第十七話
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町長とアルマの子孫である中年女は目の前にいる法王庁の使者に対して朗らかな笑みを送っていた。
「とうとう聖女廟が出来上がりました。長き道のりでしたが……町民の努力のかいもあり現在は観光客も見込めるようになりました。」
法王庁の調査団は町長の接待に対して『可もなく不可もなく』といった印象を見せた。
「先ほど町のほうで靄が出たようですが、大丈夫ですか?」
尋ねられた町長は温和な表情で答えた。
「季節的なものだと思います。何年かに一度、霧のような靄がでるのですが……一過的なものなので問題はありません」
町長がなにくわぬ顔で嘘をつくと隣にいたアルマの子孫も殊勝な表情を見せた。町長のかましたはったりに対して何の驚きもなく臨機応変に対応している……
法王庁の使節団はテーブルの上に置かれた質素な食事と安ワインを口にした。
「聖女アルマはこうした食事をしながら日々研鑽を積んでいたそうです。我々もそれにあやかり豪奢な暮らしや生活を控えていこうと考えております。」
町長がそう言うと法王庁の調査団は小さくうなずいた。そこには質素倹約という僧侶の哲学を重要視する姿勢が見て取れる。
「この後は聖女廟をぜひご覧ください……無駄な宝飾を避けて自然の太陽光を用いた照明は他の地域にはないものだと確信しております。」
町長がそう言うと法王庁の調査員は思わぬことを口にした。
「実は先ほど見させていただいた……抜き打ちという形で」
町長は思わぬ調査団の行動に驚いたが、その表情を変えぬまま耳を傾けた。
「実にすばらしかった……ところどころサフィアやルビーを用いた装飾もあったがあれらはアートとして認識できるものでした。絢爛豪華とは思えぬ趣があった。」
法王庁の調査員の長は続けた。
「とくに聖女アルマの棺を象徴化する自然光を用いた照明は優れている……」
法王庁の調査員は素直に聖女廟の演出を褒めた。
「他の地域の寺院であの建築演出は見たことがありません……ところであのアイデアを出したのは誰なのだ。ぜひ顔を見たいのだが?」
調査員の長がそう言うとアルマの子孫である中年女がおもむろにハンカチを取り出して目もとを抑えた。
「セルジュと申します……ですが…その者は……その者は……すでに」
中年女は町長とともに真実を知ったセルジュとベアーたちを葬っていたのだが……良心の呵責など微塵も見せずに悲しむ様子を見せた。
「セルジュは……この聖女廟を造ることに心血を注ぎ……そして病に倒れ……亡くなりました」
隣で聞いていた町長も目を伏せた。
「惜しい人を亡くしました」
二人の悲しむ様子を見た法王庁の調査員たちは嘆息した。
「そうですか……」
調査員の長はそう言うとテーブルを立った。
「レビを直轄地にするか否かということですが、本部には前進するように伝えておきます。あとから事務的な作業を詰めるための人員を送るようにします。」
『前進』という単語を聞いた町長とアルマの子孫は内心甚だしくほくそ笑んだ……もちろん表情にはその喜びをおくびにも出さない。セルジュを失って悲嘆にくれる人物としての姿勢をあくまで貫いた。
調査員の一団は二人の様子を確認すると満足した表情を見せた。
「では、我々はこれで」
調査員の長がそう言うと二人は頭を深く下げた。
『やった、直轄地だ、これで国税を払う必要がなくなるぞ。レビを収める長官として自由自治が認められる』
『……アルマの子孫として私の息のかかった人間がレビで君臨する……』
二人は自分たちの秘めたる計画が貫徹されたと認識した。
『真実を知るセルジュも魔道兵団の団員もあのガキどもも、皆死んだはず……我々におそれるものはない!』
ベアーたちが生きていると知らない二人はそう結論を下した。
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さて、その頃、ベアーたちは……
集石場はレビ川につながっているため、川沿いに歩くことで外に出ることは困らなかった。ベアーたち一行は谷間のようになっている昏い道をすり抜けると鬱蒼とした森に出ていた。
「やっと外だよ!!」
ベアーたちはほっと一息つくとその場にへたり込んだ。だが、それもつかの間……新たな事態が発生した。町のほうに乳白色の靄が再び現れ始めていたのである。
「うそ……また出てきた」
ルナがうざそうに言うとイリアが答えた。
「あの子達が再び動き始めたみたいね」
だがその口調は芳しくない……合唱団の子供たちを止める手立てどころか、彼らの居場所さえわからないからだ。それ故に次の一手が打つことができない……
「休む間も与えてくれないなんて……向こうもしっかりしてるわね」
エマは嫌味な口調で言った。
「見てあっちのほう!」
エマが指差した方向には街道に続く道がある……だがその道にはすでに先ほどの靄がかかっていた。そのかかり方は旅人の通行を妨げるには十分すぎるほどに濃いものである……
エマは嘆息した。
「私たちの行動を読んでるみたい……あれじゃあ、街道には出られないわ……アルフレッド様に連絡を取るつもりだったのに……」
エマは切り札をつぶされたことにほぞをかんだ。
「クソッ!」
エマが悪態づくとイリアがそれに応えた。
「……連絡は取れるかもしれません…………」
イリアはそう言うと一つの可能性に触れた。
「もし、アルフレッドが賢者の遺産を受け継いでいるならば『泉』の力を活用できるかも」
イリアがそう言うと一同は意味深な表情を見せた。
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さて、同じころ、炭焼小屋の隠された地下では……
激しい動機は収まったものの軽い眩暈は続いている……アルフレッドは深呼吸を繰り返していた。
『どうやら気を失っていたようだな……』
アルフレッドは泉の淵に手をついてやっとのことで立ち上がった。
『知識の泉は素人には荷が重すぎる……所詮は魔道器の職人……魔導には精通しない私では扱い切れん……』
賢者アルフレッド……人からはそう呼ばれていたが、彼に魔道の適性はみじんもなかった。むしろ魔法を使うことさえままならず、その能力は甚だ低かった……
『歴史を学び語学を学び政治を学んだ……医学を修め、本草学を修めた……だが魔道に関しては幼子にも劣るほどの能力しか発揮できなかった……』
アルフレッドは僧侶のように言霊を操って魔導書を読むことも、魔女のようにマナと呼ばれる魔法の源を操る術も身に付かなかった……ひとえにセンスがなかったからだ……
『学んでもどうにもならないものがあると知らされた……人には限界があるということも……』
アルフレッドは己の力の限界を悟った過去を思い出すと自虐した。
『所詮は職人だ……私にマナを扱う力はない……人からは賢者と呼ばれているが魔道に関しては愚鈍で蒙昧だ……情けない』
アルフレッドがそう思ったときである、目の前にあった泉の水面がさざ波をうった。それはありえないことである。
さしものアルフレッドもその眉を動かした。
『なんだ、これは……』
アルフレッドが素直に驚いたときである、さざ波をうっていた水面が立ち上がった。それは滝が逆流するかのようにしてさかのぼっていく……
そして、
逆流して立ち上がった流水の水面が鏡のようになると、その水面に思わぬものが映し出されていた。
「……なんと……」
アルフレッドの眼には見たことのある顔がいくつもうつっていた……
*
さて、一方、泉のほとりに立っていたベアーたちは……
イリアの文言により生じた水面の変化を観察していると突如として水柱が立ち上がり、その柱が鏡のように変化するのをその眼にしていた……そして彼らの眼には思わぬものが映っていた。
「あっ、アルフレッドさんだ!!」
ベアーがそう言うとルナが驚いた!
「あっ、ほんとだ、じじいだ!!」
エマは驚いて声を亡くしたが、鏡面のようになった水面に映ったアルフレッドから思わぬ言葉が飛んだ、
「じじいとはなんだ!!」
いきなり説教モードに入ったアルフレッドであったがルナは鼻の穴をほじって発言した。
「あっ、じじいがしゃべってる!!」
ルナがそう言うとイリアが口をはさんだ、
「音声も認識できます……でも今は……あの子たちが動き出しています、無駄なやり取りはあとにして」
イリアがそう言うとベアーたちはアルフレッドに対してレビの状況を矢継ぎ早に話し始めた。
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ベアーたちがイリアの話をかいつまむとアルフレッドが発言した。
「状況は大体呑み込めた……切羽詰っていることも、そしてその要因もな」
アルフレッドはレビを覆う靄の原因が幼子たちの合唱隊にあることを理解した。そして彼らがレビ川を氾濫させようとしていることも……
200年前の恨みと100年前の人々の聖女ねつ造という事実が彼らをさらに怒りのるつぼに放り込んだということを……
アルフレッドは一つの結論に至った。
「幼子たちの合唱隊と対峙せねばならんな。彼らと対話してその怒りを鎮めるほかない。だが、彼らの怒りの原点がわからねば、その対処もままならんだろう」
アルフレッドは厳しい表情を見せた、
「そなた、イリアと申したな……200年前、何があったのだ。アルマ ブルックリンの所業を具体的に教えてくれ」
アルフレッドはそう言うと厳しい表情を崩さずに続けた、
「過去の事実を知らねば対策は打てない。たとえ厳しいものであったとしてもな」
アルフレッドは事案を解決するためには200年前に起こった事象の本質を理解する必要があると判断していた。
「もちろん、お主のやったこともだ」
アルフレッドがそう言うと、イリアはうなずいてから当時のことをゆっくりと語り始めた。
イリアに助けられたベアーたちはアルフレッドとの交信に成功します。一方、町長たちは法王庁の調査団との会合で成果を収めます……
*
次回はイリアの口からから200年前に何があったのかが語られます。




