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第十八話

39

美しきダークエルフの娘は静かに語り始めた、


「200年前、魔人の召喚した悪魔との戦いは実に厳しいものでした……人もエルフも亜人も……勝てる見込みのない状況に絶望していました。」


イリアは続けた、


「悪魔の持つ『七色の盾』はすべての魔法を無効化しました。大魔女の放つ爆炎、賢者のいかづち、魔道器から放たれる凍れる刃……すべてをシャットアウトしました。我々、エルフの風の魔法も……亜人の呪術でさえも……あの盾は人々の努力を嘲笑うごとく吸収したのです……」


イリアの美しい髪が風がなぐ……


「そんな時です、悪魔のもつ七色の盾を破る『矛』を造る計画がにわかに注目されます。技術者たちが無敵の盾を破る究極の魔道器を造ろうとしたのです。そして、その計画の責任者が決まります……それがアルマ ブルックリン……」


 ベアーたちは全く耳にしたことのない事実にきょとんとした表情を浮かべた。200年前の出来事にたいする知識はみじんもない……イリアの言葉にかたずをのんだ。


「アルマは土木と治水の技術を用いてレビ川の氾濫を抑え込んだ才女でした。それを見込まれた彼女は無敵の盾を破る『矛』を作る研究所の長になります。」


そう言ったイリアは悲壮感漂う表情を見せた。


「……ですが、それが過ちの始まりでした……」


                                 *


イリアは沈んだ表情で続けた、



「アルマは『矛』を造るために様々な研究を行いました。そしてその結果…一つの結論に至ります。それは魔道器をくみあわせて、そこにマナを注入し、無属性の力を創造するというものでした」



「……無属性……」



ルナが眉をひそめた、そこには懐疑の念がある。



「無属性なんて無理よ……魔導の使い手はその個性が魔法に現出するはず……属性がないなんて考えられない……エルフだっておなじはずよ…」



魔女らしき見識をルナが述べるとイリアはうなずいた



「そう、普通なら……でもアルマはそれを貫徹しようとした。あの子達を使って……」



 ベアーは『あの子達』という言葉を耳にするとその脳裏に合唱団の少年、少女の姿が浮かんだ。背なかにこぶのある幼子、顔の四角い女子、そして指揮棒をふるっていたダークエルフのロザリー……



「聖女アルマは何をしようとしたんですか?」



ベアーが率直な疑問をぶつけるとイリアは淡々と続けた。



「純真無垢なる者たちの力を使って『矛』を起動させようとした。大悪魔の持つ七色の盾を破壊するために……無垢なる者たちの力は無色透明、すなわち無属性になると……アルマはそう考えた。」



エマが疑義をはさんだ、



「……意味が解らないんだけど……」



イリアは遠くを見つめた


「あの子達の持つ純粋な力がアルマの作った魔道器を駆動させる……マナを動力源エネルギーとして」


 ベアーは『あの子達』『魔道器』『動力源であるマナ』という言葉に何か嫌なものを感じた。それは僧侶の勘とでも言おうか……


そしてそれはルナも同じようであった、その表情は58歳の魔女としての厳しさが滲んでいる……


イリアはそれを察したのだろう、アルマの所業の本質に触れた。



「そう、あの子達はアルマの作った魔道器を動かすコアとなった……そして、『矛』を起動させるための実験が開始されたのです。」



イリアは気丈にふるまうとはっきりとした口調で続けた。



「最初はうまくいっていました……間違いなく魔人の盾を破壊できると。計器類に現れた数字は想像以上のものでした。私もアルマも確信しました。これで世界が救えると…………」



イリアはそう言うと再びうなだれた……


その表情を見たアルフレッドが鋭い一言を発した。



「……その実験、失敗したんだな……」



イリアは美しい顔で続けた。



「最悪の結果でした……どうにもならないほどの……マナの制御ができずに魔道器が暴走して……そしてコアになった子供たちは……」



イリアはさらに続けた、



「ですが……アルマはその事実を公表しませんでした。実験が失敗したという事実を隠ぺいしたんです。それどころか研究にはコストがかかって当たり前だと居直りました……彼女には子供たちに対する慙愧の念ではありませんでした。」



アルフレッドは厳しい視線を浴びせたまま質問した。



「そなたの物言いははっきりしていないな……まだ、何かあるんじゃないか?」



アルフレッドが切り込むとイリアは大きく息を吐いた、



「あの時、私はアルマの助手として実験の手伝いをしていました……それだけではありません……あの子達を…あの子達を……」



……イリアの頬からほろりと涙がこぼれた……



「……あの子たちをレビに連れてきたのは私なんです……各地にあぶれていた孤児や障害のある子供たち……捨てられた子たちを集めて……アルマの実験に……世界を救えると信じて……」



 ベアーは深いため息をついた。不遜の極みといって過言でない過去の事実はあまりに重たいものである……



「アルマは私に言いました『実験が失敗したことは隠せ』と『孤児がいなくなったところで誰も気に留めない、名無し(ジェーンドウ)に配慮は必要ない』と」



イリアがそう言うとルナが辛辣な一言を発した。



「あなたも事実を隠してアルマの共同正犯になったということね?」



真実を穿ったルナに対してイリアはうなずいた。



「そうです、実験の失敗を糾弾されることを恐れた私は……悪魔に魂をうってしまったんです。」



イリアがそう言うとその場の一堂は大きく息を吐いた……絶望の吐息である。



だが、ベアーはその吐息を吐くことなく重要な質問をぶつけた。



「あの子達は……どうなったんですか……僕もルナも合唱団の子供たちをこの目にしています。もちろん指揮者のロザリーも」



ベアーがそう言うとエマが冷静な見解を見せた。



「200年前の実験が失敗したなら、当時の子供たちは生きているはずがない……でもベアー君もルナちゃんも合唱団の子供たちをその眼にしている、それも現在の時間軸で……おかしいわ」



尋ねられたイリアは大きくうなずいた。



「そのとおりです」



イリアはエマの見解を認めると厳しい表情を浮かべた。



「……実のところ、私もわかってはいないんです……」



イリアはそう言うと鏡面のようになった水柱に映るアルフレッドを見た、実に真摯な表情である。



「あなたたちの力を貸してほしいんです……そうしなければこの地はなくなってしまう」



イリアがそう言ったときである、彼らの耳に妙な衝撃音が届いてきた。



40

それはセルジュが後方にバタンと倒れた音であった……セルジュは口をアワアワさせると、白目をむいて卒倒していた。


 あまりにひどい有様にその場の一堂は無言になったが、ベアーはセルジュに近寄るとその背中を抱きおこして様態を確認した。



「……ゆっくり呼吸して………」



 イリアの絶望的な吐露を耳にしたセルジュはショック状態に陥っていた、体が小刻みに震えて過呼吸になっている……



しゃがれた声を振り絞ろうとするセルジュは焦点の定まらぬ目をみせた



「しゃべらないで」



ベアーはそう言うとセルジュの手を取った。



「爪がはがれています……役に立つとは思いませんが……」



 ベアーはそう言うと久方ぶりに回復魔法(初級)の文言を唱えた。暖かな日差しのごとき温和な波がセルジュの指を包む。



「止血はできたと思います。」



ベアーがそう言うと口をアワアワさせていたがセルジュがやっとのことで言の葉を発した。



「私の……私の信じていたあ、ア、アルマ様が……アルマ様が……鬼畜だなんて……ただのど畜生じゃないか」



セルジュはイリアの話を受けとめきれないらしくその表情はすこぶる昏い……



「……私の帰依してきた25年は一体なんだったのだ……『導の書』も嘘だったんだぞ……」



 醜い容姿というコンプレックスに苛まれ、その歪んでしまった思いを正してくれたアルマの教えも100年前に町長とアルマの子孫により造られたまがい物であった。



「みな……私をだましたのか……」



 セルジュは心のやり場を完ぺきに失っていた。清き信仰心を砕かれ、その根源を否定されたことで己の在り方を根本から問い直されていたのだ……



「……どうして、こんなにひどいんだ……」



 感情の潮汐が幾重にも重なる……アルマに対して熱き信仰心をもっていた背虫男は己の過ごしてきた時間と行為が虚無に覆われていくのを感じていた。



気の毒におもったルナが声をかけようとするとベアーがその腕をやさしくつかんだ。



「今はそのときじゃない……どんな言葉をかけても無駄だよ」



ベアーは祖父の言った言葉をつぶやいた。



「心を砕かれた者は自分でけじめをつけない限り『前』に進めない。何も声をかけないことも薬になるんだ」



ベアーがセルジュの心中を察するとルナもゆっくりとうなずいた……



「今は、そっとしておこう」



 打ちひしがれるセルジュの姿は悲壮感あふれるものであったが、ベアーはあえて捨て置く選択を選んでいた。




イリアが真実を口にしますが、その内容は甚だ遺憾なものでした。ベアーたちは言葉をなくすほかありません……特にセルジュはショック状態に陥いってしまいました……



さて、これから物語はどうなるのでしょうか、200年前の真実を知ったベアーたちはいかなる行動に出るのでしょう?

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