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第十五話

31

セルジュの案内により聖女廟の棺の前に立ったベアーたちであったが……状況は想定を超えていた。


「……何これ……」


エマはセルジュから取り返した機器を仰ぎ見ると素っ頓狂な声を出した……


「……こんなの見たことない……」


 波形の乱れはみじんもなく、そこには美しいまでに調和のとれた図形が浮き出ていた。それはまるで花弁のようであり、それらが舞い散るようにして乱れ飛んでいる……



エマは機器をベアーに渡して棺の近くに身を乗り出した……そして状況を見極めようとしている。



「やっぱり中よ、中を見ないと!」



エマがそう言うとセルジュが異議を唱えた、



「ダメだと言っているだろ!」



そのときである、エマに計器を渡されたベアーが声を上げた。



「……この形……どこかで見たことあるぞ……」



ベアーがそう言うとルナが計器を覗きこんだ。



「あっ……私も見たことある……これアレだよ!」



沈思していたベアーは突然に手をたたいた、



「そうだ、これあの子達だよ……あの子達のスカーフにあった紋様だよ」



ベアーがそう言うと、ルナも同意した。



「間違いない、あの子達だ。ロバと厩でじゃれてた子供たち」



ルナがそう言うとエマがそれに反応した、



「それ何のこと?」



ベアーが『かくかくしかじか』と不可思議な子供たちのことを話すとエマは大きく息を吐いた。



「13人の合唱団……そしてこの波形……スカーフの紋様」



エマはセルジュを見た、そこには魔道兵団としての勘が閃いている、



「あなた、何か知ってるんじゃない?」



エマに詰問されたセルジュはかぶりを振った。



「いや、しらんよ、そんな紋様……見たこともない」



セルジュは正直に答えたが、エマはそれにかまわず質問をかぶせた、



「何かあるでしょ、たとえばこの地に伝わる童謡とかわらべ歌とか……古い詩とか……そういうものでもいいの!」



言われたセルジュは中空に目をやるとセルジュの祖母が幼い時に聞かせてくれた子守唄に触れた。



≪天使たち、気高き子供は歌う


緑豊かな森に泉が湧き、猛き川の流れをせき止めん


その歌声は実りの秋をもたらさん≫



セルジュは続けた。



「この子守唄はとても古い歌で……祖母の代よりもはるか昔に造られたとか……」



セルジュがそう言った時である……思わぬことが起こった



なんと石棺の蓋が勝手に開きだしたのである



                                 *


あまりにオカルトチックな展開にその場の全員がその眼を点にした。



「ちょっ……なんで勝手に開いてんの……」



ルナは顔を引きつらせたが、エマはすぐさま立ち直ると興味津々の表情で石棺の中を覗こうとした。


そして、セルジュを振り払うとその身を乗り出した。



「……なにこれ……」



石棺の中を覗き込んだエマは驚きの見せた。



「…マジか…」



 一方、エマを止めようとしたセルジュも石棺の中を見てしまったのだが……その表情は驚愕に彩られている……



「……なんだこれは……」



セルジュは体から力が抜けるとその場にへたり込んだ



「……嘘だろ……」



その場の一堂に何とも言えない沈黙がふりかかる……



何と石棺の中は空だったのである。



 一同は呆然としたが、よく見れば棺の中は外側とは異なり妙に真新しい……200年前の物とは思えない……



「……なんかおかしくないか……」



 ベアーが素朴な疑問を持ったときである、聖女廟の入り口がバタンと音を立てて閉まると上空に位置した中二階からしゃがれた声がかかった。



32

ベアーたちに声をかけたのは町長とアルマの子孫の中年女であった。見下ろすその表情は実に毒々しい。



「お前たち……棺を開けたようだな」



その物言いには秘密を暴かれたことに対する怒りが滲んでいる……



「……余計なことしちゃって……」



中年女が三段腹をブルンと揺らすと初老の町長がセルジュを見た。



「このうつけどもめ!!」



一方、暴言を吐かれたセルジュは反論した、



「町長、これはどういうことですか……アルマ様の遺骸が……入っていないなんて……」



セルジュが声を震わせると町長が何食わぬ顔を見せた。



「100年前にいろいろあってな……とっくの昔にアルマの遺骸など処分されておるよ、アルマの残した記録とともにな」



町長は続けた、



「聖女アルマの実績は輝かしいだけではないのだよ。仄暗い、いや、ぬばたまの黒といってよい闇がある。だが、それは他の者に知られるわけにはいかんのだよ」



中年女が続いた、



「いろいろあったのよ、遠い昔にね、フフフ」



中年女は何事もなく続けた。


「まあ、棺を開けて中を観ちゃったら元も子もないんだけどね」


その物言いにはさっさと面倒事を済まそうという思いが透けて見える。


セルジュは空になった棺をもう一度見ると声を震わせた。


「……どういうことなんですか……」


セルジュが薄くなった頭髪をかきあげて質問する、



「導の書……私を導いた、あの教えは……」



聖女アルマの記した『導の書』をセルジュが懐から出すと町長が答えた。



「あれは100年前に私の曽祖父が創り上げたものだ、聖女アルマの名を借りてな。ほかの宗教の教えをつなぎ合わせた張りぼてだ」」



言われたセルジュは言葉を失った……あまりの衝撃に反応できなくなっている。



「セルジュよ、レビはもともと貧しい土地だった……材木を用いた林業はあったが、それでは飯が食えなかった。そこで100年前の人々はアルマの善行を観光のために生かす策を取った、そして知恵を絞って宗教都市にする方針を取ったんだ……アルマの悪行を隠してな」



町長が何食わぬ顔でそう言うとエマが食って掛かった。


「悪行……聖女アルマは何をしたの?」


それに対して中年女が答えた。



「言ったでしょ、知らなくてもいいことがあるって」



中年女が陰険に笑うとセルジュが町長と中年女を仰ぎ見た。



「まさか、あなたたちは私をだましたのですか?」



それに対してアルマの子孫である中年女がさらりと答えた。



「だまされるほうが悪いのよ~」



女が腹の肉を揺らしながらそう言うと町長は窓から外を見た。



「どうやらあの靄も収まってきたようだな……いいタイミングだ」



町長はそう言うと中二階の壁面についた妙なレバーに手を置いた。


「この聖女廟は洞穴をくりぬくときに大量の岩石が出ることを加味して設計されている、そしてその岩石は地下に流れるレビ川へと落ちる仕組みになっている」


町長が意味深に言うとセルジュが即座に反応した、



「……集石場……」



セルジュがそう言うと町長が笑った、


「あっ、そうだな……この聖女廟の設計にはお前もかかわっていたんだったな」


 町長はそう言うとレバーを引いた、ぜんまいと歯車のかみ合う駆動音がするとベアーたちのいる床が傾き始めた、急激に角度がついたために皆がバランスを崩す……


「私たちは法王庁の連中と会合があるからな……これからの話をせねばならん。余計な知識がある者がいると困るのだよ。アルマの過去を彼らに知られるわけにはいかんからな」


町長が厳かにいうとルナがうなった。


「こっちには魔道兵団の団員がいるんだからね、何かあっても必ず調べられるわよ!」


ルナが息巻くと中年女が三段腹を揺らした。


「魔道兵団……関係ないわ。死体が見つからなければ、捜査もできないでしょ。フフフ」


中年女が愉しげに言った時である、床の傾斜がさらに鋭角的になった。



「では、諸君さらばだ!」



 町長は朗らかに言うともう一つレバーを引いた。その瞬間に破砕した石を落とすための空間が出来上がる。


傾斜に逆らえなくなったベアーたちはぽっかりと口をあけた昏い穴と落ちて行く。



だが、一人だけ必死に気張って落下しない人物がいた。



「ほう、まだ落ちぬのか……セルジュよ」



背虫男は町長をにらみつけた、その鬼気迫る形相はもはや人間とはおもえない。



「だましたのか……俺をずっとだましていたのか……」



町長は朗らかに微笑んだ、



「お前が行脚して集めた寄付金で建立した聖女廟は私が大切に使ってやる、金もうけの手段としてな」



町長が言うとアルマの子孫である中年女があくどく笑った。



「さよなら背虫男~ バイバイ~」



セルジュは怒りにまかせて指をタイルに食い込ませたが……


残念、無念……そして無残にも親指の爪がはがれてしまった……


そして……大理石の床を転げ落ちると血の痕跡だけを残して奈落へと落ちて行った……



聖女廟に着いて、事態の収拾を図ろうとしたベアーたちでしたが……棺の中は空でした。


さらには突然に現れた町長たちに思わぬ真実を告げられます。それどころか、真実を知ったベアーたちは集積場へと落とされます……


はたして彼らの運命は?

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