第十二話
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さて、ベアーたちが地下牢に幽閉されている頃、滝の近くにある森の中では……
幼子のコーラス隊は隊列を組んでいた。妙な紋様の入ったスカーフを首に巻いてそれぞれのポジションに身を置くと指揮者であるロザリーのほうに注目している。
*
背虫の幼子は大声を上げた、その音程は今一つあっていない……
妙に目玉の大きな双子の子供がハミングする……これも主旋律にあっていない
もやしのようにか細い男の子が一生懸命に低音部を口ずさむが、メロディーを歌い上げる高音部の子につられている……
指揮をしていたダークエルフのロザリーはその3人を見るとにらみつけた。
「あんたたち、どれだけ練習したらまともに歌えるようになるの!!!」
怒り心頭といった表情を見せると指揮棒をたたきつけた。
「私たちには高貴な目的があるのよ!」
リーダーであるダークエルフの娘がそう言うと顔の四角い女の子がそれに続いた。
「そうよ、世界を変えるのよ、革命するの!!」
顔の四角い女子がサブリーダーらしき威厳をこめてそう言うとダークエルフの娘が銀髪をかきあげた。
「私たちは世界をあるべき姿にもどすの。この腐敗した世界を浄化してみなが手を取りあって生きられるようにするの」
彼女は続けた、
「老いも若きも、貧しき者も、不具者でさえも、すべての者が安寧の中で生きられる世界を構築するの!」
言われた合唱隊の面々は力強くうなづいた。そこにはミッションを貫徹させるだけの勢いがある……
「さあ、もう一度!!」
ダークエルフの女子は再び指揮棒を掲げた、その瞬間、指揮棒の先端からは霧のようなものがジワリと吹き出してくる……
『悪くないわ!』
ロザリーが確信してそう思った。
そんな時である……その後ろから突然に声がかかった。
*
「ここにいたの、ロザリー!!」
ロザリーと呼ばれた女子が振り返ると、そこには実に美しいダークエルフの娘が立っていた。ベアーの頬を優しくなでた娘である。艶やかさと可憐さが両立する不可思議な雰囲気をみにまとった娘はロザリーに語りかけた。
「お願い、話をさせて」
美しいダークエルフがそう言うとロザリーはそれを無視した。
「ここから出て行って、あなたの顔は見たくない!」
ロザリーは不快な口調で突き放した、
「あなたの気持ちはわかるわ……でも」
ロザリーはダークエルフの娘をにらんだ、その眼には殺意さえも滲んでいる……
「あなたに何がわかるの……あの時、おめおめと逃げたのに!!」
過去が脳裏によぎったロザリーは怒りに身を任せた、その手にはいつの間にかあらわれていた弓と矢が握られている。太陽光を受けて黒い弦が鈍く輝いた……
「アルマにだまされて蹂躙された私たちの気持ちが、あなたにわかるの、イリア!」
イリアと呼ばれた美しいダークエルフの娘はその目を伏せた、そこには己の過ちが悔いる様子が見て取れる……
だが、その姿勢がロザリーの怒りをさらにあおった、
「イリア、あなたはいつもそう、殊勝な姿を見せれば、それで許されると思ってる!」
ロザリーは弓を引き絞った、その眼は悪魔的な決断を促している。
「あなた、本当はアルマと組んでいたんじゃない、最初から私たちをだますために!」
ロザリーは続けた、
「ダークエルフと人間の血を引くあなたは、人としての振る舞いもエルフとしての振る舞いも知っていた……私たちだますことなんて簡単だったでしょ!」
言われたイリアは首を横に振って必死に否定した、
だがロザリーは聞く耳を持たなかった、
「だから、その態度が気に食わないって言ってるでしょ!!」
逆上したロザリーは引き絞った矢を放っていた、その軌道はイリアの胸にめがけて一直線で飛んでいく……
……そして、不思議なことに避けようとしないイリア……
……このままでは心臓を貫くのは間違いない……
……一つの命が消えようとしていた……
だが、その瞬間は訪れなかった。
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思わぬ事態が発生していた。
妙な悲鳴が上がるとロザリーとイリアのやり取りの一部始終を見ていたが子供たちが声を上げた。
「うわ~ ロバだ!!」
「あっ、宿屋の厩にいたロバだ!」
「ケツに矢が刺さってる!!」
子供たちはその様子を見て興味津々の表情を見せた。
「すげっ、めっちゃ刺さってる!!」
顔の四角い女の子がはやし立てたがケツに矢を受けたロバは平然としていた。それどころかイリアを見るとウィンクしたではなないか……
「すげぇ、ロバ、すげぇ!!」
あまり深く事態を理解していない子供たちは茂みから躍り出たロバの行動に声を上げた。
「ロバ、すげぇ、ケツ、すげぇ!」
「すげぇ、すげぇ、ガハハ!!
背虫の幼子が笑うと他の子もつられて笑った。そしてコーラス隊の一団はロバのところに歓声を上げて駆け寄った。
*
もはや意味不明な子供たちの騒ぎようであったが、その勢いにより状況が変わると先ほどまでの張りつめていた緊張感は薄れた。ロザリーの持っていた指揮棒の先端から発せられていたミストも消え失せている……
ロザリーは大きく息を吐くと子供たちをみまわしてから怒鳴りつけた。
「あんたたち!!!」
言われた幼子たちは『はっ』とした表情を見せるとロザリーの下に駆け寄った。聖歌隊の一員として表情に再び戻る
ロザリーは陰険な表情でイリアを見た。
「二度と邪魔しないで!!!」
イリアはそう言うと今度はロバをにらんだ、
「あんたもよ!!」
言われたロバはロザリーの恫喝など気にせずに首をかしげると絶妙のタイミングでウインクをみせた。全く反省している様子はない……
「………」
空気を読まないロバの行動にバツの悪くなったロザリーは何やら口の中で文言を唱えると次の瞬間、子供たちとともにその場から忽然と消えてしまった。
*
その場にはイリアとロバだけが残された。イリアは沈んだ表情で立ち尽くしている……
ロバが心配するような表情を見せるとイリアの頬を大粒の涙がながれた。
「……死んだほうがよかったのに……」
イリアはロバを見た。
「どうして助けたの?」
美しい娘は泣いても美しい……涙でぐしゃぐしゃになった顔をロバの背にうずめた。
「……また生き残ってしまった……」
ロバは泣きじゃくるイリアに体を寄せると何も言わずに寄り添った。
「私の過ちは許されない……あの子達は……私が……」
ロバは何も反応を見せなかった、泣きじゃくるイリアに背をかしたままいつもと変わらぬ泰然とした様子を見せている。そこには悠久の時を過ごした賢人のごとき風格があるではないか。
「世界が飲まれてしまう……このままだと」
ひとしきり泣いたイリアはそうこぼすとロバを見た。
「どうしたらいいと思う?」
尋ねられたロバはしばらく沈思するとその顎をしゃくった、どうやら『背に乗れ』ということらしい。
「どこに連れて行くの?」
イリアの質問を無視したロバはいつもの表情でパカパカと歩き出した。
指揮者のロザリーと合唱団、そしてイリアとの間には何やら深い因縁がありそうです。ロザリーはイリアに対して不快な思いを持っていました。
彼女たちの間にはいかなることがあったのでしょうか?




