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第十三話

27

さて、その頃……


 セルジュはベアーたちを治安維持官の詰所にある地下牢に追いやった後、現状を報告するべく町長のいる部屋に向かっていた。魔道兵団の団員であるエマが秘密裏に聖女廟の調査をしていたことが気にかかったからである……



『あの女は……何を探ろうとしていたのだ……』



セルジュはそんな疑問を持ちながら町長のいる執務室のドアをノックした。



しばしすると声がかかった。



「入れ!」


町長の大仰な声がかかるとセルジュはドアを開けて中に入った。


「何の用だ?」


 町長はどことなく機嫌が悪かったがセルジュはそれに臆することなくエマとベアーたちのやり取りを語った。



「魔道兵団の調査だと……非公式な打診も受けておらんぞ」



町長は実に不快な表情を浮かべた、


「聖女廟に魔道器の存在を示す波形が……それも不安定だと申しておりました」


セルジュがやや心配そうに言うと町長は苦々しい表情を見せた。


「明日、法王庁の調査員がやってくる……魔道兵団が動いてるなどと知られるわけにはいかん。まして秘密裏の調査がおこなわれているなどと……何か問題があるかのように思われるのは甚だ遺憾だ。」


 町長はレビが法王庁の直轄地として認められ、国税の免除という特権を手に入れることに主眼を置いていた。それゆえにトラブルと思える魔道器を示す波形のことは世迷言として処理したいと考えた……


「セルジュよ、法王庁の調査団が帰るまではそやつら牢屋に入れておけ!」


町長はセルジュがかしこまるのを見ると罪深い表情を見せた。



「我々の敵になる相手なら……『処理』してもかまわんぞ。アルマの御名において」



セルジュは『アルマの御名において』という単語に背筋を震わせた。



「聖女廟に無断で入った輩であろう、無礼うちということにすればいい。いざとなったときは……容赦するな」



町長はそう言うとセルジュに出ていくように目くばせした。


                                 *


 セルジュが出ていくと執務室の奥にある小部屋からでっぷりとした中年の女が出てきた。ネグリジェを身に着けているが、その下に下着はつけていない……



「いつみても、あの男は気持ち悪いわ~」



 素朴な発言であるが感情を隠さぬその物言いはじつに辛辣である。その表情には汚いものを見るような不快感がある……


「確かにあの男の容姿は人前に出せる代物ではない……だが聖女アルマに対する帰依心は半端ではない」


町長はそう言い切るとでっぷりとした女に近寄った。



「アルマの子孫であるお前には興味はないようだが……この町を造り、氾濫する川の堤防を築きあげた初代アルマ ブルックリンには恋心にも近い思いを持っておる、それも相当のな……フフフ」



 町長はセルジュの熱い思いを十二分に理解していた。醜き者だけが持つ純粋さに裏付けられたアルマに対する思いである。



「奴がいなければ、聖女廟はできていなかった。20年にわたり寄付を募りながら各地を行脚して多額の資金を集めた。そして最後には自分の生家さえも売ったのだからな……その結果、法王庁の連中も直轄地の打診を受ける姿勢を見せた……」



それに対してアルマの子孫であるでっぷりとした女が素知らぬ表情で答えた。



「そんなの背虫男が勝手にやったことよ、私には関係ないわ」



ネグリジェをヒラヒラさせながら中年女は町長を見た。


「でも法王庁から直轄地として認めてもらえば、税金の優遇があるんでしょ。そうすればあなたは執政官の地位と権力を手に入れる……」


女が怪しく笑うと町長がそれをたしなめた。


「君もアルマの子孫として代々、尊敬の対象として君臨することになる。普通の暮らしもおぼつかなかった人間がね……十分すぎる出世じゃないのかね」


町長がそう言うと女は再び怪しく笑った。


「そうね、私の血を受けた人間が子子孫孫にわたり崇められる……悪くないわ~」


中年女は腹をゆすると不遜な表情を浮かべた。



「目的を達成するためにはあの背虫男には手足となって働いてもらわないとね!」



でっぷりとした中年女は三段腹をブルンと揺らした。



「でも、あの背虫男……聖女アルマ ブルックリンがやったことを知ったら……卒倒するでしょうね……」



女が罪深く言うと、町長がそれに応えた。



「ああ、奴なら、自殺しかねん」



町長はセルジュの信仰心のあつさを認識していた、そしてそのまっすぐすぎる思いも……



「だが、知られなければ問題ない」



 言い切った町長の物言いは実に朗らかである……だが初老の好々爺が見せる微笑みの中には人間性を感じさせない悪辣さがあった。



28

セルジュは町長の執務室を出た後、聖女廟に向かうと聖女アルマの遺骸の収められた棺の前に立った。一日の最後を飾る『祈り』を行うためである。


『夕方の聖女廟は趣がある』


 聖女廟は建造物の構造上、夕日がささない為、すでに篝火としてろうそくがともされているのだが、その炎の揺らめきは棺を象徴的シンボリックにみせている……


『……ああ、アルマ様……』


セルジュは観光客が去って、静けさを取り戻した大理石に覆われた空間で膝まずいた。


『ごみのような連中と付き合うと徒労も感じますが……あなた様に祈ることで私は安らぎを得ております……』


セルジュは本日の出来事を思い起こすとため息をついた。


『魔道兵団の団員と称する女があなた様の周りをうろついておりましたが……牢屋にぶち込んでやりました』


セルジュは尊崇する聖女アルマの前で自分の行いを述べた。


『町長もあなたの御子孫も人間的に問題はありますが、この聖女廟を造る上では彼らの力は必要でした。なにとぞその点はお許しください』


セルジュは心の中で祈ると、核心的な問いかけをアルマに向けた。


『先ほど牢屋にぶち込んだ連中ですが……いかなる処遇が適切か迷っております。』


セルジュは棺を見た。



『罰金支払いからの追放、鞭打ちのうえ追放……もしくは……』



セルジュは町長の言動を思い起こした。



「……秘密裏に処理……」



セルジュはひとりごちたが血を流すことにいささかの戸惑いがあった。



『あなた様にたいしてあの女が言った暴言は到底許せるものではありません。ですが相手は魔道兵団の団員……下手な一手は新たな過ちを引き起こす……』



セルジュは熟考した。



『早めの証拠隠滅……魔道兵団の団員とはまだ確認はとれていない……ならば思い切って』



そんな考えがセルジュのなかでもたげたときである、その背後から大きな声がかかった。



「セルジュ様、大変です、町のほうが!!」



セルジュが振り向くとエマを捕縛した僧兵が息せき切らせている。



「霧というか靄というか……妙な煙が町を包んでいるんです!」


「火事ではないのか?」



セルジュがそう言うと僧兵はかぶりを振った。



「ちがいます……人が……住民が昏倒しているんです!」



意味不明な僧兵の言葉にセルジュの表情は歪んだ……


『どうことだ……』


セルジュは駆け足で聖女廟から出ると町のほうに眼をやった。



『…なんだあれは…』



 セルジュの眼には乳白色の靄が映っている。その靄は町の上空50mほどのところで渦巻いていた……


「あの靄のようなものにさらされた者は皆倒れています……意識が消失するようです」


僧兵がそう言うとセルジュは言葉を亡くした。



「一体……何が起こっているんだ……」



 セルジュがそう思ったときである、エマから没収した荷物の中から妙な音があふれだした、あまりに不快な音にセルジュは袋を開けて確認した。



『……これは……』



 その音はエマの持っていた魔道器を探知する計器からであった。薄い石板のような形をした計器からはアラームのごときけたたましい音が鳴りちらされている。


セルジュは苦々しい表情を浮かべると間をおかずして一つの結論に至った。




町長とアルマの子孫はどうやらセルジュをうまく使っているようです……一方セルジュはそれでもかまわないという姿勢を見せています。


ですが、町の上空で妙な靄が現れると状況が一変します。


さて、セルジュはいかなる行動をとるのでしょうか?

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