第十二話
19
身をやつした三ノ妃は建設途中の倉庫の中で富裕な商人の体を成した男と会話にいそしんでいた。
「お前たちの意図を聞きたい」
言われた男はかしこまると計画を話し出した。
「あなたさまのお力を借りて我々は大海を渡っていこうと考えています。」
鉄仮面の手下である盗賊アガリの男がそう言うと三ノ妃はフフッと笑った。
「言葉尻を合わせても、過去の影は消えないもの……お前たちがまともでないのはオミトオシじゃ…」
三ノ妃は嫌みに言うと工事現場にたなびく旗を見た。
「トネリアの国旗じゃ……ここで他国の旗がなびくのはありえない……どうしてじゃ?」
尋ねられた男は言葉に窮した、その表情は苦虫をつぶしたようである……
「ダリスでは外国人の土地の私有は認めていない。だが、ここはトネリアの私有地のようじゃ……」
三ノ妃は悪徳な笑みを浮かべた。
「お前たちの計画は?」
男は押し黙った、
「話す気がないのか、計画を知らされていないのか……どちらじゃ?」
三ノ妃は男を試すように言った、その声色には無能なものをこき下ろして侮蔑することさえ厭わぬものがある。権力を持つ上位者が下位者を嬲る様子がそこにはある。
「妾はお前たちのおもちゃではない。こちらの意図を貫徹するうえで、計画が実現可能か否かを判断せねばならない。下賤の者の浅知恵で誤魔化せるとは思うなよ」
押し黙った男は不快な表情をみせた、
『……この女狐が……』
男は額に青筋を浮かべた、そこには怒りが滲んでいる。
『……腐れビッチが……』
男がそんな風に思った時である、いずこからともなく鉄仮面がやってきた。二人はその気配を感じられなかったために怪訝な表情を浮かべた。
「さすが三ノ妃さま、鋭い勘をお持ちで」
そう言った鉄仮面は手下である男に下がるように合図した。
「我々の考えも述べねばなりません、いろいろと」
鉄仮面がそう言うと三ノ妃が身を乗り出した。
「再びマルスを帝位につけることが妾の目的じゃ、それが成し遂げられないというのであれば、お前たちには用はない。賊の計画などに興味はない。」
決然として三ノ妃が述べると鉄仮面はフォフォツと笑った。相変わらずくぐもった声である。だがそこには現状を愉快に眺める余裕さえ感じられる。
「何がおかしいのじゃ!」
三ノ妃が食って掛かると鉄仮面は三ノ妃に近寄ってその腰に手をまわした。
「マルス様をこの国の帝位につけることは簡単ではありません。手順を踏まねば無理でしょう」
鉄仮面は静かに続けた、
「まずは軍資金、これを集めねばなりません。」
言われた三ノ妃は沈黙した……軍資金という単語に反応している。
「金の都合はついているのか?」
三ノ妃が尋ねると鉄仮面はうなずいた。
「ええ、もちろん」
鉄仮面がそう言うと三ノ妃が怪しんだ。
「妾の身代金程度でマルスを玉座につけられるとはおもわんぞ」
三ノ妃は打ち捨てられた自分のために一ノ妃が金を出すとは考えていなかった。むしろ黙殺すると考えていた。
「この建設中の倉庫にはトネリアの国旗がたなびいている……外交案件として処理するつもりなのか?」
それに対して鉄仮面は素直に答えた。
「外交は歯車の一つです」
それに対して三ノ妃がさらに食って掛かった、
「お前の話は先が見えん!」
怒りをにじませると、鉄仮面が淡々と答えた。
「ええ、そうでしょうね。」
慇懃無礼とはこのことであろう、だが、三ノ妃は鉄仮面の放つ雰囲気に気圧された。
『こやつは、何を考えているのじゃ……』
三ノ妃が化け物を見るような表情を見せると鉄仮面が口を開いた。
「そろそろ、物資が届くころです」
鉄仮面がそう言うや否やであった、建設途中の倉庫の入り口に周りを隙間なく囲んだ大きな荷車をひかせた馬が到着した。4頭立ての馬が運んでいる荷は横幅が5m、縦7m、高さ2mを超す長大なものである。囚人の護送車の2倍はあろう……
「あれが我々の切り札です」
馬車が運んできた木製のコンテナには窓がついていて、三ノ妃はそこに足早に近寄った。
「なんじゃ、これは……」
思わず声が出た、なぜなら木製のコンテナの中身が想定外だったからだ。
「……馬じゃと……」
鉄仮面は驚く三ノ妃を見ると相も変らぬくぐもった声で反応した。
「これが、我々の金のなる木です。」
20
マーベリックは外交事案としてトネリアの国旗のたなびいていた倉庫に関して調べていたが、厄介なことが分かった。
『……合法か……』
外務大臣やその秘書官、そしてその取り巻きまで調べてみたが、おかしな動きがなかったのである。
『トネリアサイドも問題なさそうだな』
マーベリックはレイドル侯爵の知己を使って倉庫建設に関わる外交文書を手に入れていたが、その内容を吟味してもおかしな点はなかった。寒村に建てられた倉庫にはトネリアの国旗がたなびいていたが、それは合法的に処理されたものだったのである。
『これはいかんともしがたい……』
問題点を見つけることができれば、レイドル侯爵に報告して貴族同士のけじめのとらせ方も可能である、取引もあれば弱みを握っての恐喝も……
だが不幸なことに書類上ではそれらを可能にするような不備はみじんもない。関係者のとった手続きは完璧であった。
マーベリックは困った表情を見せたが、その脳裏にゴンザレスの言っていたことが浮かび上がった。
『……コインの表と裏か……』
マーベリックは沈思した。
『こちらは手数が心もとない。第四宮におけるアナベルと二ノ妃の関係も調べねばならん……となれば、奴らの持つ捜査網は価値がある。ならば、からめ手からではなく、表から堂々と行くこともある』
マーベリックはそう思うとスタッと立ち上がった。
三ノ妃のいる倉庫に物資が運ばれてきました、どうやら馬のようです……これが金に化けるらしい……
一方、マーベリックは捜査に人手が足りないために、とある所に赴く元になりました……マーベリックはどこに向かったのでしょうか?




