第二十二話
後半の開始です。物語はイリアがロザリーたちを案内するところから始まります。
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イリアの求めに応じてロザリーたちが向かった先は乳白色の靄が立ち込める町中であった……そこでは靄の影響を受けた人々が折り重なるように倒れている。
ロザリーたちの力はいかんなく効果を発揮していた、
子供たちはその様子を見ると自分たちの成し遂げたことに満足げな表情をみせた。
『倒れてるぞ~』
『おおっ、いい感じだ!』
『このまま、洪水で飲み込んでやる!』
合唱団の幼子たちは口々にそう言ったが、イリアはそれにかまわずロザリーたちを案内した
*
イリアが連れ立ったのは路地裏にあるダイナーであった。そこはベアーとルナがブランチを楽しんだ店である。
店の外にあるベンチでは店主の親父が白目をむいて卒倒していたが、店の中は不思議なことに靄に侵食されていなかった……
『シルフの守り……風の力で守っているのね』
ロザリーはイリアの能力が行使されていると見抜いたが、イリアはそれを無視してダイナーの入り口の扉を開いた。
「どうぞ、入って……」
イリアがそう言った瞬間である、店の中から実に芳しい香りが流れてきた。
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「ようこそいらっしゃいました、みなさん!」
そう言ったのはエプロンをつけて袖をまくったルナであった。
「どうぞ、こちらへ」
ロザリーと幼子たちは不審な表情を浮かべたが、その眼にはきれいに飾られたテーブルが映っている。
「さあ、座ってください」
ルナがそう言うとロザリーが口を開いた。
「これは、何のマネ?」
ロザリーが鋭い口調で問いただすとルナがそれに応えた。
「チャンスをくれたのはあなたたちでしょ。さあ、中に入って座って」
ロザリーが不審な表情を浮かべると厨房から前掛けをつけたベアーが出てきた。
「本日の料理を提供させていただくベアリスク ライドルと申します。」
ベアーは丁寧にあいさつするとロザリーたちを見回した、
「ささやかな宴ではございますが、楽しんでいただければ幸いです。」
ベアーがそう言うとロザリーがにらみつけた。
「何の冗談なの?」
それに対してベアーが答えた。
「僕たちがあなたたちにできる最高のおもてなしです。あなたがくれたチャンスに対する僕らの答えでもある」
ベアーがそう言うとロザリーの表情が引きしまった。
「舐めた真似をすれば容赦しないわよ!!」
ロザリーが決然と言うとベアーがそれを迎えた。
「もちろん、かまいません」
ベアーはそう言うと重要な一言を付け加えた。
「ですが、料理を食べた正直な感想だけはおしえてほしい。」
ベアーがそう言うとロザリーは鼻で笑った。
「いいわよ、そんなこと」
ロザリーはそう言うとベアーとルナを見た。
「だけど不味かったら……あなたたちから『処理』させてもらうわ」
ロザリーが居丈高にそう言うや否やであった、ベアーはおもむろにロザリーに近寄った。そして自分の小指をロザリーの小指に絡めた。
そして
「約束だ!」
ベアーは指切りするとロザリーに背を向けた。
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L字型になったカウンターの座席には13のイスがおかれていた、その足元には木箱が置かれて子供たちが座りやすいように調整されている……
ロザリーは椅子の具合を慎重に確かめると子供たちに『座っていい』とアイコンタクトした。
子供たちが席に着くとその様子を見てからルナがメニューを読み上げた。
「まずは【前菜:川魚のフリット、岩のりの香りにのせて】です」
ルナがそう言うと河魚(ワカサギに似た小魚)のフライがベアーとセルジュにより提供された。頭部を落として内臓をきれいに取り除いたフリットはお椀型の陶器の中で立体的に盛られていた。カリッとした衣からは湯気がでている……
「川ノリの乾燥したものと岩塩で味付けしております、レモンをお好みでおしぼりください」
ルナがそう言うとロザリーたちは不審な表情を崩さずに従った
*
ロザリーたちは言われたとおりにフリットを口に運んだ。カリッとした表面とふっくらとした白身が中から現れる……そこにノリの風味が重なった……程よい塩味が心地よい。
そのあとレモンをかけて風味を変えるとさっぱりとして先ほどとは異なるテイストとなった。
ロザリーはベアーを見ると
『まあまあ』と答えた
すると子供たちも口をそろえて「まあまあ」といった。そこにはロザリーを配慮する様子が見て取れる。
ベアーは子供たちの表情を見ると内心ほくそ笑んだ。それというのも『まあまあ』という子供たちの感想と食べる様子とがリンクしていなかったからだ。パクパクと口にフリットを運ぶ子供たちの様子はあきらかに『おいしい』と感じている。
『出だしは快調だ!』
ベアーはそう思うと前半の重要な品を投入するべく厨房に向かった。
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厨房の大なべはグツグツと沸騰している、ベアーは鍋の取手をフキンで押さえて持つと脇に控えていたセルジュにざるを用意させた。
「えい!」
掛け声とともにざるに中身を空けると、黄金色の平打ち麺が現れた。
「ゆでたてが勝負です!!」
セルジュとベアーはアツアツの面を皿にとりわけた。そして間髪入れずにあらかじめ用意していたソースをルナがかける。ポルカでバイトをしていたベアーとルナは阿吽の呼吸をみせると、セルジュがそれを邪魔しないように立ち回った。
実に心地よいチームワークである、彼らはすぐさま出来立てのパスタを子供たちに提供した。
*
黄金色の平打ち面の上にはたっぷりとホワイトソースがかけられている、そしてそのソースの中にはエビとアガリ茸がはいっていた。エビの赤みとアガリ茸の黒色がソースの白色を引き立てる。
「打ち立て平打ち麺のホワイトソースがけ、川エビとアガリ茸の風味を添えて」
ルナは料理名を告げると川エビのエピソードに触れた、
「このエビは厨房にいるセルジュが川で取ってきたものです。捕獲するためにロバのしっぽの毛を用いようとしたところ、嫌がったロバにヒップアタックを食らってセルジュは川に落ちております。」
ルナが真実を話すとロザリー以外の子供たちがケラケラと笑った、じつにうれしそうだ。一方、厨房にいたセルジュは半笑いになっている……
「では、熱いうちにご賞味ください!」
ルナに促された子供たちはパスタをさっそく口に運んだ……だが一口食べるや否やその表情が凍りついた。もちもちとした触感のパスタがソースに絡まると想像だにしない味が口中に拡がったのである。
「………」
一瞬の間を置くと子供たちはすさまじい勢いで食べだした。
ルナはそれを見ると口角を上げてニヤリとした、
「アガリ茸のうま味、そして川エビの出汁……それらがホワイトソースの中に溶け込んでいます。アガリ茸のコリッとした食感と川エビのプリッとした異なる食感の二重奏。隠し味としてソースの中には炒めた玉ねぎも入っています。ゆっくりと弱火で炒めたたまねぎはうま味と甘みをソースに加えています。」
パスタを口に運ぶ子供たちの耳にはルナの言葉は届いていない、食べることに夢中なのだ。だがルナはそれにかまわず続けた。
「この平打ち麺のパスタは港町ポルカでシェフが修行して身に着けたものです。もちもちとした触感をお楽しみくだ……」
ルナがそう言い切る前であった。
子供たちのほとんどはパスタを平らげていた……
それを見たベアーは厨房から出てくるとフォークで麺を持ちあげているロザリーに話しかけた。
「お味はいかがですか?」
その物言いは淡々としているが妙な圧力がある……『正直に答えろ』という意味合いが含まれている……
ロザリーは『グヌヌヌヌ……』となったがその思いを隠して発言した。
「ま、ま、マズ、マスよ……」
鼻息を荒くして何とか平静を取り戻したロザリーであったが13人のうち5人の幼子はその眼を輝かせていた……その視線は厨房に向けて注がれている……
『……マズイわ……』
ロザリーは先ほどベアーと交わした約束の意味が今になって理解できた。
『……食事で私たちの心を……』
そう思ったときである、ロザリーの小指に痛みが走った。ロザリーは僧侶の少年と指切りした意味が今になって理解できた。
ダイナーで食事を提供することでベアーたちはロザリーたちの荒ぶる魂を鎮めようとします。
はたして、うまくいくのでしょうか?




