第二十話
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子供たちの話は想像を絶していた……筆舌に尽くすという表現があるが、まさにその通りであった。200年前にアルマ ブルックリンによって行われた数々の所業は人の感情を破壊するほどのインパクトがあった。
とくにロザリーの経験談はあまりにひどかった。
「アルマは純粋な力を行使するために肉体が邪魔であるという結論に至ったわ、何をしたと思う?」
ロザリーは口角を上げた、
「肉をそぎ、神経を切断し、そして骨を砕いた……器としての肉体が足かせになってると言ってね……」
ロザリーはククッと笑った、
「私はそれが正しいと思っていた……私の故郷を灰塵へと変えた悪魔を倒すためなら……この身がどうなろうともかまわないと。人々を救うことができるなら、弱き者を助けることができるなら……殉教することも厭わなかった」
ロザリーは続けた、
「アルマは私たちから肉体を奪い、霊魂だけの存在にしようとした。そして魔道器を動かすコアにして無属性のエナジーを創造しようとした……」
ロザリーはそう言うと自虐的に笑った、
「でも実験は失敗した……無残なまでに……魔道器が暴走した結果、私たちの血肉も骨の一片も残らなかった……」
ロザリーは静かに言うと背中にこぶのある幼子を指した。
「あの子も私と同じ……2番はあの子だったから……」
ロザリーがそう言うとセルジュが再び膝から崩れ落ちた。自分と同じく醜き者がニエとされた事実が彼の心を引き裂いたのだ。自分が心から信じた聖女アルマと呼ばれた人物の所業は彼の想定をはるかに超えていた……
「でもね、あの女は……自分の行いが明るみにならないように当時の資料を焼き捨てたわ……そして私たちが存在したことをかき消した!」
ロザリーの表情が怒りに打ち震える……大地が小刻みに揺れた……
「私たちは孤児や親に捨てられた『名無し』といわれた存在……あの女にとっては都合のいい駒でしかなかった……誰もあの実験のことなど目もくれなかったわ」
ロザリーはベアーをにらんだ、
「でも、同じくらいに許せないのは後世の人間がそのアルマを聖女として崇めたこと。そして聖女廟という立派な施設を造り、彼女を聖人として奉ったこと……」
セルジュはロザリーの話を聞くと発狂しそうになった……聖女廟を造るために25年の時間を費やし、その人生をささげたにもかかわらず、その行為がロザリーたちを苦しめるものだったのだ。正しいと思っていた己の所業こそが災厄をもたらす原因だったのである。
ロザリーはセルジュを見ると再び鼻で笑った、
「馬鹿な男」
ロザリーはそう吐き捨てると清々しい表情を見せた。
「昔話はもう終わりよ。そろそろ始めるわ、終わりの歌を」
ロザリーはそう言うとどこからともなく指揮棒を取りだした。合唱団の子供たちがロザリーの指先に注目する。
「愚かな人間に天誅を下す……さあ、はじめまし……」
ロザリーが続けようとするとベアーがそれを遮るようにして語りかけた。
「ロザリー、君たちの気もちはわかったよ。天誅を下すその理由も十分すぎる……でもひとつ質問があるんだ」
ベアーがそう言うとロザリーと幼子たちがベアーのほうに目を向けた。
「君は言ったね……世界を救うために救国の志士になったって……悪魔を倒すために……弱き者を救うために……」
ベアーは続けた、
「太平の世を過ごしてきた僕たちじゃ到底できることじゃない……」
ベアーはそう言うと切り込んだ、
「でもね、今君がやろうとしていることは人々を傷つけることだ……人々を助けようとしていた気高き者が行うことじゃない」
ロザリーは鼻で笑った、
「きれいごとを言ってもダメよ……私たちは決めたの。おろかになった人間に天誅を下すことを。真実を顧みず虚構の作り話を信じる間抜けには鉄槌が必要よ。それこそが人を導くわ!」
ロザリーは決然としてそう言った、
「水はすべてを流してくれる、ここの滝のように……私たちの思いをのせてね」
ロザリーはそう言ったが……不可思議なことがおこった。
なんと先ほどまで勢いを増していた靄がなぜか薄くなっているのだ……
ロザリーが不安げな表情を見せると、ベアーが口を開いた。
「君たちは救国の志士なんだよ。たとえアルマにだまされ、非業の死を遂げようとも。その魂は尊き思いに支えられているんだ。心の片隅にその思いがあるんだよ……」
ベアーがそう言うとロザリーはイラッとした表情をみせた。そしてベアーを無視すると指揮棒を高々と掲げた、子供たちが再びロザリーの指先に注目する……
だが、子供たちの様子はどことなく落ち着きがない……
ベアーの言葉に反応しているのだろか……
「注目!!!」
ロザリーが大声で叱咤すると子供たちははっとした表情を見せてから指揮棒のほうに目を向けた。
「鉄槌を下すわよ、さあ!!!」
ロザリーがそう言って指揮棒をふるおうとする。子供たちはロザリーの動きに合わせて声を上げようとした。
だがそんな時である……正対した幼子たちとロザリーの間を思わぬ存在が横切った……
*
「あっ……ロバだ……」
子供たちはのほほんとした表情でパカパカと歩くロバに目を引かれた。
ロバは相も変らぬ不細工さをふりまいて闊歩すると子供たちの周りを一周した。そして鼻息を漏らしながら卒倒しているエマのほうに向かった。
そして……ロバは彼女を快方するとおもいきや、倒れているエマのスカートを蹄で器用にまくり上げると、自然な動きでエマの股間に鼻先を突っ込んだのである。
一部始終を見ていたルナは呆然とした。
『……嘘だろ……アイツ……』
ベアーは唖然としていた……
『……修羅場でセクハラ……』
ロバはしばしエマの体臭を楽しむと、臀部から顔をはなして『ふぅ~』と熱い息を吐いた。そしてロザリーたちに目を向けると≪何かを成し遂げた≫顔を見せてニカッと笑った、実に晴れ晴れしい表情である。
それを見たベアーはおもわずこぼした
「……御満悦……じゃないか……」
ベアーがそう漏らすと隊列を組んでいたもやしのようにか細い男の子が『ワハハ!!』と手をたたいて笑った。ベアーの言葉がツボにはまってしまったのだ。
もやしっ子は矢も楯もたまらなくなったのだろう、列から飛び出すとロバのところにかけて行き声を上げた。
「ご満悦! ご満悦!」
他の子たちはその声を耳にすると触発されたらしく、ロバに向かって同じく駆け出した。その表情はイキイキとしている。
子供たちはロバのところに集まると楽しげに戯れだした。
ロザリーはすぐさまに声を上げた。
「ちょっと、あんたたち、もどってきなさい!!」
だが、その声は子供たちには届かない。不細工なロバに向かって子供たちはベアーのこぼした『御満悦』という単語を連呼している……
その表情は実に豊かである、幼子たちの溌剌とした顔は実に愉しげだ。
ロザリーは子供たちの統制が取れなくなると唖然とした。そしてベアーに鋭い視線を浴びせた。
「どうして、私たちの邪魔ばかりするの!」
ロザリーが怒りをにじませた、
「私たちの復讐を邪魔しないで、お願いだから!」
ロザリーがその眼を血走らせると、ルナが静かに発言した。
「悪いんだけど、そうはいかないんだわ……」
ルナはそう言うとロザリーを見た。その眼は優しげだが強い意志が感じられる。
「あんたたちは気の毒だと思うよ。犠牲になっただけじゃなくて、その存在さえ消されたんだから……後世に悲劇を伝える人間さえも裏切ったんだしね……」
ルナはそう言うと魔女の表情で続けた。
「でもね、私たちも生きていかなきゃならないんだよ。堤防が決壊して小麦がやられちゃったら、食べ物がなくなって……みんな困っちゃう。私の働いてるパスタ屋も店を締めなきゃならなくなるわ。」
素朴な物言いだが、ルナの言葉はロザリーに小さな打撃を与えた、
「ロザリー、洪水を起こして飢饉が起きれば一番困るのは弱き者なんだ。少なくなった食糧を巡って争いが起これば、孤児や病人から亡くなっていく……君たちみたいな弱き者が最初に犠牲になるんだよ」
ベアーが諭すように言うとロザリーが声を上げた。
「わかってる……そんなこと、わかってる!!!」
ロザリーの声は震えていた……天誅を下すことで生じる災厄を理解しているのだ。彼女の意志にはゆるぎないものがある。
『………』
だがその一方で、憎しみと怒りが支配する彼女の精神の一部はベアーとルナの言動により揺らぎ始めてもいた……洪水により弱き者が犠牲となるのはいかんともしがたい……
葛藤するロザリーの苦しむ姿を見たベアーは一つの提案を試みた。
「ロザリー、僕たちにチャンスをくれないか?」
ロザリーはベアーを見た、
「君たちの気持ちをくみ取れるかどうか、そのチャンスを与えてほしいんだ」
ベアーが真摯な表情で言うとロザリーがロバと戯れる子供たちのほうに目をやった。そこには冷徹に現状を分析する意思が宿っている……
『……今のままならあの子達も役に立たない……不十分な力じゃ意味がない』
ロザリーはさらに知恵を働かせた、
『こいつらの魔道の力では私たちを抑えることはできない……恐れるに足りない存在』
ロザリーはそう考えるとベアーに視線を戻した。
「いいわ、その代わり……私たちを満足させられなかったら……そのときは」
ロザリーはそう言うと再び憤怒の表情を浮かべた。
「容赦しないから!!」
そう言うや否やであった、アルフレッドの映っていた水柱が消えて泉の波紋が失われた。まるで時が止まったかのような状態が訪れた。
「これで、外部との交信はすべてできないわ。」
ロザリーがそう言うと顔の四角い女子がベアーたちにむけて『あっかんべぇ』と舌を出した。
ロバのセクハラにより状況が変わったことでベアーたちはチャンスをつかみます。はたしてベアーたちはいかなる手法を用いてロザリーたちと対峙するのでしょうか?




