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第十四話

29

地下牢に入れられたベアーたちは牢屋から出る打開策を練るべく話し合っていた……だが2時間ほどすると治安維持官の様子がにわかに変わった……


彼らの表情は緊張感に支配されていた……ベアーたちは現状を把握するべく耳を澄ませた。



『外がおかしいらしい』


『靄が出てるって……乳白色の』


『倒れた連中もいるらしい』



ベアーたちの耳に妙な情報が聞こえてくる……



『助けに行った救急隊も……戻ってきてない……』


『町の一部が靄に飲まれているそうだ』


『こっちのほうにも靄がかかってきてるらしいぞ!』



伝聞推定の話が職員の口から漏れ出しているが、状況が実に芳しくないのは容易に想像ができた。



「やっぱり……」



エマは下唇を噛んだ……レビを調査してきた魔道兵団の団員として悪い予感が的中したからだ。


エマは叫んだ、



「ここから出して、はやく調べないと、もっと大変なことになるわよ!!」



 だが浮足立った治安維持官たちはエマの言葉に耳を貸すどころか任務を放棄して脱走する様子を見せた。その表情は任務に従事するよりもはるかに真剣である。


「あいつら、任務放棄しやがった……ったく鍵ぐらい開けていきなさいよね」


エマが毒づくとルナがそれに反応した。



「未知の事象が生じると人間なんて簡単にパニックになるわ……あんなもんじゃない。」



ルナが修羅場をくぐった魔女らしい見解を述べるベアーがそれに続いた。



「人間なんてそんなもんですよ。バッジをつけていようと、僧侶であろうと、高貴な貴族であろうと手におえない事態には逃げるのが一番ですからね」



ベアーは飄々とした表情で続けた、



「それより、どうやってここから出るか考えましょう。」



ベアーがそう言った時である、一階に続く階段から突然にけたたましい足音が聞こえてきた。


                                 *


 その足音の主はセルジュであった……走ってきたのであろう、額からはフツフツと汗が浮きでている。


血相を変えたセルジュの様子を見たエマはすぐさまその表情から彼の意図を悟った。



「何か起こったんでしょ?」



 詰問されたセルジュは大きく息を吐くと乳白色の靄が町で発生していること、そしてその靄を吸った人々が昏倒している事実を述べた。



「言ったでしょ、ヤバイって」



エマは落ち着いた口調で述べた。



「原因を調べないとこの後どうなるかわからないわよ、もっとひどいことだっておこるかも」



言われたセルジュは下唇を噛みしめた。



「とにかくここから出して、聖女廟の棺の中を調べないと!」



エマがそう言うとセルジュがかぶりを振った



「そんなことはできない、アルマ様の遺骸は人目にさらすものではない!」



 その物言いには強い信仰心が現れている、無理に棺を開けようものなら何をするかわからない凄味がある……


ベアーはその様子を見ると一つの提案をした。



「あの……棺の中を見ないことにすればいいんじゃないですか……外側だけとか……」



ベアーは続けた、



「状況が状況ですから、これ以上被害が増えればこの事態を収束できない皆さんに対する非難も生まれるんじゃないでしょうか……観光客がこの事実に気付けば騒ぎ出すのは目に見えています……」



言われたセルジュは不快な表を浮かべた、



「そうだよ、聖女アルマのイメージもガタ落ちになるかもよ、それを観光客が他の地域で吹聴したら大変なじゃない。」



ルナは鼻をほじるといやらしい目を見せた。



「今のうちに調べれば……事態の収束も簡単かもよ、秘密裏の処理もできるかもしれないし?」



ルナがセルジュの度量を試すように言うとセルジュは顔を真っ赤にした。



「魔女に言われたくない!!」



 そうは言ったもののセルジュは僧衣の懐から鍵を取り出すと牢屋を開けていた。ベアーとルナの言動に心を動かされていたのだ。



「中はダメだぞ、棺の中は、絶対だぞ!!!」



セルジュはそう言うと外につけてある荷馬車のところに向かった。



エマはベアーとルナを見ると彼らの戦略的なトークに感心した表情をみせた。



30

森深き泉のほとり……


そこではコーラス隊が声を上げていた、幼子たちは大きく口を開けている。


ダークエルフであるロザリーは様子を見ながら指揮棒をふるっていた。



『なかなかいいわ、うまく調和している』



高音部と低音部がうまくハモるとロザリーはほくそ笑んだ。



『このまま、サビの節まで行けば完璧!』



 少年、少女の幼子が大きな口を開けて謳いあげる。実に澄んだ歌声である。木々が揺れ、小鳥たちが耳を澄ました。


『いいわ、いいわ……とっても』


調和した歌声がロザリーを包むと彼女の心の中でどす黒い感情が沸き起こった。


                                   *


『何が聖女アルマよ……あの女…私たちをだましやがって……』



興奮したロザリーはその背中から黒いオーラをにじませた。



『あの女は許せない、絶対に許せない。でも、あの女を信望する奴らも許せない。嘘で嘘を塗り固めた連中……なにがあっても許せない!!』



 指揮棒の動きはメロディーのサビにかかると一層激しい動きとなった。コーラス隊の高音部と低音部が再びハモる。天上の歌声が空へと舞いあがる……



ロザリーは悪辣な笑みを見せた……



『いいわ、この調子……この調子!』



ロザリーが歓喜したときである、ハモっていた中に雑音が入った、



『………』



 コーラス隊の一人が音程を外したのだ……息継ぎのタイミングを間違えて高音が出せなかったのである……



ロザリーはその幼子のところに行くとにらみつけた。



「また、あんた!」



 言われたのは背虫の男の子である……睨まれた背虫の男の子は申し訳なさそうな表情を見せるとその場にへたり込んだ。



「つかれっちゃったよ、ロザリー……」



 背虫の男の子がそう言うと他の子供たちも大きな息を吐いた……その表情には徒労がわき出ている。目にクマができている幼子も少なくない。



それを見たロザリーは荒い息を吐いた。



『……連続して謳いあげる体力がないのね……』



そう思ったロザリーは沈思すると発言した、



「……少し休みましょ……」



ロザリーはそう言ったがその内心は不愉快極まりなかった。



『もう少しだったのに……もう少しで霧が町全体を包んだのに……』



 ロザリーは強い憤懣をもったが、彼女の計画を貫徹するためには子供たちの力は絶対的に必要だった……



『少し休んで、落ち着いてから……本番よ……今度こそ』



ロザリーは心中そう思ったが、彼女の脳裏には『あの時』のことがはっきりと浮かんでいた。



『絶対にもう失敗はしない』



ダークエルフの娘は下唇を強く噛んだ……



『絶対に復讐は貫徹する、それが私たちに残されたこの世界に対す愛』



ロザリーはゆっくりと目を閉じた。




妙な靄が町を覆い始めたためにセルジュはベアーたちに助けを求めました。


一方、ロザリーが指揮する合唱団は着々と力をつけ始めています。


さて、この後どうなるのでしょう?(次回は『変化』のある『話』となる予定です)

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