第十四話
今日は涼しい~
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リンジーとバイロンの考え抜いた≪付け届けを一時預かりにして、競馬会が終わった後にパックンチョしましょう大作戦!≫は他のメイドたちにすぐさま伝播した。それというのもバイロンが子分であるマールを使ってその情報を広めたためである。
『エリーさんに対する一件はアナベルさんに対して配慮しすぎだと思ったけど……』
『付け届けを私たちに配るっていうんだったら……』
『案外悪くないかもよね~』
メイドたちは新たに運び込まれる付け届けの内容をちらりと見ると値踏みしだした。
『バルビンの焼き菓子は庶民には食べられない……』
『二ノ妃さまご用達のお菓子……』
『超おいしいらしわね……』
メイドたちは休憩時間になると、宮長室の空いたドアのスペースから運び込まれた品々をのぞき見した。
『ブローチとかイヤリングもあるわ……』
『えっ……貴金属?』
『換金もできるじゃん!』
第四宮のメイドたちは一時預かりされた品々を目ざとく値踏みすると、想像力豊かな発想を見せた。
『宮長のリンジーさんはにらみがきかないと思っていたけど……競馬会のあとに付け届けを配るっていうんだったらね……』
『まあ、悪くないわね……』
『もらってあげても……いいかもね』
ベテランメイドたちの中にはエリーとアナベルが不仲になっていることを揶揄する者もいたが、目の前にある付け届けの品々を見た彼女たちは『人参を鼻先にぶら下げられた馬』のような状態になっている……
『今回の競馬会はリンジーとバイロンの指示をきちんとこなすことも悪くないかも……』
彼女たちはそんな結論に至っていた……
*
一方、バイロンとリンジーは状況を見定めると、送り付けられた品々の目録を造ってメイドたちにわかるように演出した。食堂の一番目立つところに張り付けたのである。
『目に見える形でニンジンをぶら下げたほうが、彼女たちも働くわ』
競馬会という未知の経験を乗り越えるためには経験値のあるベテランメイドの求心力を高めねばならない。そのためには競馬会が終わった後に『公明正大に付け届けを配る』という作業を可視化したほうが良いと考えたのだ。
そして、この方針は功を奏する。
アナベルのもたらした風が反転し始めたのである。
*
一方、アナベルは第四宮の変化に目ざとく気づいていた。
『意外とやるじゃない』
権謀術数の渦巻くトネリアの王室の中で若干28歳という年齢で『王族付』まで出世した経歴の持ち主はバイロンとリンジーの一時預かりという作戦に一目置いた。
『目録を使って付け届けを目に見える形にする……さほどの給料をもらっていないダリスのメイドであれば飛びつくのは無理もない。そのあたりを鑑みたやり方か』
しかしながらアナベルはバイロンたちの作戦を小ばかにするような微笑を見せた。
『ダリスの付け届けはこの程度か……乏しいわ』
アナベルは心中そうもらすと何食わぬ顔で書き物に目を落とした。
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バイロンとリンジーは業務にいそしんでいたが、明らかにベテランの視線が柔らかくなっていた。二人の失態を見つけてマイラに報告しようとする輩もかつてはいたが、今はすでにそのうわさも聞かない。
『……うまくいってる……』
二人は戦略が功を奏していることに気を良くした。
「やっぱり物品は強いわよね~、バルビンの焼き菓子さまさまよ!」
リンジーがそう言うとバイロンもそれにうなずいた。
「ほかにもブローチとかカチューシャとかいろいろあるから……みんな眼が血走ってるわ」
宮長室のドアに張り出された物品の目録をみたメイドたちは鼻息を荒くしていた。高い賃金をもらっているわけではないので付け届けを配られることに胸を高鳴らせていた。
「さっき、経済産業大臣の私設秘書が来たわ……また付け届けを送るって……」
続々と付け届けの品々が運ばれてくる……
「宮長室にもう入りきらないくらいになってる……」
リンジーが嬉しそうに言うとバイロンもニンマリした。そこには競馬会が終わった後のことが想起されている……
『分けるの……愉しみ~~』
だが、そんな思いを打ち砕く事態がこの後、間をおかずしてやってきたのである。
*
凶報をもたらしたのはマールであった。
バイロンに頭突きを食らって調教されたマールは一の子分としてバイロンに仕えていたが、彼女のもたらした内容はバイロンたちにとって唖然とするものであった。
「こちらです、宮長、副宮長!!」
バイロンとリンジーはマールの先導の下にすぐさまメイドたちの集まる食堂に向かった。だが……そこには画用紙をチャートにしてあしらった目録が張り出されていた。それもバイロンとリンジーの作った目録の隣にである。
これ見よがしとは言ったものだが、まさにその通りの図式だ……
『……アナベル……やりやがったな……』
そしてそのチャートの頭の部分には以下のように記されていた。
≪競馬会におけるトネリアからの贈答品≫
トネリアから付け届けが送られてくるようで……チャートには送られてくる物品、その製造業者、そして日付などが事細かに記されていた。そしてその中でもとりわけ目を引いたのはパネリ貴金属店と記された部分であった。
『パネリ貴金属店……あれってトネリアで一番大きな宝石商……』
地理や歴史を習った者なら誰でも知っている宝石商の名前である。そのきらびやかな世界を世の中に知らしめた最古参の老舗である。扱う品の数、品質、抱える顧客、どの点から眺めても世界最高の宝石商である。
ダリスの宝石商もそのほとんどがパネリで修行してからダリスに戻ってくる――パネリで修行したという肩書がなければこの世界では箔がつかないのだ……
「鉱山を自ら所有している……世界最強のブランド……どの宝石業者も太刀打ちできない…それがパネリ」
リンジーがそう漏らすとタイミングを見計らったかのようにしてアナベルが二人のところにやってきた。
「空いたスペースがそこしかなかったので、隣に掲示物を張らせていただきました。」
アナベルはおしとやかにそう言った。だが、そこには付け届けの格の違いを見せるトネリア王室付のメイドの威厳がある。
『……マジかよ……』
バイロンは付け届けの格の違いを見せつけられて卒倒しそうになったが、なんとか平静を装った。
「付け届けは違法になりますので……」
バイロンが乾いた口調で述べるとアナベルが同じく淡々とした口調で答えた。
「トネリアからの物品も一時預かりでございます」
アナベルの言葉を耳にしたメイドたちはいかんともしがたい表情を浮かべた。そこにはトネリアからの物品をもらえるのではないかという期待がある……
「来週、執事長との会合がございますよね……そのとき競馬会のことについていろいろと取り決めたいと考えております。この物品に関しても」
アナベルはそう言うとリンジーとバイロンに対して不敵な笑みを見せた。
『こりゃ、勝ち目がないぞ……』
そう思ったバイロンの脳裏に浮かんだのはマーベリックの顔であった。
『……相談しないと……』
そう思った、バイロンはリンジーにアイコンタクトして断ると、その場を直ぐさま離れた。
そして競走馬さえもしのぐスピードでゲートを飛び出ると、マーベリックのいる骨董屋にむけて疾走していた。
付け届けを配ってベテランをコントロールしようとしたバイロン達でしたが……なんとアナベルも同じ戦略をとってきました、おまけにアナベルは宝石をぶっこんでくるようです……
はたしてバイロンはこの後どうするのでしょう?




