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第二十三話

20

 翌日からは堅実な日々を送るべく女店主は節約にいそしんだ。異常に厳しい叱咤にベアーとルナはたじろいだ。


「どうしたの、おかみさん。なんかブチ切れてるよ?」


「昨日の『カブ』で……」


「負けたんでしょ、わかってるよ。」


ベアーがそう言うとルナは厳しい顔で頷いた。


「で、どのくらい負けたの」


「3……」


ルナは指を3本たてると口を開いた


「売り上げの3か月分……」


「それヤバいんじゃないの……」


ベアーが女店主を見るとその目は血走っていた。


『なるほど……こりゃ……どうにもならんわ……』


ベアーとルナは女店主の怒号を浴びながらランチタイムと格闘することになった。


                                *


 日曜が訪れるとベアーはいつものようにロイドの家を訪ねた。ロイドは朗らかな顔を見せると二人を招いた。


「さあ、入ってくれたまえ、今日はいつもと違うスイーツを用意してあるよ。」


ルナの目が煌々と輝いた。


「今日はね、タルトだ。」


ベアーとルナの前に苺がふんだんに盛られたタルトが現れた。外側のクッキー生地、中に入ったカスタードクリーム、そしてゼラチンでコーティングされた苺、見るからにうまそうだ、ルナの目は爛々とした。


『どうしようか、やっぱり言うべきだよな……』


ベアーは一瞬、躊躇したがカジノでパトリックとその母に会ったことを話すことにした。


「ロイドさん、じつは……」


ロイドはベアーの目を見て『何か』を感じ取った。


「書斎の方で治療をお願いしようか、ルナちゃん先に食べて待っててくれるかい」


ルナは元気よく返事をするとフォークを手に取った。


こうして二人はロイドの自室に入った。


                               *


「あの、ロイドさん、実は……」


「気にせず話してくれたまえ」


ベアーは一息つくとカジノで見たことをそのまま話した。


「そうか、そんなことが……」


ロイドは大きく息を吐いた。


「パトリックの母、ソフィアは私が勘当したんだ。あまりに問題があってね……だがパトリックが顔を見せないのは、やはりソフィアが原因か……」


うすうす気づいていたのだろうが、ロイドの顔色はよくない。


「あと、カジノの支配人が支払いの方法で……」


ベアーは言いよどんだ。


「続けてくれ」


「パトリックに何か耳打ちしていました、内容は聞こえませんでしたが最後に、フォーレの力を貸してほしいと言っていました」


 ロイドの目が急に厳しくなった。その目は商人の眼ではなく軍人が戦場で見せるそれであった。


「ベアー君ありがとう。実に有益な情報を知らせてくれて。だが後は身内の問題だ、これから先は気にせんでいい。」


言い終ったロイドの顔は温和な好々爺に戻っていた。


「さあ、みんなでタルトを食べようか。」


ロイドはベアーの肩を抱いて応接間に戻った。


                                *


「超おいしかったね、あのタルト」


「あっ、うん……」


ベアーは微妙な返事をした


「どうかしたの?」


「いや、ロイドさんって実は怖いんじゃないかなって……」


ベアーはロイドが一瞬見せた殺気立った目が忘れられなかった。


「そりゃそうでしょう、海千山千の貿易商よ、それにあの齢ならかなりの事を経験してるはずよ」


ルナは自信たっぷりに答えた。


「初めて会った時に一瞬で私が魔女だってわかったし、腕輪の事も気づいた。普通の商売人じゃないわよ」


ルナの洞察は的を得ていた。


「なかなか、鋭いね」


「当たり前でしょ、あたしこれでも58歳よ」


言われたベアーは『確かに』とおもった。


                                *


 翌日からの3日間は安定した売り上げで、博打に負けて機嫌の悪かった女店主もいつものペースに戻った。


だが仕事は徐々に忙しくなり、そろそろマーサに戻ってきてほしいと思うようになった。


「これだけ働いて、この給料って安いよね」


ルナは口をとがらせた。給料はバーリック牧場とほとんど変わらないので肉体的には割に合わない。


「まあ、でも住み込みだと、これでもいい方だと思うから……」


ベアーも給料が安いので内心ではマーサに戻ってきてほしいと考えていた。


「ところで今日の午後はどうするの?」


「買い物があるから、下町に行こうと思うんだ。」


ルナは買い物と聞いてニヤリとした。女子にとって『買い物』は楽しみの一つであるが、どうやら魔女も人間と同じようだ。


                               *


二人は店の掃除が終わると下町の商店街に向かった。


「ねぇ、ベアー、あの子、見つかると思う?」


ルナはシェルターで失踪した亜人の女子を話題に出した。


「ロイドさんの物言いだと、厳しそうだよね……」


「お金があれば、民間の探偵も雇えるんだろうけど、孤児じゃ、親もいないだろうし……お金なんて払えないだろうしね」


二人がそんな会話をしていると、二人の目によく知る人間の姿が映った。


「あれ、マーサさんじゃない?」


「ほんとだ」


『噂をすれば影』といったものだがまさにその言葉通りの展開であった。


二人は顔を見合わせた。


「どこに行くんだろうね」


ルナはマーサの様子を見て興味津々の表情を浮かべた。


「ちょっと気にならない?」


ルナに言われたベアーは頷いた。


こうして二人は『鉄仮面』ことマーサの後を追うことにした。


                                *


マーサは変わった形の建物の中に入っていった。


「貧乏人が住む集合住宅を改造した感じね」


ルナの物言いは辛辣だが的確である。実際に建物は安普請でところどころ亀裂が入っている。


「そうだね、しっかりした造りとは思えないね」


 ベアーたちは外から建物を眺めてみた。異様なオブジェや窓に張られた変哲なステンドグラスが目に入る。どちらも奇妙とも珍妙とも思えるデザインだった。


「変な感じよね」


ルナに言われたベアーは同意した。


「入ってみようよ」


「えっ?」


「大丈夫だよ、いざとなったら子供の振りをすればいいんだし」


そう言うとルナはズケズケと屋内に足を踏み入れた。


                                *


 屋内は集合住宅の内壁を崩して一つの広い空間になるよう手が加えられていた。形がいびつなため内側は骨組だけで、構造的にもろそうなところはレンガ石で応急処置が施されていた。


「なんか内側も変だね……」


ベアーがそう言うとルナは頷いた。


「なんか宗教めかしいし……」


二人は異様な雰囲気にのまれながらマーサを探した。



「広くて駄目だな……ルナ手分けしよう」


「そうね、じゃあ。私が一階ね」


「OK、二階と三階は俺が見るよ」


こうして二人は二手に分かれることにした。


                                *


 3階まで上りベアーは様子を見まわしたが、特にこれといったことはなかった。雑然と物資が置かれているだけで人影もない……


 一方、同じ頃、ルナは一階の散策をしていた。マーサが見つからないためウロウロしていたが、礼拝所のような空間に行きついた。そこには頭までフードに覆われた群青色のローブに身を包む集団がいた。


「人がいっぱいいる。」


ルナは様子を観察することにした。


                                *


「いいですか、みなさん、皆さんの人生に陰りがあるのはすべてあなたたちの持つ『血の巡り』が悪いからです。この『血の巡り』をよくするためには善行を積むほかありません。ですが現在のように欲望を全面的に肯定する社会では善行を積むことはできないのです。」


壇上の上で長髪の男が弁舌巧みに聴衆に語りかけた。


「善行を積むためには功徳を積むほかありません。無償の労働、弱者への救済、汚れた金銭の魔力を打ち捨て、すべてから解放されるのです。そうすれば自然と功徳が積まれるのです。」


壇上の男が声高らかに謳い上げた。


「今日は、我々の『群青の館』に新たに1人の仲間が加わります。」


男がそう言うと一人の女を聴衆の中から呼んだ、呼ばれた女は壇上に登ると男の隣に立った。


『あれ、マーサさんだ。』


マーサは恥ずかしげに下を向いていた。


『ひょっとしてマーサさん、新興宗教の……』


ルナがその様子を見ていると壇の脇に立っていたソバージュの女と目があった。


『ヤバイ、見られた』


ルナは女の目に尋常ならざるものを感じた。


『逃げなきゃ』


ルナはそう思うとその場を離れた。


                                *


ルナが逃げていると、後ろの通路から人の足音が耳に入った。


『マズイ、隠れなきゃ……』


ルナは近くにあった扉を開けた。


『階段……地下に続いてる、まあいいか……』


ルナは隠れるために地下に向かった。


ルナが扉を開けて階段を下りると、妙なにおいが立ち込めた。


『何だろ、この臭い……』


ルナは壁面に据え付けられたろうそくの明かりを頼りに進んだ。階段はらせん状になっていて下の様子は全くわからなかった。


『取りあえず、降りてみるか……』


 階段を下りた所には明らかに檻と思しきものがあった。それは見世物小屋で動物を入れるものとほぼ同じであった。


『なにこの檻……』


近寄ってみると檻の中に入っているのは動物ではなかった。


『ウソ……ひどい』


中に入れられていたのはなんと子供たちであった。人だけでなく亜人の子供たちもいる。


『この子達、おかしい……普通じゃない』


子供たちの様子は明らかに異様であった、皆一様にトロンとした目をしている。


『これって暗示をかけられてるのかな……』


ルナは話の聞けそうな子を探したが誰一人してまともな子はいなかった。


そんな時である、階段の方から足音が聞こえてきた。ルナは急いで檻近くの木箱の陰に隠れた。


「こっちにいるか?」


「こっちは誰もいないぞ」


「そっちはどうだ?」


3人の男の声が聞こえた。男たちはルナの近くを徘徊しながら様子を探った。


「降りてきてないんじゃないか?」


「そうだな」


「子供なら、これだけ暗ければ入らないだろう」


そう言うと3人の男は再び階段を上っていった。


                                *


3人の男が行くとルナは慎重に階段を上って扉まで進んだ。


『大丈夫かな……』


扉をゆっくり開けて左右を確認する。


『よかった大丈夫だ……』


ルナはホッと胸をなでおろした。


『よし、入り口まで』


ルナは足音を立てないように進んだ。


『あの角を曲がれば入口だ』


そう思って、角を曲がった時だった。ドスンと何かにぶつかり尻餅をついた。


「いたい……」


ルナが見上げると、そこには礼拝堂を覗いていた時に目のあったソバージュ女が立っていた。


「お嬢ちゃん、地下で何を見たの?」


ソバージュの女はとてつもなく邪悪な笑みを浮かべていた。


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