第三十一話
9月も暑いってよ……(無事死亡)
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突然に現れた存在に中年女は不快な表情をあからさまに見せたが、彼らがそのフードをとるとその表情は強張った。
『……なんで、こいつらが……』
聖女廟から現れた一団は中年女が一番、目にしたくないものであった。
現れた一団の中で中央に位置していたのはどこにでもいそうな平凡とした少年である、緋色のマントを身に着け、泰然としていた。その脇には10歳くらいの女の子が鼻をツンとさせて立っている。そしてその後ろには豊満な胸をした三十路の女が仁王立ちになっている。
アルマの子孫である中年女は言葉に詰まった、その表情は明らかにひきつっている。
「我々が生きていて困りますか?」
少年は諭すような口調で中年女に語りかけた。
「そうよね、あんたの計画じゃ、私たちは死んでるはずだもんね!!」
少女が怒りを滲ませてそう言うと胸の大きな女が続いた。
「二度も殺されかけるなんて……人生で初の体験よ!」
中年女は彼らの発言に言葉を失った……
それを見たアルフレッドが口を開いた。
「その者たちは氾濫するレビ川の濁流に呑まれようとしていた。九死に一生の状態であったが、不細工なロバとダークエルフの娘が我々に彼らの場所を教えてくれてな。我々は彼らを間一髪のところで救助することができた。」
アルフレッドはそう言うと中年女に嗤いかけた。
「実は……彼らがすべてのことを我々に打ち明けてくれてな」
アルフレッドがそう言うと中年女が目を血走らせてあたりを見回した、その表情は青黒く変色している。
それを見た胸の大きな三十路の女、エマが口を開いた。
「いろいろ悪行を重ねてきたみたいだけど、もうそれも終わりよ!」
エマはそう言うと胸をブルンと震わせて発言した。
「我たちに対する2度にわたる殺人未遂!」
小さな魔女っ娘が続く、
「事故に見せかけた町長に対する殺人行為!」
平々凡々な少年、ベアーがさらに続く、
「100年にわたりアルマの非道な行いを隠ぺいし、挙句の果てに己の利権にして君臨しようとするお前の下劣なすべての行い!」
少年はその顔を真っ赤にした、
「僕たちはお前を絶対に許しはしない!!」
突如として現れたベアーたちに糾弾された中年女はさすがに言い逃れができない状態に陥った。真相を知る一団の登場で自分の描いたシナリオが破たんしたのである。当然と言えば当然と言えよう……
だが、中年女はそれでもしらを切った、
「全部、町長が悪いんだよ、アイツが筋書きを書いたんだ。私じゃないんだよ。私はただ、そそのかされただけなんだ……あの時だって、たまたま……短銃が暴発して……」
何としてでも生き残ろうとする中年女の様子はもはや人と思えぬ域に達していた。人としての醜さ、責任転嫁する浅ましさ、そしてそれを何とも思わぬ倫理の欠如……もはや獣にも劣る……
その様子を観たアルフレッドが手を上げると魔道兵団の団員たちが中年女を取り囲んだ。
「戯言は無駄だ」
アルフレッドはそう言うと侮蔑のまなざしを中年女に浴びせた。
「おとなしく縛につけ!」
アルフレッドの一言が天を衝く、だが中年女は拘束されまいとすると全力をもって振り切ろうとした。拘束しようとした魔道兵団の団員の手を払いのけると目を血走らせた中年女はなりふり構わぬ立ち回りを見せた。
その勢いたるや、魔道兵団の団員たちでさえも当惑した……
悪行を重ねた女の見せる必死の抵抗は思いのほかに猛々しい。近くにいた僧兵の錫杖を奪い取ると大立ち回りを始めた、
「私は絶対につかまらない、幸せになるの!!!」
中年女は悪鬼のごとき表情でのたまうと錫杖を振り回した。錫杖は自分の味方である僧兵の顔をとらえたが、血反吐を吐いて昏倒する僧兵などつゆも気にせず中年女は退路を確保しようと躍起になった。
その様子をみていたベアーは素朴な感慨を持った、
『……人はここまで堕ちるのか……』
目の前で暴れ狂う中年女の様には反省という文字はない、
ベアーの脳裏には祖父の言葉が浮かんだ、
≪糞のような人間は糞にしかならん。改心させようとすること自体が無駄だ。僧侶の説法など意味がない≫
迷える子羊を導く僧侶らしからぬ言葉であったが、中年女の居直った姿を目にしたベアーには祖父の言葉がその胸にしみじみと響いた……
『……悪人の改心なんて……ないんだな……』
ベアーはそんな結論に至った。
そんなときである――突如として一陣の風が吹くと不可思議なことに中年女の足元にまとわりついた。
女は体勢を維持するために足を踏ん張ろうとしたが、運悪く手にした錫杖が石畳みの床にはまるとバランスを崩した……
「……あっ……」
そして、その結果――女は肥満した体を支えられず階段から足を踏み外した。
「……たすけて……」
か細い声を上げた中年女は肉を揺らしながら30段ほどある石階段を落ちていった……絶叫しながら転がるさまは形容しがたい光景をその場の人間にもたらした。
その様を目撃したルナがポツリとこぼした。
「肉団子が転がっていくわ」
言いえて妙な発言であるが、女の落下する様はまさにその通りで、肉塊が踊り場を囲うようにして植えられた木に向かって加速していく……
そして、間をおかずしてその場の全員の耳に形容しがたい嫌な音が飛び込んできた。
「あれ……骨折れたな……」
中年女が顔から血を流しながら腰を押さえてうずくまる。
「……もう歩けないだろうな……」
その様子を観たベアーがそう漏らすとそこに思わぬ存在が近寄ってきた、
……アイツである……
アイツは中年女の前に立つと実に悲壮感あふれる声で鳴いたではないか……けが人を憐れむ哀しき声である。いかなる罪人であっても尊厳があるといわんばかりの声色だ。
「……お前……助けてくれるのかい……」
中年女がその眼に涙をためてそう言うと不細工なアイツは小さく頷いた。そこには慈悲深き神仏のごとき配慮がある。アイツはもう一度小さくうなずくと突然くるりと踵を返した。
そして、不細工なアイツは得も言われぬ事象を巻き起こした。
『……マジか……』
なんと、不細工なアイツは臀部を中年女に向けると出血しているその顔に向けて軟便をぶちまけたのである。
十分に水分を含んだ便が出血している傷口に流れ込む……
……無残としか言いようのない事態が中年女を襲った……
アイツは事を終えると『ふう~』と息を吐いた。そしていつのまにやら現れていたダークエルフの娘に向けてウインクしていた。
『なるほど……先ほどの風は……イリアさんの力か……』
階段の上から一部始終を目撃した一同はあえて真実を沈黙した。野暮なまねをしたくないと思ったからだ。アルフレッドも見て見ぬふりをしている……
そんな中であった、魔道兵団の団員であるエマが雄々しく声を上げた。
「超ファインプレー!!!」
*
後にこの行為は『畜生脱糞事案』として魔道兵団のレポートに記されることになる。悪行を重ねて居直った中年女の末路は魔道兵団の団員であるエマ バギンズが記録として後世に残したのである。
以下はその一部の抜粋である、
『なんとか逃れようとした被疑者は大立ち回りを見せたが、手にしていた錫杖が邪魔になり体勢を崩して階段から30段ほど落下。その結果、生け垣に衝突して全身打撲となる。出血甚だしく瀕死となるがどこからともなく現れたろロバがなぜかしらねど女に向けて脱糞。傷口が化膿して被疑者は昼夜熱にうなされることになる。現在も意識は回復せず被疑者は植物状態である。医師の見解では目を覚ますことはないとのこと。なお、被疑者に便をかけたロバは動物のため刑事訴追はできない、したがってこの件はこれにて終了となる』
以上
次回でこの章は終わりとなります。何とか完結まで行けそうです!!!(現在、鋭意制作中)




