第二十九話
エアコンのリモコンが壊れました……これどうすんの……(号泣)
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セルジュの尽力により小舟に乗ったベアーたちは川の流れの変化に度肝を抜かれた。荒ぶるマナの力により流れが安定せず、オールをこいでも方向が変えられないのである。
「流れが速すぎる!」
ベアーたちは小舟のヘリにしがみつくことで精いっぱいである……
さらには新たな地震が続き、洞穴の壁面が崩れてきた……暗闇と濁流からの轟音で会話さえもままならない……先ほどとは異なる危機が続いている、
『……南無三……』
だが、彼らはここで死ぬわけにいかなかった、何としてでもこの危機を脱出して『名無し合唱団』の真実を知らしめなければならない……朽ちたオルゴールを安置せねばならないのである。
皆、必死になった、
エマはオールを使って壁面にぶつからないようにし、それを支えるためにルナがエマの体を後ろから押さえた。
ベアーは船のかじを取るために同じくオールで方向性を担保しようと躍起になった
暗闇の中の暗闘は甚だしい狼狽と労苦を3人に与えたが、彼らの生存に対する執念は荒ぶるマナをはねのけ小舟を前進させていた。
そして、その結果……彼らの前には水門と思しき物が現れていた。
だが、よく見れば水門は開いているように思えない……
「マズイ……水門が」
ベアーたちの視野には分厚い金属の扉が映っている、だがその門は明らかに閉じている。小船が通れるスペースはそこにはない。
「ぶつかるじゃん!!」
ルナが叫んだ、
*
さて、それよりさかのぼること数分……
クランクを手にしたセルジュは水門を開けるべく、坂になった道を足早に進んでいた。だが傷の具合がひどく足取りは重い……
息は切れ、視界がぼやけてくる……明らかに出血多量の様相を呈している……
『ここで倒れるわけにはいかない……』
セルジュはそう思うと奮起した、
『あの子達との約束を守るんだ』
醜き背虫男は己の命など微塵も気にしなかった、彼の脳裏にあるのは腐食したオルゴールを持ったベアーたちが無事にゲートを通過することだけである。
『開けるんだ、水門を!』
そう思ったセルジュの視野に水門が飛び込んできた、
『もってくれ、頼む!!』
セルジュは薄れる意識を何とか保つと水門の脇にあるクランク孔へとシャフトを突きいれた。ギリリという音がしてクランクシャフトが奥まで入ったことを確認するとセルジュは大きく息を吐いた。
「えいしゃ!!」
醜き男が声を上げる……だがクランクは回転しない
「えいしゃ!!」
背虫男が気合のこもった声を再び上げる……クランクは1mmたりとも動かない、
「ちくしょー、うごけ!!」
ベアーが止血した指が再び出血する、意識はさらに薄れて視界が灰色に変転した……息が上がったセルジュは膝をついた。
『……動かない……』
クランクシャフトを持つ手から力が抜けていく、感覚さえも失いつつある……それでもセルジュは力なき声を振り絞った
「えいしゃ!!」
震える声、モノトーンに映る視界、感覚のない腕、セルジュはそれでも力を込めた。
だが、クランクシャフトはびくとも動かない……無情な現実はセルジュの心を打ちのめした。
『ダメなのか……動かないのか』
ゼルジュも薄れる意識が絶望で満たされていく……
「……ちくしょー……」
そんなときである、クランクシャフトを握るその手に何かが重なった
『これを押せばいいの?』
どこからともなく語りかけてきたのは名無し合唱団の一人であった、
「……君は……」
セルジュが声を震わせると、背中にこぶのある幼子が答えた。
『ハンブルグがおいしかったから、手伝ってあげるよ』
幼子の手が重なると、さらにそこに別の手が重なった。
『おじさん、クレープ、おいしかったわよ』
そう言ったのは顔の四角い女の子である。彼女が手を貸すと、もやしのようにか細い男の子もクランクシャフトに手を添えた。
『僕も手伝ってあげるよ。おじさんがロバにヒップアタックを食らって川に落ちた話が面白かったしね』
薄れる意識の中、セルジュには僥倖が訪れていた。子供たちの声を聴いたセルジュの頬を涙が伝う――最後のチャンスと思ったセルジュは裂帛の気合いとともに腰だめになった。
「えいしゃぁ!!!」
魂が咆哮する――すべての感覚を超える超然とした何かがセルジュを満たす。そしてその刹那、ガチャリという音がして水門をロックしているチェーンが巻き上がった。
セルジュはその音が耳に入ると意識が消失していくのを感じた。
『……ああ…やったぞ……』
だが、セルジュの体は物理的な生体反応を示さなくなっていた。
呼吸が浅く、脈が弱い……
『これが……死か……』
そうおもったセルジュに聞き覚えのある声が響いてきた、
≪しょうがないから、連れってあげるわ≫
セルジュの体がふっと軽くなる……そしてその手を握る少女の顔が見えた。実にかわいらしいダークエルフの娘である……その表情には怨念も怒りもない……
『……ロザリー……』
セルジュの魂は安息の地を目指す旅立ちを迎えていた。
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絶体絶命の危機がベアーたちを襲っていた。水門は眼前に迫り、ただぶつかるしかないという状況が彼らを待ち受けている。荒ぶる濁流はすでに手に負えず、オールをこぐことはすでに不可能である。
「……ダメか……」
ベアーがそう思った刹那であった、時が止まったかのような事態が訪れた。突如、川の流れが穏やかになり、地を揺るがす振動がとまったのである。
3人は思わぬ事態に括目した。
すべてがスローモーションで展開する、ベアーたちの眼からはすべての色が消え白黒の世界が支配する。
そして、不思議なことに水門だけが上方へと吸い込まれるがごとく引き上げられた。
『……マジか……』
ベアーたちは気付くと衝突の難を逃れるどころか水門を無事に通過していたのである。
だが、ゲートを通過する瞬間、ベアーたちはとてつもなく鋭い感覚に襲われた。肌を突き刺すような痛みと、異様な冷たさ……それは明らかに『喪失』を意味している……
『セルジュさん……』
ベアーだけでなく、ルナもエマも一つの命が消えたことを悟っていた。
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ゲートを通過した後、ベアーたちの眼に失われた色がもどると、激しい川の流れとともに地の振動が再び彼らを襲った。先ほどよりも激しくなっている……さらには頭上から落石が降ってくるではないか……
『速く、ここを抜けなきゃ!』
ベアーはそう思うや否や、その視界に光点が見えてきた――洞窟の出口である
『もうすぐ終わりだ!』
『出口ら!』
『あと少し!』
皆がそう思った、その顔には希望の色が濃く湧き出ている。水面に陽光がさして明るい外界があらわれる。ベアーたちはあまりの明るさにその眼を覆った。
だが、これが不幸であった。明るさにより視界が閉ざされたために眼前におしよせていたモノに気が付かなかったのである……
彼らの前には濁流の流れに乗った大きな流木が迫っていたのだ、
「マズイ!!」
ベアーはそう叫んだが……既にオールを使って船の進路を変えるだけの暇はなかった。流木は小舟との衝突を避けられぬ軌跡を描いている、
「またぶつかる!!」
エマが絶叫に近い声を上げる、さしものベアーも『これで終わりか』と心中つぶやいた。
セルジュの尽力により水門を抜けたベアーたちでしたが……不幸なことに突如として現れた流木により再び危機に陥ります……
はたして、ベアーたちの未来は……




