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第三十二話

水分補給はまめに!(以上)

72、

その翌日の夕刻、


 ベアーたちは聖女廟の中央に位置した空間に身を置いていた。広大な部屋の中心には三段ほど高くなった人工台地が造られ、その上に質実剛健な台座が置かれている。昨晩、夜を徹する突貫工事において据えつけられたものである。


 大きな御影石でできた台座は大変立派なもので、その様相は重厚で見事しか言いようのない出来栄えであった。高名な建築士と芸術家が製造にかかわっているのは間違いない(ちなみにこの台座はアルフレッドにより真実を知らしめられた法王庁の使節団が寄贈という形で手配している)



ベアーたちはその前に立っていた。


                                 *


 ベアーは大きく深呼吸すると、懐から朽ち果てたオルゴールを取り出した。最後の仕上げを成さしめるためである。



 ベアーは静かにオルゴールであったものを磨き上げられた台座の上に置いた。身に着けていた緋色のマントが風をうけて揺れる。



「ここに罷業の死を遂げ、その事実を隠ぺいされし気高き者達の魂を奉る。」



ベアーは幼いころから見ていた祖父の所作を見せた。



「その名は名無し合唱団……幼き孤児たち、己の名を知らぬ者達により結成されし尊き一団」



ベアーは彼らの名前を敬意をもって発話した。



「彼らが安息の地に行きつき、安らかに寝むらんことを!!!」



 ベアーは滔々と謳いあげると、後方で一列に並んでいたルナ、エマ、イリア、アルフレッド、不細工なロバ、そして魔道兵団の団員と法王庁の使節団に向けて声を上げた。



「一同、黙祷!」



 しっかりとした声が静謐な空間に響く、沈む陽光が台座に当たって反射すると幻想的な世界がにわかに現れる……実に神秘的な光景である。



そんなときであった、ベアーは小指に何とも言えない痛みが走るのを感じた……



『……ロザリー……』



その痛みは長くは続かなかった……むしろその痛みは大切なことを気付かせる起因となっている。



『……わかってるよ……』



 ベアーは心の中でそう漏らすと台座がすえつけられた高みから降りた。そして今度は目立たぬところにひっそりとおかれた小さな墓碑のところに向かった。



台座と同じく御影石で造られた墓碑には『真実を知る者』と銘打たれている。



ベアーはその墓碑に手を置いた。



「………」



ベアーはしばし沈黙すると口を開いた。



「ここに来るまで……とてもつらい道のりでした」



ベアーの物言いは僧侶とは思えぬものであった、まるで友人に語りかけるかのようである。



「やっとのことで…こぎつけました」



ベアーは墓碑の裏に目をやった、そこには本名と享年が記されている。



「あなたと共に過ごした時間は忘れえぬものです、アルマの堕とし子、幼き子供たち…彼らをダイナーでもてなすことができたのは、あなたの尽力があったからです。」



 ベアーがそう述べると『彼』と過ごした仲間たちがその目を伏せた。その脳裏には厳しい環境下で祟り神となった子供たちと対峙したときのことが思い起こされている。あのロバでさえも神妙にしている……


ベアーは言葉を詰まらせたが、気丈にふるまうと大きく深呼吸してから再び話し出した。



「いろいろなことがありました……語りつくせません……」



ベアーはそう言うと朗らかな表情を見せた、そこには今までのことを振り返った結論がある……



「僕はいままであなたほど醜い人を見たことがありませんでした。短い手足、脂ぎった頭皮、そして背中にある異様なこぶ……誰が見ても美しいとは言わないでしょう」



ベアーは淡々とつづけた、



「さらに、あなたはアルマという誤ちを犯した人間を聖女と崇め、熱い帰依心をもって信仰していました。愚か者の極みといって過言ではありません。」



ベアーはそう言うと墓碑に刻まれた本名を撫でた。



「ですが、真実を知るに至り、名無し合唱団を奉るためにあなたが行った行為は、奇跡をもたらしました。」



ベアーが声を震わせた。



「あなたが犠牲となり命を懸けて水門を開けてくれたことで……僕たちは今、ここに立っています」



ベアーは言葉にならぬ声を上げた、



「……醜き背虫男……セルジュ ローマン……」



その眼がしらから光るものがあふれる



「……あなたほど、美しい人は見たことがありません……」



 セルジュと過ごした時間が一瞬のうちに昇華される。すべての出来事が走馬灯のようにしてベアーの胸に去来すると堰を切ったかのようにして押さえていた感情があふれた――熱いものが幾重にも頬を伝っていく……


 だがその一方で背負っていたものがスッと軽くなった。すべてをやり遂げて境地に至った者だけが経験できる瞬間である……



ベアーは嗚咽をこらえて発話した。



「……ありがとう、セルジュさん……本当に、ありがとう」



ベアーがそう言って深く頭を垂れた時であった、その場の一同にその耳を疑うべき事態が生じた。



「……これ…この音…」



 なんとオルゴールからメロディーとおぼしきものが流れてきたのだ。腐食して原形をとどめぬオルゴールに音を奏でることは不可能である。



「……声も……」



――その場の一同の耳には美しき旋律が飛び込んでくる、そのメロディーの中には幼き子供の声が幾重にもかさなっていた……



「……名無し合唱団……」



 アルフレッドは降り注ぐように聞こえる幼子たちの声を耳にすると神妙な表情を浮かべた。そこには魔道器を扱って苦渋の経験を幾重にも重ねてきた人物の熟慮がある、



アルフレッドはしばし美しき旋律に聞き入ると一つの確信に至った、



「……これが奇跡か……」



そう漏らしたアルフレッドの相貌は明らかに朗らかであった。




***

こののち、名無し合唱団の御霊を祀った廟はレビの観光名所としてダリスの人々が訪れる景勝地としてその名をはせることになる。


 従前、アルマを聖女として称えていた聖女の祭りは廃止され、祟り神となった子供たちをいさめる鎮魂祭へとその姿を転身させたのである。


 4年に一度催される鎮魂祭は盛大に執り行われ、たくさんの人々が各地から集まってそのイベントを祝うことになる。幼子たちの合唱団はその名を人々から尊崇と畏敬の念をもって記憶されたのだ。



 そしてもう一つ、祭りに訪れた人々の目にとまった『モノ』がある。それは名無し合唱団にささげられた供物であった。



そう、クレープである。



 そのクレープの中にはたっぷりのカスタードクリームとコンポートされた歯触りの良い冬瓜が忍ばされていた。人々はその供物に心をとらえられると『名無しクレープ』と命名して後世へと語り継いだ。






これにて13章は終わりとなります。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。よくわからない下痢にみまわれ完走できない可能性もあったのですが、何とか終わりまでこぎつけました……よかったです。


皆さまも健康面にはご留意ください。(今年の夏は普通じゃない!!!)


さて、次ですが……新作かバイロン編のどちらかをやろうと思います。まだ決めてないですが冬を予定しています。(ご意見や感想など残していただけると大変うれしいです、おなしゃす~)



では、またね~ 

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