第二十四話
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ベアーはルナが戻ってこないことに困り果てた、どこを探してもいないのである。
『どうしよう、どこに行ったんだろ……』
ベアーは行き違いもあると思い、もう一度3階から探しなおした。
『駄目だ……いない』
そう思って1階に降りると、奥の通路から群青色のローブを着た集団が歩いてきた。
『何だ、この人たちは……』
ベアーがその数に圧倒され、立ち尽くしていると一人の女が声をかけた。茶色の髪にソバージュがかかっている。
「ここは関係者以外、立ち入り禁止ですよ」
ベアーはとりあえず『お兄ちゃんプレイ』でかわすことにした。
「あの、妹が……間違ってここに入ってしまったんですけど」
「妹さんが?」
「はい、10歳くらいで赤毛の女の子です。」
女は顎に手をやった。
「見てないわね……」
女はそう言うと集団に声をかけた。
「皆さん、10歳くらいの女の子を見かけましたか?」
集団の人々は顔を見合わせると皆『ない』と首を横に振った。
「外に出たんじゃないんですか、もしくは先に帰ったとか」
ベアーは入り口で待ち合わせる約束をしたので『そんなことはない』とおもった。
「もしこの辺りにいて見つかったら連絡してあげますよ、今は時間がないのでお引き取りください。」
ソバージュの女はつっけんどんに言ったが、勝手に入ったベアーとしてはソバージュ女の言うことを聞かざるを得ない……しぶしぶ建物から出た。
*
『ルナはこの近くにいるはずだ』
ベアーはとりあえず、建物周辺を捜索した。だが時間が過ぎるだけで手掛かりは微塵も見つからない。
『駄目だ、やっぱり建物の中だ』
ベアーはそう思い入り口に近づいた。だが入口は屈強な男の信者が固めていて内側に入るのはかなり厳しそうだ。
『どうしよう……』
ベアーはどうするか考えた。
『そうだ、あの若はげの治安維持官に相談しよう、そうすれば何とかなるかも』
ベアーはそう思いつくと治安維持官がいる詰所に向かうことにした。
*
詰所の受付に行くとすぐに若禿が出てきた。
「君か、どうしたんだ?」
ベアーは『群青の館』に入った所、ルナが消えたことを話した。
「どうしてあそこに入ったんだ?」
「マーサさんが入っていったんです」
「マーサ?」
「あっ、うちのおかみさんの妹です」
ベアーは若禿に状況を説明した。
「ルナの捜索をしてください、お願いします。」
若禿は難しい顔をした。
「ベアー君、あそこはちょっとやりづらいんだ……」
「えっ?」
そう言うと若禿は宗教団体の捜査がむずかしいことを語った。
「治外法権のようなことこがあってね、宗教団体は治安維持官でも幹部のサインがないと入れない仕組みになっているんだ。」
「そんな……」
「確実な証拠か証言がないと動けない。それに君の話だとルナちゃんは不法侵入になってしまう、かりにそこにルナちゃんがいても法を犯した人間の捜査は難しい。」
ベアーは沈黙した。
「上司には掛け合ってみるが、あまりいい返事はできない。」
そう言うと若禿はベアーに帰るように促した。
*
ルナが気づくとそこは複数の子供たちがいた牢の中だった。
『駄目だ、頭がクラクラする。』
ソバージュの女につかまった時、妙な匂いのするハンカチを押し当てられたのを思い出した。
ルナは深呼吸すると平静を取り戻そうとした。何度か深呼吸を繰り返すと少しずつだが頭の中の靄がとれていった。
そんな時であった、一人の亜人の女子が近づいてきた。
「あなた、ひょっとして、まともなの?」
亜人の女子はルナに尋ねた。
「頭はまだはっきりしないけど……まあまあね……」
ルナが力なく答えると亜人の娘はシクシクと泣きだした。
「初めてなの、ここにきて普通の会話ができたのが」
ルナはその様子を見て相当まずい状態に陥っていることを察した。
*
ルナは亜人の娘を見た。肌の黒い、目のクリクリしたかわいらしい女子だった。
「あんた名前は?」
「私はジャスミン、シェルターにいたんだけど……」
「えっ?」
ルナはまさかと思った。
「あんた、ひょっとしてロバの世話をしてたんじゃないの?」
「そうよ、シェルターでロバにエサをやってブラッシングしてたわ」
ルナはベアーの話していたことを思い出した。
「私、メアリーがシェルターの食費を誤魔化してるのに気付いたの。……そしたら夜中に叩き起こされて……ここに……」
「メアリーって?」
「シェルターの管理人よ」
「もしかして、あのメガネ女?」
泣きながら治安維持官の事情聴取を受けていた管理人の姿がルナの目に浮かんだ。
ジャスミンはコクリと頷いた。
「やっぱり、あれは演技か、あのくそメガネ!」
ルナは自分の勘があたったことにいまさらながら気づいた。
「ジャスミン、ここのこと教えてくれる!」
ルナは涙をいっぱいにためたジャスミンを見ると手を取った。
「泣いてても意味ないわよ、二人で何とか逃げましょう!!」
ジャスミンは引きつった顔で頷いた。
*
治安維持官に捜査ができないことを告げられたベアーは途方に暮れた。法律に明るいバーリック牧場の老婆がいればアドバイスももらえるだろうが、そうした知恵のある人間は今はいない。
『どうしたらいいんだ……』
ベアーは自問自答した。
『助けてくれるかどうかはわからないけど、お願いするしかない』
ベアーはそう思い立つと足をビーチの方に向けた。
*
ジャスミンはルナに近づくと小声で話し始めた。
「ここの食事を食べると頭がおかしくなるの、でも食べ慣れると、段々それなしではいられなくなって……」
ジャスミンは地下牢に連れてこられてからの生活をルナに説明した。
「なるほど、食事にね……」
ルナは『暗示』ではなく『クスリ』を使っていることにきずいた。
「少しだけなら大丈夫だけど……でもお腹が空いちゃうと食べちゃうし」
「食事は出来るだけ取らないようにした方がいいわね。」
ジャスミンはシクシクと泣き出した。
「ジャスミン泣いても意味がないわよ、何か方法を探さなくちゃ」
そんな時である、らせん階段から二人の男が降りてきた。群青色のローブを身にまとっている、フードを目深にかぶっているので顔は確認できない。
「そろそろ、ここのガキどもともお別れだな」
「そうだな」
「来週、異国に売っぱらうんだってよ」
「でも、どうやってガキどもを運ぶんだ?」
「陸路じゃばれるからな、船じゃねぇの」
「船も積み荷の検査はあるだろう?」
「なんでも特別な船に乗っけるんだってよ」
「そうなのか」
二人はそんな会話をすませると手にしていた銅鑼のようなものを叩いた。どうやら食事の合図のようである。二人は檻のカギを開けた。戸口が開くと子供たちは夢遊病者のようにして檻を出た。
『これは人身売買ね、新興宗教を噛ませた……』
ルナは想像以上のあくどい連中に反吐が出たが、魔封じの腕輪をつけられた状態ではいかんともしがたかった。




