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第十三話

暑いです……東京は5月なのに夏です……

21

マーベリックが赴いたのはホテル ミドガルズの一室である。


 ミドガルズは20年ほど前に建てられた新参のホテルだが、その設備は充実していて老若男女が楽しめるようになっていた。レストランやバーだけでなく小劇場も完備されており、上層階は貴族用に下層階は平民が分かれて滞在できるように建設されていた。


 だが、ミドガルズの実態は滞在や食事を楽しむだけのものではなかった。その4階の一室が広域捜査官のセーフハウスとなっていたのである。


 セーフハウスとはミッションに入った広域捜査官が秘密裏に身を置くための場所である。とくにアンダーカバーとしての潜入捜査を行う捜査官のためにあるといっていい。


マーベリックはその一室に足をふみいれていた。


                                 *


「レイドルの犬がここを嗅ぎつけてくるとはな」


 嫌らしく話しかけてきたのは広域捜査官のナンバー5ともいうべき幹部の男である。年は30代中頃で広域捜査官の中では切れ者といわれている。無精ひげを蓄えた男はマーベリックをねめつけた。


「お前たちが暗躍したことでこちらが潰された案件は少なくない。正直、敵対勢力だと判断している」


マーベリックはそう言われると何食わぬ顔を見せた。


「そうだな、無能な奴らならそう判断するだろう」


マーベリックは執事の振る舞いで答えた。


「お前たちは無能な官憲なのか?」


 マーベリックが揶揄する否やであった、後ろのドアに控えていた捜査官の一人が不快な表情を浮かべてマーべリックの胸ぐらをつかもうとした。そこには多少の荒事も厭わぬオーラがある。


 マーベリックはそれをいちはやく感じるとすばやく体を入れ替えて捜査官をいなした。そして、すれ違いざまに腕を取っていた。


 次の瞬間、捜査官は背中からドスンと音を立てて絨毯に落ちた、見事な一本背負いである……捜査官は無様な体をさらした。


投げられた捜査官は恥をかかされたと思うと甚だ遺憾な表情を見せた。



「貴様!!」



 立ち上がったエリート意識の高い広域捜査官は怒髪天の表情を見せてマーベリックに襲いかかろうとした。



だが、そのときである、



「やめい!!」



 怒号が飛んだ、さきほどの上司が発したものである。その眼には怒りとは異なる妙に冷え冷えとした冷徹さがあふれている。



「激情に駆られて、我を失うのは広域捜査官としては失格だぞ。アンダーカバーとしてミッションに支障をきたす!」



上司はそう言うと投げ飛ばされた捜査官に部屋から出ていくように示唆した。


 若い捜査官は不快な表情を一瞬見せたが、上司であるジェンキンスの視線を浴びると歯を食いしばって指示通りにした。


                                *


「目で殺すか――賢明な判断だな」


マーベリックが言うと上司である捜査官がマーベリックをにらんだ。


「捜査官をカタワにされても困るからな、お前たちは容赦がない」


 上司であるジェンキンスは部下を投げ飛ばしたマーベリックの次の行動を読んでいた。懐にしまわれた短刀の存在に気付いていたのである。


「捜査官が手傷をおえばこちらのミッションが遂行できん……お前たちとは考え方が違うのだよ」


ジェンキンスは嫌味にそう言うとマーベリックに用件を話すように言った。


                                 *


ジェンキンスに促されたマーベリックは捜査協力の方針を打ち出した。


「お前たちに必要な情報をこちらが提供する。そのかわり、そちらの知り得た情報を流してほしい。」


それにたいしてジェンキンスは鼻でわらった。


「我々は広域捜査官だ。アンダーカバーというミッションはあるが、お前たちのような『獣』とはくまんよ。」


ジェンキンスが拒否する姿勢を見せるとマーベリックが残念そうな表情を見せた。



「そうか……では、この前生じた三ノ妃失踪についての情報はいらんということか……」



それに対してジェンキンスは居丈高になった。



「我々とて、三ノ妃が館から拉致されたことぐらいはすでにつかんでいる、近衛隊の連中が蹴散らされたこともな!」



ジェンキンスがそう言うとマーベリックが淡々と答えた。



「ならばその下手人とその居所もわかっているのだろうな?」



 マーベリックがそう言うとジェンキンスはその表情をとたんに変えた。何やら苦々しい思いがあるらしい。



「部下が捜査を失敗したのか?」



マーベリックが図星をつくとジェンキンスは立ち上がって、窓のほうに向かった。



「手傷を負わされた……賊を追っていた捜査官が半身不随にされた……」



 忸怩たる思いがあるのだろう、ジェンキンスの表情は昏い……それを見たマーベリックは自らの腕の傷を見せた。包帯でまかれた部位からはうすく血が滲んでいる。



「こちらも手傷は追っている……危うく死ぬところだった」



マーベリックは矢継ぎ早に問いかけた。



「どうする、組むか……組まないのか?」



選択権をマーベリックが与えるとジェンキンスが試すような口ぶりをみせた。



「我々も三ノ妃様を拉致した下手人には目星がついている……お前の調べた内容と合致するか否かで判断する」



ジェンキンスがそう言うとマーベリックは何食わぬ顔で下手人について語った。


「ゴルダで起こった白金の強奪事件に端を発し、その白金をトネリアで紙幣と交換、そして三ノ妃を拉致した賊はミル工場を根城にしていた。だが、そこから姿を消す……」


言われたジェンキンスは眉をひそめた。


「トネリアに海路で向かったという話は耳にしている……」


マーベリックは人差し指を立てて横に振った、どうやら違うという意味らしい……


「奴らは、ダリスに戻ってきているのか?」


ジェンキンスがそう言うとマーベリックがおもむろに頷いた。


「これ以上の情報が欲しければ、組むか、否かを決めるんだな」


 言われたジェンキンスは不快な表情を浮かべたが賊がダリスにいるという事実を認識するとその表情を変えた。



『国内ならば賊の身柄を確保できる……』



そう思ったジェンキンスは執務机に戻ると便箋と筆を出した。



「サインしろ、この事案に関して情報協力はやぶさかではない」



マーベリックはにやりと笑うといつもと変わらぬ執事の表情で便箋にサインした。




広域捜査官のセーフハウスに乗り込んだマーベリックは捜査協力の方針を打ち立てます。

三ノ妃を拉致した賊の情報交換を行うようです。


さて、このあといかに……

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