第二十二話
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ディーラーがすべてカードをオープンにした。
「ちっ……」
中年男が悔しそうな顔をすると席を立った、実に不愉快そうな顔である。ルナとベアーは男のカードを覗いてみた。オープンになったカードは『5』と『4』で『9』になっていた。
「あれ……『9』が一番強いんじゃないんですか」
ルナが不思議そうな顔をした。
「そうだよ。『9』はね『カブ』って言って一番強いんだ」
「でも、あのおじさん席を立ちましたよ」
女店主はディーラーのカードを見るように顎をしゃくった。
ディーラーの札は『1』と『4』になっていた。
「あれはね『シッピン』って言って『カブ』より強いんだ。親の特権的なヤクだよ」
そう言うと女店主はカードをオープンにした。
『3』,『2』,『3』の『8』であった。
「なかなかいい数字だったんだけど、『シッピン』じゃ話にならない」
「特別なヤクなんてあるんですか?」
「『親』には『シッピンとクッピン』。『子』には『アラシ』があるんだよ」
「それなんですか?」
「『クッピン』って言うのは『9』と『1』、『アラシ』って言うのはポーカーでいうスリーカードだよ」
「『クッピン、シッピン』と『アラシ』ってどっちが強いんですか?」
「『アラシ』だよ、だけど『アラシ』はほとんど出ないんだ」
そう言うと女店主はもう一勝負する旨を告げた。その顔はギラギラしていていつもの表情と全く異なっていた。
*
ベアーはその後、『カブ』に興じる女店主をしばらく見ていたがいつもと違う女店主の一面に驚きを隠さなかった。
『こんな風になるんだな、人間って……』
売り上げにうるさく、節約にいそしんでいた女店主が湯水のように現金を使っていく様は『ロゼッタ』でフライパンを振る姿とは全く違っていた。
「また、やられた、もう一勝負だ!!!」
当初は興味津々で見ていたベアーも、ゲームにのめりこむ女店主を見て心配になってきた。
「大丈夫なんですか、おかみさん?」
そう言うや否や、怒声が飛んだ。
「ガキは黙ってな!!!」
すさまじい迫力にベアーは震え上がった。
『これはダメだな……』
ベアーは女店主に見切りをつけルナを見た。
「ああ~『カブ』だったのに……『クッピン』なんて…マジでブチ切れそう」
『こっちはDQNか……』
博打に興じて脳内麻薬を垂れ流す二人に見切りをつけたベアーはテーブルを離れた。
*
高級店というだけあって、富裕層のテーブルには遊びなれた紳士と淑女がにこやかな談笑をしながらゲームをしていた。一見すると和やかな雰囲気だがカードの手の内や、相手の顔色を窺う様子は陥れようとする詐欺師のような狡猾さがにじみ出ていた。
『テーブルという戦場で勝つためには相手を後ろから刺す冷徹さを常に有しておかねばならない』
何かの本で読んだ文句だが富裕層の駆け引きを見ているとその文句もまんざら嘘ではないような気がしてきた。
そんな時であった、別のテーブルで酔った女が大声を上げて暴れ出した。
「イカサマよ、絶対に。イカサマだって!!!」
明らかに酔っているので誰も相手にしないが女は激高していた。
「お客様、他のお客様の邪魔なので……」
そう言うと二人の屈強な男が女の脇を固めた。
「なによ、こんなはした金のポーカーで、私を誰だと思っているの、フォーレ商会の……」
女が言いかけた時であった、カジノの支配人と思しき男がやって来た。
「お客様、クレームは清算を終わらしてからにして頂けますか。」
白いひげを蓄えた眼光の鋭い男であった、齢は60歳を越えているだろう。
「お願い、もう一回だけ、ねっ、お願い!!」
女は懇願するように言った。
だが男は三白眼にした目で女を睨み付けた。
「清算が先です、ご婦人を二階にお連れしろ」
にべもない物言いであった。
一方、一部始終を見ていたベアーは気になる単語を女が発言するのを聞き逃さなかった。
『今、あの女の人、たしかフォーレ商会って……』
ベアーは直感的に何やら感じた。。
『ちょっとこれは気になるな……』
ベアーは女のつれて行かれた二階へと自然と足を進めていた。
*
二階はVIP用の賭場になっていた。一つの個室に一台のテーブルが置かれゲームに応じて部屋が分かれていた。
『あの人どこに行ったのかな……』
ベアーがそんなことを思いながら二階を歩いているとVIP用のラウンジに突き当たった。そこにいた客は明らかに身なりの違う人間で貴族だとわかった。
『貴族は賭場が違うんだ……』
賭ける金額だけでなく、身分に応じてテーブルが違うことにベアーは驚いた。
『金だけじゃ、ここに入れないんだな……』
そんなことを思ったベアーだったが、視界の隅にトイレが入った。
『VIPのトイレか……どんな感じなんだろ』
ベアーはラウンジを横切ると好奇心を胸にドアを開けた。
*
中は意外に普通で特にこれといったことはなかった。あまり装飾もなく平々凡々な造りで驚きもなかった。用を足したベアーはトイレから出ようとドアを開けた。
そのときである、
『あれっ、さっきの女の人だ』
ベアーは気になりトイレの扉の隙間からラウンジのソファーで座る女を観察した。程なくカジノの支配人がやって来た。
*
「支払いはどうするつもりですか?」
女は沈黙している。
「黙っていては埒があきませんよ」
静かな口調だが有無を言わさぬ凄みがあった。
「けじめをつけてもらわないと困ります」
女は肩を震わせた。
その時であった、階段を駆け上ってくる音が聞こえた。
「やっと来たかね」
支配人が声をかけた先にいたのはなんとパトリックであった。
「すみません、ご迷惑をかけて」
「君の母上の借金は度を越している、どうにかしてもらわないと」
そう言うと支配人はパトリックに借金の総額を書いた証書を見せた。
証書を見たパトリックの顔は一瞬で真っ青になった。
「ごめんなさい、パトリック。取り返そうとしたの、でも……余計に……」
「母さん、もう、おじい様は助けてくれないよ。先物取引で穴をあけて勘当されただろ」
パトリックは泣きそうな顔で答えた。
「お願い、パトリック、もう一回だけ、もう一回だけ」
母親の懇願する姿にパトリックは唇をかみしめていた。
その様子を見た支配人は口を開いた。
「お金の用意ができないなら二つの選択を用意しましょう。一つはあなたの美しい母上に娼館で働いてもらうという選択肢……」
支配人が言い終らぬうちであった、パトリックは睨み付けて言い返した。
「そんなことできるはずないだろ!!」
「それなら、もう一つの方法を提案しましょう」
そう言うと支配人はパトリックに近づき耳元で何やら囁いた。パトリックはしばらく無言でいたが口を開いた。
「本当にそれでいいのか?」
支配人は頷いた。
「フォーレ商会の力を貸していただければ。ただし、おじい様には内密にね」
パトリックはシブシブ了承すると母親の腕をつかんでラウンジから姿を消した。
ベアーはとんでもないものを目にしたと思った。
『マズイな……』
友人のパトリックの様子は尋常ではなかった、母親の失態の責任を取らされる理不尽さに身を震わせていた。
『パトリックのお母さん……』
ベアーに母親はいなかったがパトリックの母親が毒親であることはすぐにわかった。
*
ベアーは深呼吸して心を落ち着けるとトイレを出た。
『どうしたらいいんだろ……』
パトリックとはおっぱい星人として友好関係を結んでいる、友人としては助けたいところだ。だが借金に関してははどうにもならない。
『ロイドさんに言うべきだろうか……』
盗み見した話を伝えるのも何となく気が引ける、ベアーは悩んだ。
そんなことを思って一階に下りると、入り口付近の応接ベンチにルナと女店主が座っているのに気付いた。
二人は白痴とも廃人とも取れる表情で天井を仰ぎみていた。その口からは魂が抜け出している。
『こりゃ駄目だ……』
ベアーは勝負に敗れた二人の腕を取るとカジノを出た。




