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第十九話

夏です……暑いです……

41

一方、ベアーがセルジュに接している時……


 鏡面のようになった水柱の向こうではイリアの話を聞いたアルフレッドが腕を組んで沈思していた……その表情は賢者と呼ばれるだけの風格がある。


 アルフレッドは倒れる前に調べた内容とイリアの話を編みこむようにして脳内で整理した。先入観を切り捨て、事実関係だけを客観的に把握しようとこころみる……



『聖女アルマ』


『合唱団の子供たち』


『スカーフの紋様』


『ダークエルフの娘』


『100年前の人々のねつ造』


『魔道器とマナ』



 アルフレッドが難儀しているとベアーとルナはロザリーを指揮者とした合唱団の少年、少女のことに触れた、


 ロバと遊んでいた幼子たちの様子はじつに快活で、200年前の事故で亡くなったようには見えないということを……


アルフレッドは重そうに口を開いた……



「子供たちが生きているとは考えられない……だが、彼らには実体がある……」



アルフレッドがそう言うとベアーがロザリーについて触れた。



「僕は彼女の放った弓でけがをしました、亡霊が物理的な力を行使できるとは思いません」



ベアーが傷口を見せると鏡面のようになった水柱の向こう側でアルフレッドが再び沈思した。


『……いまひとつ、つかめない……』


 アルフレッドが困った表情を見せたときである、エマの持っていた魔道器を探知する機器が反応を見せた。


 そこには以前に見た花びらのような図形が再び浮かんでいた。それらが風に揺らめくように舞っている……


エマが機器を水面の向こうにいるアルフレッドに見せるとアルフレッドはその眼を細めた。



「すさまじい力だ……魔道器が作動しているのは間違いないな」



アルフレッドがそう言うとエマが自信のない声を出した、



「まだ、魔道器の本体も見つかっていないんです……棺の中も空だったし」



エマがそうこぼすとアルフレッドは一つの推論を掲げた。



「アルマの作った魔道器はいまだ動いているのだろう。これだけの大きな力を発揮するとなると、その規模は計り知れん、一つや二つのではないのだろうな……さらにマナの力…そして子供たちのこの世を恨む思い……それらがかみ合っているのやも……」



アルフレッドはそう言うと推論を飛躍させた。



「マナを動力とした魔道器、そして子供たちの怨念……それらが彼らを実体化させている……そうであれば、彼らは死んでいるが……生きている」



妙な結論である……


ベアーはアルフレッドの見解を耳にすると祖父の話していたことを口に出した



「……ひょっとして祟り神になったのかな……」



 祟り神とは罷業の死を遂げた者たちがその姿を変えた存在である。その力は計り知れず、天災、災厄を引き起こすといわれ、人々からは恐れられている。ダリスにある民間伝承では畏怖されるべき超霊的存在として語られている……



「憎しみにより裏打ちされたロザリーと合唱団の子供たちが祟り神としてレビに降臨したのかもしれない……それが魔道器とマナの力によって繋がっているんじゃ……」



ベアーがそう言うとアルフレッドが『さもありなん』という表情を見せた。



「祟り神か……もし、そうであるならベアー、お前の力が鍵になるやもしれんな……」



アルフレッドはそう言うと神妙な表情をみせた。



「いずれにせよ彼らと対峙せねばならん、まずは彼らと話をすることからだ」



アルフレッドがそう言った時である、再び思わぬことが起こった。



42

なんとアルフレッドの映っていた鏡面のごとき水柱が一瞬にして水泡となったのである。交信が途絶えると、そのあとは幾重にも波紋が拡がりさざ波が立った。


 何事かと思ったベアーたちが振り向くと、そこには倒れたイリアの姿があった。その肩には深々と矢が突き刺さっているではないか……



ロバがいつになく真剣な表情でイリアに近寄ると、その後方から声が飛んだ、



「これ以上の邪魔は困るのよ、せっかくいいところまで来たんだから!」



 その声主はダークエルフの女子、ロザリーであった。いかにして間合いを詰めたかわからぬが一瞬でベアーたちの前に立っていた。そして、ロザリーの後方には合唱団の子供たちが隊列を組んでいるではないか……



「あんたたちに余計なことを知られると、こっちの計画が台無しになるのよ」



 ロザリーがそう言うと顔の四角い女の子が両腕を組んで一歩前に出た。勇ましい様子を見せて鼻をフンと鳴らす。


そのあと斜視の双子が同じく腕を組んで前に出た。双子らしくその動きはシンクロしている。



「もうすぐここは沈むわ、あんたたちはその様子を見ていなさい!」



ロザリーがそう言うと乳白色の靄が濃くなって町全体を覆い始めた、その速度は想像以上に速い……



「あの靄は人の精気をゆっくりと吸うの、そしてその精気を吸った靄は雨雲となってこの地に雨をもたらす。」



ロザリーは微笑んだ。



「すべてを洗い流すわ、人の悪行をね!」



 ベアーはロザリーの言葉に背筋が凍る思いがした。なぜなら、その言動に恨みや嫉みだけでなく、誤った人間たちに天誅を下す意志が宿っていたからだ。


ロザリーの表情に屈託はない……



「……あの子、絶対やるわね……」



ルナはそう言うと陰りのある表情を見せた。



「……すんごい力……あの子の魔力は伊達じゃない……」



 ロザリーの放つ仄暗いオーラは58歳の魔女を圧倒していた。魔封じの腕輪がなかったとしても足元にも及ばないだろう。ルナはその肩を小刻みに震わせている……



だが、ベアーはロザリーに対して臆することなく語りかけた。



「君たちのことは調べさせてもらった。200年前の事故で犠牲になったこと……そしてアルマ ブルックリンがその事実を隠ぺいしたこと。そして100年前の人々がさらに隠ぺいを重ねてアルマを聖女として祭り上げたことも」



 ベアーがそう言うと幼子の一人が前に出た、顔の四角い女の子である……その顔は真っ赤になっている、



「お前たちに何がわかるって言うんだ!!!」



そのあと斜視の双子が続いた、その声はシンクロしている、



「そうだ、ぼくたちは見捨てられたんだぞ、ボロキレよりもひどいんだぞ!」



彼らの思いが猛々しくなると、乳白色の靄はさらに拡がりを見せた。



「アルマは失敗を隠しただけじゃなくて、僕たちの存在さえも消し去ろうとしたんだぞ!!」



 幼子たちは怒りを隠さない、むしろ語気は強まっている。糾弾されたベアーはあまりの剣幕に沈黙した……


 だが、ベアーは彼らの言葉に耳を傾けた。ただひたすらに……愚直なまでに彼らの話をその耳に入れようとした。その姿勢には実家の礼拝堂で悩める人々と対峙した祖父の実践していた僧侶の哲学がある、



『おそれず、ひるまず、たじろがず、平静をもって相手の話を耳にする。さすれば相手の言わんとするところが理解できる。その結果、活路が浮き上がる』



 ベアーは祖父の用いていた【聴法】を実践すると幼子たちに目を向けて沈黙したまま話を促した、その表情は実に真摯である。



「世界を救う救国の志士になるって言われたのに……痛いだけだったんだぞ」



「そうだ、頭に変な針を刺されて、ビリビリさせられたんだ!!」



「足が動かなくなって……途中で取れちゃったんだからな!!」



「耳が聞こえなくなって……その後、何も見えなくなったんだぞ!!」



 子供たちが当時の非人道的な実験の内容を語り始めると、それを耳にしたエマが卒倒した。アルマのあまりに非道な行いが魔道兵団の団員の精神をハックしたのだ。その表情は先ほどのセルジュと全く同じである……



ロザリーはその様子を見ると鼻で笑った、



 だが、ベアーはそれにかまわず傾聴した。幼子たちの発する言葉を一言も逃さずにトレースしようとしている。彼らの主張にある本質を感じ取ろうとしているのだ……



さしもの幼子たちもベアーの様子に小さな驚きを見せている……



ベアーは子供たちの様相が変わると彼らに声をかけた、



「続けてくれないか」



ベアーは静かに言った



「君たちのことを知りたいんだ」



ベアーの思わぬ一言に子供たちはきょとんとした表情を見せた。



「君たちの過去を、そして君たちの思いを話してほしい」



ベアーはそう言うとロザリーを見た、



「もちろん、君の話もだ!」



ロザリーは思わぬベアーの言動に驚きの表情を見せた。




アルマの実験で犠牲となった子供たちの怒りは、呪いとなってベアーたちの身に降りかかりました。その力は凄まじく、何とかできるとは思えません。


ですが、ベアーは聴法を実践することで何とか彼らの主張を理解しようと試みます。


さて、この後どうなるのでしょう?

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