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第十五話

東京は暑いです……これ夏じゃん……

24

いつものようにアールグレイの芳香をさせた部屋にバイロンが入ると、マーベリックは落ち着いた様子でティーポットに湯を注いでいた。


「そろそろ来るのではないかと思っていた」


マーベリックは意味ありげにそう言うとバイロンに椅子をすすめた。


バイロンはドカッと音を立てて座るとジェスチャーを交えて第四宮の現状を説明した。



「かくかくしかじかよ!」



 アナベルのもたらした変化を時系列にそってバイロンが述べるとマーベリックは紅茶をバイロンに出してから沈思した。


「なるほど、トネリアの付け届けが想像を絶するものだったということか……」


 パネリ宝石の品がトネリアから送られてくるという事実はマーベリックにとっても小さな驚きがあった。


「付け届けに宝石なんて、やりすぎよね!!」


バイロンは鼻をフガフガさせながら続けた。


「ダリスの貴族たちは貴金属を送ってきてるけど……そんなにいいものじゃないわ……錫の腕輪とか銅製のカチューシャとか……キラキラはついてない!」


 一方、アナベルの目録に書いてあったパネリ宝石店の品々は明らかに『ジュエル』がついていることが想起される……



「ルビーとかサファイアとか……ふざけてると思わない!!!」



マーベリックはルビーという単語を耳にするとつぶっていたその眼を瞬かせた。



「どうやら、トネリアの買収の仕方は尋常ではないな……」



マーベリックはそう言うと競馬界における談合の本質に触れた。



「正直に言うとダリスの貴族と富裕層が癒着しようとも我々は構わんのだ……たとえそこに談合があったとしても悪質でなければ問題ない。ダリスの安全保障に関係さえなければな。競馬がたとえ出来レースであったとしても看過できる。」


マーベリックはそう言ったが、その眼の色が変わった。


「だが、トネリアのエージェントであるアナベルが第四宮のメイドたちを高級品を用いて懐柔する姿勢は行き過ぎている。つまり競馬界におけるトネリアの動きは尋常ではないということだ。」


その見解を聞いたバイロンはアナベルの言動を思い出した。


「アナベルはトネリアの馬が2頭出走するって……」


それに対してマーベリックが答えた。


「トネリアの馬がゲストとして出走するのは珍しいことではない。だが、宝石を用いるとなると……どうしてもレースの情報が欲しいのだろうな……」


疑問を持ったマーベリックは再び沈思した。


「二ノ妃とアナベルの関係は?」


尋ねられたバイロンは言葉を濁した。


「アナベルは二ノ妃様の専属だから……あの二人がどんな会話をしているかきちんと把握できていない……」


 バイロンはリンジーとともに日報を読んでアナベルの行動を把握はしていたが、二ノ妃との具体的な会話に関しては別であった。


「なるほど……その点は留意せねばならんな……」


マーベリックがそう言うとバイロンがマーベリックに尋ねた、


「ところで三ノ妃様を襲った連中はどうなってんの?」


尋ねられたマーベリックは渋い表情をみせた。


「居所はわかったが……手が出せん」


マーベリックは簡潔に結論を述べた。


「一筋縄ではいかんのだ」


 マーベリックはそう言うと俯いて人差し指と親指を顎に当てた。どうやら現状を打破するための策はないようである。


バイロンはその様子を観ると話題を変えることにした。


「……腕の傷はどうなの?」


マーベリックは腕を動かすと改善した様子を見せた。


「悪くない、お前のおかげだ」


 マーベリックはそう言って席を立つと、隣の部屋に向かった。そして間をおかずして戻ってくると小さな木製の箱を持ってきた。


「開けてみろ」


 言われたバイロンが素直に従うとそこには不可思議な陶器が先端についた根付と思しきモノが入っているではないか、



「手当の礼だ。」



マーベリックがそう言うとバイロンは断ろうとした。


「別にお礼が欲しいわけじゃないわ」


バイロンが返そうとすると、マーベリックはフフッと笑った。


「身を守るモノになる、とっておけ。」


バイロンは意味が変わらず首をかしげたが、マーベリックはそのあと何も言わなかった。



25

バイロンが帰るとマーベリックはフロックコートを身に着けて街の雑踏へと足を運んだ。その足取りは軽いとも重いともいえぬものである……


『どの程度の情報を奴らが持ってくるか……』


 マーベリックは広域捜査官のジェンキンスがいかなる動きを見せてくるか見定めようと考えていた、そしてそのために相手の指定した場所へと赴こうとしていた……


                                *


 マーベリックが向かったのは大衆居酒屋である。都では有名なところで支店も含めれば10軒ほどの支店が商いしている。つまみの豊富なところで揚げ鳥や煮込みが人気になっている店だ。


 マーベリックはその中でも平民が足しげく訪れる『癒し』という店にその足を踏み入れた。2階建て、木造建築の店だが一階はすでに満杯で酒飲みたちが声を上げていた。


 マーベリックはそれを横目にして従業員専用の扉から2階に通じる階段をタタッと上った、そして正面にあるドアを引いて中に入った、


                                *


 中は小部屋であるがすでに先客がいた、26,7の女と頭髪の薄くなった男である。どちらも町人服を身に着けている。


「ジェンキンスの使いか?」


マーベリックが言うと女のほうが声を上げた。


「スターリングといいます、副隊長からこの事案に関して責任を持つように仰せつかっています。」


 スターリングが自己紹介すると、隣に座っていた頭髪の乏しい男がカルロスと名乗った。薄い部分がカンテラに照らされるとなんともいえない哀愁が漂う……


「お二人とも若そうだが……」


マーベリックが揶揄するとスターリングがそれに応えた。


「あなたも年を取っているように見えませんが……」


切り返されたマーベリックはスターリングの言動を無視して二人を値踏みした、



『こいつらでは力不足だな……』



マーベリックはそう判断すると座ることなく立ち去ろうとした、


だが、それを見透かしたようにスターリングの声が飛んだ。



「腕の傷はいかがです?」



 スターリングの物言いは中傷するようないやらしさがある……まるでマーベリックの失態をあざ笑うかのようである。


それに対してマーベリックが答えた。



「お前たちはあの男の恐ろしさを知らんだろう、せいぜい気を付けるんだな。奴は広域捜査官といえども恐れることはない。」



マーベリックが悪態をついて鉄仮面について触れるとすかさずスターリングが答えた。



「被害を受けたのはあなただけじゃないわ!」



その物言いは鬼気迫るものがある……隣にいたカルロスが口を開いた。



「我々はゴルダで鉄仮面と対峙して、その恐ろしさを嫌というほど知らされました。あなた以上にね」



 スターリングとカルロスはゴルダで生じた白金強奪事件に深くかかわっていた、その結果、広域捜査官として厳しい修羅場を経験していた。



マーベリックはカルロスとスターリングの真摯な表情を見るとため息をついた。



「わかった、情報交換だ」



こうしてマーベリックは二人の広域捜査官とそれぞれの持つ調べたことをバーターするに至った。




バイロンは状況をマーベリックに報告して現状を打開しようとしますが、なかなかうまくいかないようです。


一方、マーベリックは天敵である広域捜査官と組むことにしたわけですが……なんと、スターリングとカルロスというメンツが出てきました……果たして彼らとの関係はうまくいくのでしょうか?

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