなずいた。
「我々が裏、広域捜査官が表……左手と右手と言い換えてもいい……いずれにせよ、普通とは異なるシフトで奴らを追ってるんです。ですから、御嬢さんも宮の外での行動は吟味していただかないと……」
言われたバイロンは状況が想像以上に悪転していることを理解するとうなずいた。
「そうね……邪魔するわけには……」
バイロンが自分の行動に気を配らねばならないと思うとゴンザレスがごま塩頭をポリポリと掻いた
「……まあ、旦那もあんなに怒らなくても……いいんですけどね……」
ゴンザレスがそれに付け加えた
「旦那は御嬢さんが心配なんですよ。御嬢さんはあくまで素人、俺たちのまねごとをすればただじゃ済まないってね。まあ、それだけじゃ無いんですけどね」
ゴンザレスが意味深にそう言うとバイロンは俯いた。そしてしばし沈思すると突然に顔を上げた。
「私、謝ってくるわ!」
バイロンは快活に言うと、隣室にむかった。
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お茶の用意をしていたマーベリックはバイロンがいきなりあらわれて頭を下げると面食らった。頭突きメイドのみせた思わぬ行動に驚いたのである。
思わず持っていた紅茶の葉が入った陶器を落としそうになった……
それに対してバイロンがすぐに突っ込んだ。
「なに、落としそうになってんの?」
言われたマーベリックは一瞬、声を詰まらせたが反論した、
「お前が、いきなり声をかけるからだ」
それに対してバイロンが応酬した、
「こっちが先に折れて謝ったんでしょ、私が悪いわけ?」
バイロンに詰められたマーベリックは妙な感情に襲われた。『小娘に言いくるめられるわけにはいかない』という思いである。銀狼と呼ばれるレイドル侯爵の筆頭執事が年端のいかない娘に論破されるのはいかんともしがたい……
マーべリックはとっさに言い放った、
「ドアのノックの仕方が雑なんだ、レディーとは思えん」
その答えに対してバイロンが間髪入れずに反応した。
「はぁ?」
マーベリックはコホンと咳払いを一つ入れるとが落ち着いた口調で言った。
「謝罪したことは悪くないが、淑女としての振る舞いはまだのようだな」
バイロンはそれに対して斜に構えると何とも言えないじっとりとした視線を浴びせた。
一連のやり取りを隣室から見ていたゴンザレスは一つの結論に至った。
『夫婦喧嘩は犬も食わないっていうけど……まさにそれだな……』
言い合いを始めた二人を見たゴンザレスはため息をついた。
『……旦那もお嬢も素直じゃないからな……』
そう思ったゴンザレスは窓の外を眺めると再びため息をついた。
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夫婦漫才を終えるとやっとのことで本題となった、すなわち二ノ妃とアナベル、そしてギャラリー主催者である男の情報の精査である。
口火を切ったのはバイロンの報告である、
「二ノ妃様はかなりやばそうだったんだけど……」
バイロンは集音器で耳にした内容をそのまま伝えた。
「二ノ妃様が廃人だと……か」
それに対してゴンザレスが怪訝な表情をみせた。
「まさか、麻薬とかってことですか……」
ゴンザレスがそう言うとマーベリックがお茶を入れながら答えた。
「アナベルはトネリア出身のメイドだ。自分の国から嫁いだ妃をドラッグを使って貶めるとは思えん……せいぜいが媚薬程度だろう。それにメイドがあからさまに麻薬を用いるとは思えん」
マーベリックがティーカップにアールグレイを注ぐと香しい香りが立った。
「ギャラリーの主催者とアナベルは知り合いだったみたい……」
バイロンがそう言うとゴンザレスが怪訝な表情を見せた。
「あのギャラリーの主催者はもともと盗賊なんですよ、それもダリスにいた……白金を強奪してトネリアで換金した賊です……それがアナベルと知り合いだなんて……」
バイロンのもたらす情報は断片的ではあるものの、ゴンザレスもマーベリックも耳にしたことのないものであった……
「あっしたちは鉄仮面と関係のある賊を追っていたんです……それであのギャラリーに行きついたんです……」
ゴンザレスがそう漏らすとマーベリックが顎に手をやった、
「……妙な展開だな……」
マーベリックはスライスしたレモンをカップにいれた。アールグレイの透明感のある濃茶褐色が薄まっていく……
「レモンティーって、きれいよね。風味は全然、変わっちゃうけど……色の変化が」
バイロンが特に意味もなくそう言うとマーベリックが怪訝な表情を浮かべた。
「アナベル、二ノ妃、ギャラリーの主催者……そしてトネリアからの金の流れ……」
マーベリックはさらに思考を深くした、
「ギャラリーの主催者は鉄仮面の率いる賊の関係者だ。その人物がアナベルと二ノ妃をつないでいる……」
マーベリックがそう漏らすとバイロンが思い出したように発言した。
「たしか、アナベルは『お頭は裏切れない』とか……なんとか……」
語尾が不明瞭ではっきりとは聞き取れなかったが、バイロンはアナベルの言動を思い起こした。
「アナベルの言うお頭とは……鉄仮面のことか……」
ゴンザレスは気を利かせて便箋に人物関係を掻きだした。
「三ノ妃を拉致した鉄仮面の一味は二ノ妃とアナベルとのつながりもある……あいつらは『計画』を立てている……その頭は鉄仮面……」
ゴンザレスがそう言うと突然にマーベリックが振り向いて声をはり上げた。
「そこにいるんだろ、レイ?」
マーベリックが声を上げると入口のドアがギギッと音を立てた。
「話は聞いていたんだろ?」
マーベリックがそう言うと銀髪をマッシュルームカットにしたレイが何とも言えない笑みをこぼした。
「なかなか、おもしろい話だな~」
レイがそう言うとマーベリックがにらんだ。
「まあ、そんな怖い目をスンナって……」
レイはそう言うとトネリアの旗がはためく倉庫に関してふれた。
「三ノ妃の行方を探る上で、あの倉庫を見張っていたんだ……そしたら」
レイは人差し指を立てて思わせぶりなアクションとった。
「積荷が運び込まれてきた……なんだと思う?」
さすがにゴンザレスもマーベリックも見当がつかない……その様子を察したレイが意気揚々と発言した。
「馬だよ……2頭の馬」
馬という単語を耳にしたマーベリックの脳裏でいままで点であった事象がつながりを持つと線となった。
「どうやら、ただの競馬会では終わりそうにないな」
マーベリックはそう言うと立ち上がった、そしてフロックコートを身にまとった。
「面白いことになりそうだ」
そう言ったマーベリックは一同を見回した。その眼はすでに新たな一手が生まれたことを示唆していた。
マーベリックの隠れ家で情報交換したバイロン達ですがアナベルの組んだ相手が鉄仮面の率いる賊であったことに気づかされます。さらに彼らは競馬会に絡む様相をもみせているようです……
さて、この後 物語はどうなるのでしょうか?




