第六話
東京は徐々にコロナがひろまり始めています。
都市圏に住む方々はお気を付けください(特に受験生)
ステーキはなかなかに美味であった。焼き立てということもあるが野性味のあるグレイビーソースが肉を引き立て、宮中で食べていた上品なローストビーフよりもインパクトがある。さらにはニンニクチップがガツンと効いていて食欲を増進させた。
『なかなか、どうして……』
館に幽閉されて便臭の漂う部屋の中でオート―ミールを食していた三ノ妃は肉を頬張ると容赦なくがっついた。
『たまらぬな……』
三ノ妃は夢中になってナイフとフォークを動かした。血の滴りさえもいとおしいい。目の前にあるたんぱく質は彼女の欲していたものである。
『これじゃ、これがわらわに足らぬものじゃ』
三ノ妃は一切の野菜に手を付けずに肉だけを平らげた、その口元はグリスを塗ったようなテカリがある。蒼白かった顔に精気がともり始めた。
「なかなかの食欲ですな」
そう言ったのはいつの間にやら現れた鉄仮面をかぶった人物であった。
「肉を食らうその姿、あなたは生き抜く力を秘めておられる」
鉄仮面は続けた、
「人は他人を食らって生きていく者……他者を犠牲にせねば前に進めぬものでございます。あなたの姿にはそれがありありと窺える」
相も変らぬくぐもった声で言うと三ノ妃がそれを無視して冷徹な目を見せた。
「お前の目的は何じゃ、単なる誘拐とは思えん。たとえ誘拐だとしても私に身代金を払うものはおらんぞ」
三ノ妃がそう言うと鉄仮面はフォフォッと笑った。
「そのようなちんけなものに興味はありません」
鉄仮面はそう言うと三ノ妃を真正面から見据えた。
「この国の未来に興味はありませぬか?」
言われた三ノ妃は怪訝な表情を見せた。
「この国の未来を担うのはお嫌ですか?」
言われた三ノ妃は沈黙した、そこには無益な企みに加担することのリスクに対する熟慮がある。すでにボルト家との企みが水泡に帰したことで、その責め苦を負わされた身となっている……これ以上の失態は身の破滅を導くことになる。
それに対して鉄仮面は穏やかな口調をみせた。
「正当な帝位を継承するべき人間が谷あいの村にある肉屋で働いているのはご存知でしょう」
言われた三ノ妃は顔を上げた、その表情は複雑である。それを覗き込んだ鉄仮面は二の句を告げた。
「次の玉座に座るのは誰がふさわしいのでしょうかね?」
言われた三ノ妃はうつむいていた顔を上げた。
『あの子はまだ生きている……谷あいの村で平民として暮らしていくような血筋ではない……』
そんな考えが脳裏に浮かぶと急にその頬にさらに赤みがさした。
鉄仮面はその表情を見ると心中ほくそ笑んだ。三ノ妃の表情には権力者としての味を覚えた不遜な人間性がにじみ出している。
『この女の欲望は果てない……フフフ』
鉄仮面はそう確信したが突如として頭上を見上げた――そして、何も言わずにその手を動かした。その動作は電光石火である。
11
「しまった」
思わず声を上げたのは天窓から様子を眺めていたマーベリックであった。その腕には深々とナイフが刺さっている。
単独で捜査を開始したマーベリックは三ノ妃の動向をいち早くつかんでミル工場に忍び込んでいたのだ。
だが、その一方、貝殻のような集音器を用いて会話を聞くことに集中していたため、マーベリックの警戒心はなおざりになっていた。
その隙をつかれると鉄仮面の投擲物はマーベリックの腕をとらえていた。
マーベリックは腕の傷を確認することなく次のアクションに移った。
言うまでも無く、逃走である。
『退路はすでに確保してある――問題ないはずだ』
そう思ったマーベリックはミル工場の天窓から離れると配管をつたって踊り場に飛び降りた、そして、馬を止めてある茂みへと走った。
『あと、すこし』
手負いの状態で鉄仮面とやりあって勝てないと判断したマーベリックの動きは実に素早い。無駄な動きなど微塵も見せずに最短距離で茂みを走り抜けていく、軽やかに駆け抜けるその動きは疾風と言って過言でない。
そして、マーベリックには眼には草をはむ馬の姿がとらえられていた。
『……何とかなったな……』
マーベリックはそう思って手綱を取ろうとした。
その刹那である、闇に潜むものとしての勘が働いた。
マーベリックはほぼ無意識に後方へとステップする、
妙な風圧がマーベリックを襲う……
間をおかずして、馬の首がごとりとその場に落ちた……凄まじい血しぶきが茂みに飛び散る。
マーベリックはあたりの様子をうかがうことなく反射的に身をかがめた、
再び烈風とおもえる風圧が頭上をなぐ
「よく避けたな」
そう言ったのは、バリスタの木の後方からにわかに現れた鉄仮面であった。
「勘のいい鼠だ」
鉄仮面はそう言うと剣の切っ先をマーベリックに向けた。
「だが、もう逃げられんぞ。どこの鼠かしらんがここで躯となってもらう」
マーベリックは鉄仮面の語尾を聞かぬうちに8時の方向にステップした、そこには剣の一撃がすでに到達せんとしている。
『はやい、速すぎる!』
今まで幾度となく修羅場をくぐってきたマーベリックは荒事にもそれなりに対処する術を持っている。正直に言えば近衛隊の連中とやりあってもそん色のない格闘術さえも身に着けていた。
だが、しかしである……
目の前で剣を構える鉄仮面には自分の経験など何の役にも立たぬことを知らしめる実力がある。マーベリックの勘はそう告げている……
『……ダメやもしれん……』
そう思ったマーベリックの脳裏にバイロンの顔がちらついた。自分の作った料理を快活に食べる美しい少女の相貌である。闇に潜んだ生き方をしてきたマーベリックが心の安寧を唯一とりもどせる瞬間を与えてくれる人物だ。
『……もう二度とつくれんかもな……あの顔も見られん……』
マーベリックは覚悟した。
そのときである、思わぬ自体が展開した。
なんと、鉄仮面とマーベリックのほうに向かって妙な紙に包まれた石ころが転がってきたのだ。そしてその石ころは二人の間で止まった。
マーベリックは石を包んだ紙を見ると一瞬で判断した、不思議と体が自然に反応する。
一方、石ころからは黙々と煙が湧くようにして出てくる。
マーベリックはそれにかまわずチャンス生かすべく再び走った、先ほどよりもはるかに速い……まさに脱兎である。
「こっちだ!!」
木立の外から声が飛ぶ、マーベリックの眼にのどかな田園が眼に入ると、その脇道からマーベリックと並走するようにして馬を操る人物が現れた。
マーベリックは加速した、そして、タイミングを見計らうと大地をける。宙を舞ったマーベリックが見事に馬の背に着地する。
馬を操っていたのはレイドル侯爵に仕える朋輩のレイであった。
鉄仮面の動向をつかんでミル工場に忍び込んだマーベリックでしたが、逆に鉄仮面により負傷させられてしまいます。ですが朋輩であるレイが突然に現れるとマーベリックの窮地を救いました。
さて、この後どうなるのでしょうか?




