第二十五話
冷たいものを取りすぎると胃腸炎になります……皆様お気を付けください
ちなみに作者は便秘です……
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ベアーとルナは最後の一品に取り掛かった。誰にでも簡単にできるが奥の深い品である。
それはポルカにあるロゼッタでアルバイトをしているルナが様々なものを食べ歩く中で記憶に残った一品であった。そしてそれこそが最後を飾るにふさわしい『逸品』であるとルナは考えた。
「おかみさんと屋台で食べた『やつ』なんだけど、あれとってもおいしかったんだよね」
ルナは記憶を呼び起こすと熱したフライパンに生地を流し込んだ、弱火で生地が焦げないように細心の注意を払う。祟り神となった子供たちに対する敬意をこめた手さばきは実に丁寧である。
「生地は薄目がいいのよ」
ルナはそう言うと焼きあがった生地を大皿の上においた。そしてすぐさま次の生地を焼くべくフライパンに油を入れた。
一方、ベアーは鉄鍋に入れた材料を木べらで撹拌した。材料が混ざりあって適当な『硬さ』となると大皿にそれを移して冷ました。黄白色のプルプルとした物質が出来上がる。
ベアーはすぐさま次の工程に移った。セルジュがあらかじめ用意していた小鍋を開けるとベアーがジャム状の粘塊を木のスプーンですくって味見した。
「いい甘さだ」
ベアーがそう言うと生地を焼き終えたルナが隠し味的な要素の用意を始めた。味見をして甘さと触感を確認するとナイフを使って適当な大きさに裁断した。
「これで仕上げよ」
白い陶器の皿に先ほどのうすい生地が引かれ、その上にたっぷりと黄白色のクリームが載せられる。その上に先ほど切ったものをセルジュが載せると生地が閉じられた。巾着のような形になっている。
ベアーが形を成型するとルナが先ほどの煮詰めたジャム状のソースを上から丁寧にかけた。甘みを抑えているため、たっぷりと掛ける……ゴロリとした果肉が生地を横断するようにして転がる……
「出来上がりよ!」
ルナがそう言うとセルジュがいそいそとハーブティーの用意を始めた。
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子供たちはハンブルグステーキを平らげると、残ったソースを一滴も残さないように胚芽パンを皿にこすり付けていた。肉汁の残りとソースをまとったパンを口に放り込むと実に満足げな表情を見せた。
だが、ロザリーと顔の四角い女の子だけはそうではなかった、厳しい表情を崩さずに堪えている……
『……おいしいなんて……絶対に言えない』
『ここで満足させられるわけにはいかないのよ!』
ロザリーは呪いを打ち込むべく合唱団を率いてきたが、ベアーたちの戦略により思いのほか厳しい状態まで追い込まれていた。
『最後の一品さえ耐えることができれば……こちらの勝ち……ここは気張るしかない!』
ロザリーはそうおもいなおしたが、それ以上の思考をさせないタイミングでベアーとルナそしてセルジュが口直しのハーブティーを持ってきた。
「これで口をさっぱりさせてください。その後にデザートをもって参ります、」
子供たちは言われたとおりにする……デザートが楽しみでしょうがないのだろう、その視線は再び厨房に注がれている、既に眼中にロザリーははいっていない……
『……どういうこと……』
ロザリーは子供たちの様子に不愉快極まりないものを感じていた。
『私たちの呪いと怒りはこんなものじゃないはず……こんなほんわかするなんて』
ロザリーがそう思ったときである、彼女の前に品のいい平皿が置かれた。その上には生地でくるまれた巾着のようになった物体が鎮座している。そしてその上からは大ぶりの果肉を含んだソースがたっぷりと掛けられていた……
「本日のデザート:カスタードクリーム入りクレープ、木苺のソースを添えて です。」
ルナがそう言うと子供たちはクレープ生地の真ん中にスプーンを入れた。柔らかい手触りがスプーンから伝ってくる、
「うわっ」
「おお」
「クリーム出てきた」
「ほんとだ」
「いっぱい入ってる!」
子供たちが歓声を上げた、カスタードクリームが断面から顔を出すと子供たちは我先にとクレープを口に運んだ。咀嚼した時の表情は実に神々しい……祟り神とは思えぬものがある。
それを見た顔の四角い女の子はロザリーを見た。
「大丈夫、ハンブルグでも耐えたんだから、クレープぐらい何とかなるわ!」
顔の四角い女の子は自信を見せてそう言うとベリーソースのかかったクレープを口にいれた。
カスタードのほんのりとした甘さ、ベリーソースの酸味、そして生地の触感が口中で一つになる……
『おいしいけど……これなら、何とか我慢できるかも……』
クレープは間違いなく美味である……正直なところ『おいしいです!』と叫びたいところだ。
だが祟り神としての強い思いは素直な気持ちを吐露させるわけにはいかないと彼女を抑え込んだ。
『いえるはずないでしょ、おいしいなんて!』
しかし、そう思った時であった、咀嚼した時に思わぬ歯触りが顔の四角い女の子を襲った。
『何……このシャリっとした感じ……』
甘さと酸味だけでなく食感を演出するためにルナはダイス状に切った『あるもの』を入れていた。顔の四角い女子はそれに気付いたのだ。咀嚼するたびに心地よくシャリシャリとした触感が口中で踊る。カスタードクリームと合わさるとたまらぬものがある、
顔の四角い女子はその眼を見開くとスプーンを持った手を震わせていた……
その様子をみたルナが間髪入れずに発言した、
「そのシャリっとした食感はね、これよ!」
ルナはそう言うと思わぬものを出した。
それはなんと『冬瓜』であった。
「冬瓜の身をシロップ漬け(コンポート)にしてあるんだ。本当はリンゴを使いたかったんだけど、ここではリンゴがないから代わりに使ったんだよ」
ベアーが解説を始めた、
「冬瓜はクセがないから応用がきくんだ。果物とは違った歯触りもあって面白い食材なんだよ。スイーツにも十分いけるとおもったんだ」
柔らかな食感だけでは面白味がないと感じたベアーとルナは歯触りを楽しませる『技』としてコンポートした冬瓜をカスタードの中にしのばせていたのだ。ポルカのパスタ屋でバイトをしてきただけあって『食』にはそれなりの知識がある。
ベアーたちの思わぬ演出はロザリーに驚きを与えた。
だが、それだけでは済まなかった。
*
「どうしたの、どしたの??」
なんと、最後まで耐えていた顔の四角い女の子が突然動かなくなったのである。彫像のようになるとその口から緑光を放つ『もの』がポワン出てきた……
『……口から魂が出てる……』
ハンブルグとカスタードクレープを食べて正直な気持ちを偽ったことが思わぬ形として現出していたのだ。
ロザリーは持っていたスプーンを置いた。
『マズイ……やられる……間違いなく……』
祟り神の直感がロザリーに訴えかける、
『……これを食べたら……やられる』
ロザリーはそう判断すると瞬時にして行動に移っていた。
『遁走して、形勢を立て直すしかない!』
ロザリーはすくっと立ちあがると入口のドアにダッシュした。間髪入れずにドアの取っ手に手をかけて押し開く。
『とにかく今は逃げるのよ!』
そう思ったロザリーであっだが、ドアを開けた瞬間に彼女の目の前には思わぬものが立ちはだかっていた。
ベアーたちに追い込まれたロザリーは何とか状況を好転させようとダイナーから逃げようとします、
ですがロザリーの前には……
はたしてこの後どうなるのでしょう?




