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第十六話

33

凄まじい勢いで落下していく……正直助かる見込みはない。ベアーはこの状況をいかに好転させるか苦悩した。



『……これで終わりなのか……俺の人生は……』



 ベアーの中で様々なことが思い浮かぶ。今までの旅、友人の顔、これまで食べたものや経験したこと……それらの断片が胸中で複雑に絡まる。


だがその中でも一番強いイメージとして現れたのはアレであった。



『そうだ……まだ、ニャンニャンが……』



 ベアーはそう思うと性少年としての抗いを見せた。童貞の力を発揮するべく中空で必死にもがいたのである。



だが無情にもその行為に意味はなかった……



『クソ!!!』



 そんな思いが生じたときである……背負っていたアルカ縄のリュックの留め紐がはずれると、中に入れていたマントが飛び出てきた、


ベアーの指にマントの留め具が引っ掛かる……ベアーはここぞとばかりにそれをつかんでいた。



『……これ何とかなるのかな……』



生に対する純朴な思いが脳裏ではためく……



『何とかせねば!』



ベアーはそう思うとマントの隅に指をかけた。



『……ムササビみたいにならんかな……』



 そんな風に思ったときである、上方からエマとルナが落ちてきた。二人ともベアーのマントを見つけると必死になってしがみつこうと中空でもがいているではないか……



 ベアーが手を伸ばすとその小指にルナの右手が重なった……一方、エマは自分でマントの一部を鷲づかみにしている……



そして転瞬、



マントの隅をつかんだ3人は帆船の帆を張らすように展開していた……



 だが3人の荷重にマントが耐えられるはずもない……布の千切れんとする音が3人の耳に届く……さらには3人の位置関係が悪くバランスが崩れている……結局、落下は免れない……



「だめじゃ~ん」



ルナがそう言った時である、思わぬことが起こった。


                                  *


 なんと、下方からさわやかな風が舞い込んでくると、その風はベアーたちの指にかかったマントを一気に広げて落下の速度を遅らしたのである……


 それどころか、その風はベアーたちの体さえも支えている。まるで都合の良い上昇気流が突然に起こったかのようだ


『…どうなってんだ…』


ベアーがそんな風に思ったときである、ルナがポツリとこぼした。



「この風……マナを感じる……」



ルナが魔女として確信してそう言うとセルジュが落下してきた……


 一番近くに位置していたルナがマントの方向が変わるように体を振るとセルジュの手にマントが届いた。爪がはがれているためうまく握れなかったが、ルナが助けてやるとセルジュは必死になってマントにしがみついた。


                               *


 ベアーたちは突然に生じた上昇気流により地面にフワリと着陸していた。傷一つなく無事であることは極めて不可思議であったが、互いに元気そうな顔を見ると自然と顔はほころんだ。



「…なんか助かったわね…」



ルナがそう言うとエマが続いた、



「ええ、びっくり…でも下から吹きあげてきたあの風……なんだったのかしら……」



エマがそう言った時である、ベアーとルナの耳に聞いたことのあるいななきが聞こえてきた。


そのいななきは小高くなった砂利の山頂から発せられている、



ベアーとルナは『アイツ』だとすぐに気付いた。



34

アイツはふてぶてしいまでにでかい態度を見せるとルナとベアーを見てニヤリと笑った。その表情には≪お前たちの危機を救ったのは俺だからね~≫といわんばかりの威勢がある。


それに対してベアーが反応した。



「態度がでかいな、でも、助けたのはお前じゃないだろ!」



不細工なアイツにベアーがそう言った時である、闇の中からフッと人が現れた。



「あなたたちを助けられたのは……この子が教えてくれたから」



 そう言ったのは神々しいまで美しい娘であった。褐色の肌、銀髪の髪、そして独特のとがり方をした耳……ベアーはすぐに誰だかわかった。



「あっ、あなたは、あの時のダークエルフのおねぇさん……」



ベアーがそう言うとルナが合点のいった反応を見せた。



「そうか、さっきの風……あなたが」



ルナがそう言うとダークエルフの娘が声を上げた。



「私の名前はイリア……あなたたちの助けがいるの」



イリアはそう言うとベアーを見た。



「これから大変なことが起こる……あの子達を止めないと」



イリアの真剣なまなざしはその場の全員に畏怖を与える厳しさがあった。


                                 *


 イリアの話はあまりに現実離れしていた。だが、突如レビに現れた靄や合唱団の幼子たちに対する見解は耳を傾けざるを得なかった。


「あの子達はアルマの過ちを正すために立ち上がったの……不遜の極みをなさしめたアルマの所業を糾弾するため……そして100年前の人々がねつ造した事実を破壊するために」


イリアは淡々と続けた。


「200年前の怨念がこのレビには脈々と残っています。そして100年前にねつ造された聖女アルマというシンボルによりあの子達の怒りはさらに増幅されました……歴史に名を遺した賢人でもあの子達を鎮めることはできないでしょう……」


イリアは変わらぬ口調で結論に触れた。



「あの子達の呪いの力はこの地のパワーバランスを崩します……合唱団のコーラスが天に届いたときレビ河は氾濫する……そして河の氾濫は河口の田畑を飲み込んで人々の生活を引き裂くわ……」



ベアーはレビ川の氾濫という単語に身震いした、



「レビ河の河口が氾濫すれば植えたばかりの麦が全滅する……あそこは肥沃な穀倉地帯だから……小麦市場でとんでもない混乱が起こる……」



ベアーが貿易商の見習いらしき見解を見せるとルナがポツリと述べた。


「じゃあ、パスタも食べられなくなるの……ロゼッタでバイトできなくなるじゃん!」


ルナが素朴な意見を述べるとエマが付け加えた



「それどころじゃないわ、飢饉よ、飢饉が起こる……そうすれば社会は大混乱」



ベアーがさらに知恵をまわした、



「食べ物の枯渇は混乱だけじゃすみません……食えなくなった人々は暴徒になる……マズイどころの騒ぎじゃないですよ……混沌ですよ、混沌が生じる」



ベアーがそう言うとイリアが重ねて助けを求めた。



「お願い、あなたたちの力が必要なの」



言われたベアーたちは大きく息を吐くとイリアの願いでを承諾することにした。



「助けてもらった恩もありますし……それにレビ川の氾濫は我々の生活にも関係します。できる範囲で最善を尽くしたいと思います。」



ベアーはそう言うとイリアのチュニックからのぞく胸を一瞥してからキリッとした表情を見せた。


 それを見たルナは間髪入れずにベアーのむこうずねを神速で蹴り上げた。ベアーは絶叫したがルナはそれを捨て置いて発言した。



「助けてもらったから多少の恩返しはしてあげるわ、そのかわりノシをつけてよね!」



ルナが鼻をツンとさせてそう言うとエマが魔道兵団の団員らしい見解を見せた。



「あなたにはまだ隠し事がありそうだけど……魔道器の回収は私の使命……力を貸すわ!」



エマの発言に対してイリアは陰りのある表情を見せた。



「ええ、私は悪魔に魂をうった女。あなたたちには本当の話をしなくてはいけないと思っています。」



イリアはそう言ったがその表情には精気がもどっている



「ですが今はあの子達を止めなくては!!」



イリアがそう言うとエマが即座に反応した。


「ここを出ましょう、街道まで行けば早馬を出してアルフレッド様に連絡できるはず。そうすれば知恵も借りられると思うわ」


 エマがそう言うとロバはフンフンと頷きながらエマに近寄った。そして同意するいななきを見せるとエマの臀部にそれとなく顔を押しやった。自然な流れでのなかで展開するセクハラである。



『……あいつ、またやりやがった……』



 この状況下で自分の欲望を素直に貫徹するロバに対してベアーは『グヌヌヌヌッ』と唸らざるを得なかった。




落下していたベアーたちですが……イリアの力により一命を取り留めました。ですがイリアの話によるととんでもないことが起こるようです。


果たして、彼らはこの後どうするのでしょうか?

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