第二十一話
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翌日から『ロゼッタ』の客は徐々に増えだした。大台にこそ乗らないが、それなりに忙しくベアーは皿洗いと麺を茹でる作業に忙殺された。ルナは洗い場の補佐と皿運びというポジションに落ち着き、足しげく洗い場と調理場を往復した。
「ほんとに忙しいね……」
「これでもまだ楽な方なんだよね」
ベアーがそう言うとルナは青い顔をした。
「ほら、しゃべってないで、お皿、速く!!!」
女店主の怒号が飛ぶ。
「これが通常のランチなんだ……」
ベアーは死んだ魚の目で答えるとルナも同じく死んだ魚の目を見せた。
*
その週の日曜、ベアーとルナは恒例のごとくパトリックの家に向かった。ロイドは先週と同じく元気そうにしていた。ベアーはパトリックがクラスメイトと一緒に店に来たことを開口一番、ロイドに伝えた。
「この前の水曜にパトリックが友達を連れて店に来てくれたんです。それからウソみたいにお客さんが増えて」
「そうか、よかったじゃないか」
「でも忙しすぎて……」
それに対してロイドは笑った。
「商売はそんなに都合よくいかないよ」
ロイドはパトリックが元気そうにしているのを聞いて朗らかな表情を浮かべた。音信不通気味になっていたパトリックの消息を聞けてうれしいのだろう。
その後、ロイドは二人に紅茶とレモンケーキを進めた。
ベアーはレモンケーキを口に運ぶと気になる話題をぶつけた。
「それから、同じ日にシェルターで失踪事件が起きたんです。」
ロイドは興味深そうにベアーの話に耳を傾けた。
「僕のロバを世話してくれた女の子がいなくなったんです……だけど腑に落ちなくて」
「どういうことかね?」
「誘拐事件だと思うんです」
ルナが間髪入れずに答えた。
「ほう、誘拐、それは穏やかでない」
ロイドがそう言うとベアーは『誘拐』だと思う理由を話した。
「何とも言えんな……だがシェルターという所だと治安維持官たちも捜査をなおざりしかねんからな……」
「そうなんですか?」
「身元のわからない子供の捜査に税金を使う価値はないと判断するだろう。」
「そんな……」
「立場の弱い者はそういう扱いを受けるんだ……」
ロイドがそう言うとベアーとルナが不服な顔を見せた。
「君たちの気持ちはわかるが……」
ロイドは哀しそうな顔をしたがそれ以上は何も言わなかった。
結局、その日はパトリックと顔を合わせることもなく帰ることになった。ロイドに挨拶を済ませると二人は帰路についた。
*
翌日の月曜はかなり忙しくランチは戦争となった。新メニューは想像以上に高い評価を受け、今まで頼まなかった常連客も生チーズのパスタを頼んでいた。続々と押し寄せる客のオーダーに途中で生チーズが在庫を切らすという状態も生じた。ランチが終わってみれば大台を軽く超え、130人の客が来訪していた。
「いや、今日は大変だったね……」
さすがの女店主も疲労困憊の表情を見せた。
「チーズの配達は明後日だから、そうだね……思い切って明日は休みにしようか?」
ルナとベアーはまさかの展開に目を大きく開けた。
「たまにはいいじゃないか。」
女店主はそう言うと賄を作り始めた。
だがその顔はいつもと違っているベアーは女店主の様子を怪訝に思った。
*
翌日ブランチを食べていると女店主がソワソワしだした……明らかに昨日から様子がおかしい、ベアーは思い切って尋ねた。
「どうかしたんですか?」
「今日はね、カジノに行くんだよ」
「カジノですか?」
「月に一回だけ高級店が一般人に開放されるんだ。」
「高級店ですか?」
「ああ、ふつう貧乏人は入れないんだけど、月に一度だけ解放されて博打ができるんだよ」
女店主の顔は煌びやかになっている。
『なるほど、そういうことか……』
ベアーがそう思った時である、突然ルナが大声を上げた。
「私も行きます!!!」
ベアーは声に驚き椅子から落ちた。
「ルナ、子供は無理だって……」
ベアーはいさめたが火のついたルナには逆効果だった。その目は女店主と同じく煌々と燃え盛っていた。
「ルナちゃん、鉄火場は半端な気持ちじゃ行けないよ、それでも来るかい?」
女店主は真剣なまなざしでルナを見た。
ルナも同じく真剣な眼差し見つめ返した。
そこには互いに共通する勝負師としての血潮がうねっていた。
結局、ベアーはルナの付添ということでカジノに行くことになった。
*
カジノは高台に位置していた。建物は重厚感のあるコンドミニアムのようになっていたが明らかにそれとわかる華々しい看板が掲げられていた。女店主とルナはカジノの敷地内に入ると武者震いした。
「さあ、いくよ!!」
二人は勢いよく入り口のドアを開けた。
*
そこは別世界であった。見るからに質の高い絨毯が引かれ、独特の光を放つ照明がたかれている。内装や装飾は豪奢できらびやかであったが微塵の嫌味もなく、品のいい高級感が漂っていた。
「すごい……」
ベアー初めて見る特別な空間に驚きを隠さなかった。
客は一般人、観光客、金持ちといたが、賭け金に応じて異なるテーブルに分散していた。
「あたしたちはこっちだ」
女店主はそう言うと一般人と観光客が集まる一角に向かった。
そこは賭場としては一番広い空間となっていた。ポーカー、ブラックジャック、ルーレット、といったものがテーブルに用意されていた。
だが女店主はそこにはいかず、別に用意されたテーブルに向かった。
「おかみさん、何をやるんですか?」
ルナは興味津々に尋ねた。
女店主はニヤリと嗤うと指をさした。
そこには『カブ』とかかれたテーブルがあった。
ルナは初めて見る『カブ』というゲームに興味をもった。
「『カブ』って言うのはね東の国ではやってるゲームなんだ。『9』が一番強くて、『9』になるように札を足して勝負するんだ、十の位は切り捨てだからね」
そう言うと女店主は気合の入った表情でテーブルについた。
*
テーブルには『親』になるディーラーと『子』になる女店主そしてもう一人の中年の男の3人がいた。
「では始めます」
ディーラーはそう言うと数字をオープンにしたカードを左から4枚テーブルに並べ、その後べつに一枚の札を自分の手元に置いた。
「どうぞ」
ディーラーに言われた女店主と男はテーブルに並べられた4枚の札を見た。
「さあ、どれにするかね……」
テーブルには『4』、『2』、『6』、『3』、親の手札は『1』となっている。
中年の男は『4』、女店主は『3』を選んだ。
「よろしいですね」
ディーラーが確認すると二人はうなずいた。ディーラーは『4』を選んだ男に数字を伏せたカードを配った。男はそれをちらりと見るとしばし考え、顎で『次に行け』と指示した。
『2』と『6』は誰もかけていないのでオープンになったカードをディーラーが配った。
それぞれ(『2』『5』)、(『6』『1』)となっていた。
同じようにして伏せた二枚目を女店主は配られた。
女店主は札に目をやると「もう一枚」と答えた。
ディーラーは数字を明らかにしたカード『3』を女店主に配った。それが終わると最後に自分にカードを配った。ディーラーは自分の数字を確認すると声を上げた。
「では、開きます。」
ディーラーがそう言うとテーブルにえもいわれぬ緊張感が走った。




